住基ネット

まだよくわかってないのですが,備忘として。

「国立市長自ら違法状態招く」 住基ネット不参加で総務相
鳩山邦夫総務相は19日の記者会見で、住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)への不参加を続けている東京都国立市について「市民に法律や条例の順守を求める立場である国立市長が、自ら違法状態を招いている。法治国家法治主義という観点から極めて残念だ」と批判した。
東京都は2月16日、国立市住基ネットへ参加するよう是正を要求。地方自治法の規定では是正要求に不服があれば、自治紛争処理委員による審査を総務相に申し立てることができるが、期限の今月18日までに国立市からの申し立てはなかった。
国立市の関口博市長は2月24日の記者会見で、自治紛争処理委員の審査について「結果は分かっている」などとし、申し立てを見送る意向を示唆していた。
2009.3.19 MSN産経

日経でも同様の記事が出ていましたが,東京都から国立市に対する住基ネットへの参加についての是正要求が無視された,という話。わかったようなわからないような話だったのですが,地方自治法の別表を見る限り住民基本台帳法についての記載がないので,この住基ネットの接続というのは法定受託事務ではなく自治事務ということなのでしょう。で,なんで(国ではなく)東京都なのかについては,住民基本台帳法で住基ネット関係について触れている30条を見ると,住基ネット関係の基本的な事務は都道府県が行うことになっていて,市町村についての規定は秘密保持関係と特に住基カードの執行部分が中心であることによるのかなぁ,と。同31条を見るといちおう国も都道府県も市町村に対して指導・助言/勧告を行うことができるとされているので,国でもいいのではないかと思うのですが,今回は東京都になっている,と。
是正要求に不服があるとき,という話が国係争処理委員会ではなく自治紛争処理委員になっているのも東京都だからということでしょう。地方自治法251条によれば,

自治紛争処理委員は、この法律の定めるところにより、普通地方公共団体相互の間又は普通地方公共団体の機関相互の間の紛争の調停、普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与のうち都道府県の機関が行うもの(以下本節において「都道府県の関与」という。)に関する審査及びこの法律の規定による審査請求、再審査請求、審査の申立て又は審決の申請に係る審理を処理する。

ということなので,「都道府県の関与」については自治紛争処理委員になる,と。まあ国地方係争処理委員会であろうと自治紛争処理委員であろうと,関与を受けた自治体のほうから申し立てないと審理が始まらないわけで,今回のように無視されるとどうしようもありません。なんでこんなことになっちゃうのか,というと以前のエントリにも挙げた西尾先生の本で詳しく議論されています*1。その中で,国の側から国地方係争処理委員会に申し立てをできない(しない)ことになった理由ですが,内閣法制局の主張として次のようなものがあげられています。

国から是正措置の要求または指示がなされたにもかかわらず,これを受けた自治体がこれを違法不当として国地方係争処理委員会に審査の申し出をしないのであれば,その時点で国の是正措置の要求又は指示の合法性は確定したに等しいではないか。国による是正措置の要求又は指示の合法性,裏返せば是正措置の要求又は指示の対象であった自治体の作為・不作為の違法性が確認された場合には,これに続く事後措置として国による代執行といった類の何らかの強制執行手段が用意されているのであればともかく,この種の強制執行手段が何も用意されていないにもかかわらず,合法・違法の確認だけを求めて国地方係争処理委員会や裁判所の審査をわずらわすことは無益である(75ページ)

要は申し立てがない時点で自治体の違法性が確定しているではないか,そのうえで違法性を確認したところで強制執行手段がないんだからその確認には意味がないではないか,と。だから総務大臣国立市長が違法状態を放置している,という主張をしているのでしょう。まあ国立市長が言うように,実際に法を運用する側に見える国地方係争処理委員会や自治紛争処理委員の判断は「違法状態を放置している」というのを追認するに過ぎないから申し立てしない,というのもわかるところもあります。しかし一方で,それなら高裁まで争ってでも自分の主張を通そうとすればいいわけで,放置することが免罪されるわけではないでしょうが。同様の例としては,住基ネットの「選択制」を認めることができるとして裁判で争って最高裁で負けた杉並区があるわけですが,この場合裁判で負けたら住基ネットに繋げるという方向性で動くわけで,こちらの方がよっぽど一貫しているのではないかと。
まあちょっと論点多そうですよね。本来なら国がどうしてもやらないといけないということなら法定受託事務にして強制執行の裏づけを置いておくのが筋であるような気はしますが,住基ネットの場合そうはせずに自治事務である,と。住民基本台帳法はまさに義務付けの山みたいなところがあって,今回の分権委二次勧告でも多くの条項が取り上げられていますが,ほとんどはメルクマール該当ということで残っています。そもそもこういう法律を自治事務ってかたちにしておいていいのか,お金の面の関与も含めて本来国がやるべきことに近いのではないか,という感じがするのですが。将来社会保障カードとか番号の議論が出てくると,そのときにも大問題になることが予想されるわけで。
また,仮に自治事務として残しておいたとしても,現在の国立市福島県矢祭町のように是正要求を無視して宙ぶらりん,という状態をどうするのかという議論は必要ではないかと。法定受託事務化?というのは国自身が直接執行の手段を持つべきだという主張に近いわけですが,そこまではいかないとしても自治事務の執行に当たって「国の解釈」と「自治体の解釈」がずれうることを認め,それを調整する試みをするほうが,無視→非難合戦よりよっぽど建設的だと思うわけですが。常に正しい法解釈を取る国の側から自治体とは争わない,というのは公定力みたいな議論の延長線上にある国の矜持なのかもしれませんが,わけのわからない権限移譲を進めるよりも,国以外の主体(自治体)の法解釈についてそれはそれとして認める,というところあたりから地方分権が必要なのではないかと思ったりするわけですが*2

*1:西尾勝[2007]『地方分権改革』東京大学出版会

地方分権改革 (行政学叢書)

地方分権改革 (行政学叢書)

*2:このあたり,中央政府で定めた法の解釈の問題や公定力の問題については阿部昌樹[2003]『争訟化する地方自治勁草書房(特に4・5章),で地方分権推進委員会の経緯を踏まえて非常に重要な議論がなされていると思います。

争訟化する地方自治

争訟化する地方自治