Hicken[2009]は,ちょっと噛ませてもらっている東南アジアの政治がらみのお勉強と思って読み始めたら,現在の自分の関心にぴったりだった。ざっくりとしたテーマは,どのような要因が政党の全国化を促進するのかということ。このテーマについては,Chhibber and Kollman[2004]で,アメリカ・イギリス・カナダ・インドという4つの小選挙区制(SMD)の国を事例にして行った研究がこれまでの到達点,といったところだったと思うが,Hicken[2009]はそれに続くものといえるのではないか。
まず,Chhibber and Kollman[2004]の問題関心を簡単にまとめてみると,4つのSMDの国で,なぜ全国レベルでの有効政党数(ENP:Effective Number of Parties)が異なってくるのか,という話。「デュベルジェの法則」以来,最近ではCoxとかMyersonの研究での「M+1ルール」なんかであるように,選挙制度は政党の数を規定すると考えられているわけで,特にふつうのSMDでは二大政党制に収斂する,としばしば言われるわけですが,Chhibber and Kollmanによれば,全国レベルで理論が示唆するような二大政党制といえるのはアメリカくらいで,イギリス・カナダでも二大政党制というよりは政党が多いし,さらにインドではもうほとんど多党制だ,っていう話。で,何でこんなことが起こるんだという話になるわけですが,この研究の面白いところは,これらの4つの国においても選挙区districtレベルでは,まあ理論が予想するように政党(というか候補者)が2に収斂している傾向があるということを発見していること。そのうえで,4つの国で全国レベルでの政党数が異なる理由として,中央集権的で中央レベルの政党が有権者にとって重要であれば政党の全国化は進むし,地方分権的で有権者にとって中央よりも地方の方が重要であると考えられるなら政党の全国化は進まない(要するに地域政党を許容する),という説明をします。で,それを4つの国の集権/分権と政党の全国化の経緯を歴史的に跡付けるという作業をして実証,と。まあこの実証は一部どうやねん,というところもあるわけですが。
- 作者: Pradeep Chhibber,Ken Kollman
- 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
- 発売日: 2004/08/13
- メディア: ハードカバー
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これを検証するために行っているのは途上国を対象とした計量分析と,タイ・フィリピンを対象とした事例研究ということになっています。計量分析では,単純なENPではなくて,ENPが選挙区レベルから全国レベルでどの程度インフレしたかという変数を作り,上述の独立変数がどういう効果を持っているかを検証するかたちになっています。まあ概ね理論が妥当する,ということではあるのですが,計量分析ではPAYOFFとPROBの関係がいまいちはっきりしないし(初めのほうではPAYOFFだけ,まあ平均的にはそれでいいんだろうけど),PROBを入れた分析(大統領制と議会制で別のモデル)を行うにあたってはPAYOFFの変数をちょっと極端なくらいに集約化しているのが気になるところではあります。あとまあ理論的にはモデルとして,集権→政党の全国化,という関係が想定されているわけですが,これどうなのかなぁ,と。つまり,そもそも複数政党制で集権化が進むというのは考えにくいわけで,もともと権威主義体制とか集権的であるところで(Authoritarian)この時点では政党が全国化していたものが,その後に民主化で複数政党化という経路の方が想定しやすい気もしますが,まあその辺は微妙,と。
この本の面白いところはタイとフィリピンの比較かなぁ,と。地方分権の度合いとか政党のありかたなんかが似たような二国でタイ(特に1997年まで)では政党数が多く,フィリピン(特にマルコス独裁まで)で政党数が少ないのは何が原因か,ということが主要な説明の対象になります。詳しくは知らなかったのですが,両国ともに政党ラベルが弱く,個人投票personal voteで,しかも政党移動party switchingが派閥単位で激しいとか*1。まあここまで来るとあとは実証という話ですが,1997年に憲法が改正されるまでのタイでは非公選の上院,軍,分極化した政党内派閥というPAYOFFが低い要素が揃っている上に,首相の選出方法が不確定であるためにPROBが低く,Aggregationのincentiveが低いという条件が満たされていたから政党の数が大きくなるんだ,ということになります。1997年の憲法改正は,その条件を変更して強い首相を作り出し,選挙区間の協調を生み出した,と(その結果がタクシンなわけです)。一方,フィリピンではマルコス以前に二大政党制が進んでいた大きな要因としては,もともと大統領が強いという権限配置であるうえに,大統領の任期制限が1986年以降とは異なる,と。つまり,マルコス以前では大統領の任期制限が弱かったために現職大統領が出馬可能でそのために政党システムが全国レベルで安定化しやすかったのに対して,1986年以降ではこの大統領の任期制限が一期と定められたために,毎回の大統領選挙で有力(?)候補が乱立し,全国レベルで大統領候補に率いられた政党数が増えるということになる,と。(大統領選挙のない)中間選挙を見ると,大統領選挙と一緒にやるときと比べて有効政党数が小さいということもこの傍証になっているという主張になります。これらの議論について,自分の議論の正当性を主張するだけではなく,有力だと考えられる他の説明(Social Cleavageとか)ではうまく説明できないことを示しつつ,自分の正当性を示すというところでも,ひとつのお手本になる書き方だなぁ,という気がします。
Building Party Systems in Developing Democracies
- 作者: Allen Hicken
- 出版社/メーカー: Cambridge University Press
- 発売日: 2009/01/12
- メディア: ハードカバー
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個人的には,Chhibber and Kollmanにしても「地方」というのを結局のところ国政選挙の選挙区単位でしか見ていないところがややどうかと思うところであります。日本の事例は,一方で国政では選挙区でも全国レベルでも収斂が進んでいる一方で,地方分権が進む中で地方選挙のほうに変化が見られているのではないかと考えています。国政政党に引っ張られて地方政党が分極化している,といいますか。その辺面白そうなので,しばらくやってみようかと思うところなのですが。
*1:要するに政党が制度化されていないということ。Mainwaring and Scully[1995]。 Building Democratic Institutions: Party Systems in Latin America