一票の格差

もうブログも年内終わりかなぁ、と思っていたら昨晩衝撃のニュースが。

衆院選、格差2倍超は違憲判決 大阪高裁
1票の格差」が最大2・30倍となったことし8月30日投開票の衆院選違憲だとして、大阪府箕面市有権者が大阪9区の選挙無効を求めた訴訟の判決で大阪高裁は28日、有権者側の請求を棄却したが「格差が2倍を超えた選挙は憲法に反する」との判断を示した。
小選挙区比例代表並立制に基づく初めての選挙があった1996年以降、違憲判断は初めて。
総務省の統計によると、8月の衆院選では、有権者数が最少の高知3区と最多の千葉4区の間に2・30倍、大阪9区との間には2・05倍の格差があった。
判決理由で成田喜達裁判長(菊池徹裁判長代読)は、過疎地域への配慮として人口比と関係なく各都道府県に定数1を配分する「1人別枠方式」が格差2倍超の原因と認定し、「過渡期の改善策としてはそれなりの合理性はあったが、現在は憲法に反する」と判断。
格差が2倍を超えていたことについては「大多数の国民から耐えられない不平等と感じられている」と指摘した。
その上で「94年の法改正で格差が改善されたことに甘んじ、いつまでも格差が2倍を超える状態を放置することは、立法府のあり方としては憲法上許されない」と国会の怠慢を厳しく批判した。

一票の格差は特に中選挙区制の時代においては大きな問題であり、一票の格差が存在することで農村部が過剰に代表されて、農村部への利益誘導が進む最も重要な原因になっていたとされる。農村部の過剰代表は、中央政府からの(過小代表である都市部と比べて)過剰な補助金をもたらすことになっていたが、中選挙区制から小選挙区制に変更されるに当たって一票の格差が大幅に縮小する中で、農村部への過剰な補助金が是正される効果が生まれた、というのは堀内勇作先生・斉藤淳先生の研究で議論されている*1一票の格差による農村への過剰代表が補助金の歪んだ配分を招き、それが小選挙区制によって是正された、というのはわかりやすいストーリーだが、小選挙区制の導入による「一票の格差」についてさらに明示的に議論しているのは、『変貌する日本政治』の中の菅原琢さんの論文である*2。詳しくは本を見ていただきたいところなのですが(宣伝)、ふつう「一票の格差」というと、一番票の重いところと軽いところを比較して議論される。今回の判決でもこのような形は同じ。特に中選挙区制の時代の「定数是正」は、この重いところと軽いところという両極端を比べて行われていて、重い方で選挙区の定数を減らし、軽い方で定数を増やすという処理だった。なので、この方式だと端っこだけ変わって、選挙制度全体における「一票の格差」(重心というか中位の選挙区というか)はあまり変わらないかたちになる。菅原さんは、議員の数を「富」とみなしたジニ係数を用いて定数不均衡の変化を測定し、高度経済成長期にはこのジニ係数が大きくなり続けたこと(つまり、農村部が過剰代表される程度が高くなっていったこと)、そして小選挙区制の導入によって全体的な定数不均衡が大幅に解消され、一票の重みという点で公平に近い選挙制度になっていることを議論している*3小選挙区制導入によるもっとも大きな変化はもちろん定数が3〜5から1へと変わったということだが、このような定数不均衡の是正はそれと並んでというくらいに大きな変化であるとも言える*4
このような先行研究を踏まえれば、「一票の格差」を是正するということは、選挙において(これまで抑圧されてきた)都市民の利益を強調し、どちらかといえばこれまで自民党長期政権のもとで優遇されてきた農村部の利益が軽視されてしまうことになるかもしれない。ざっくり言えば、都市民に受ける政策をアピールして、都市度の高い地域から順番に票を取っていけば、農村地域の利害を考慮しないでも政権を取れるような状態に近づく、ということになるわけだが。従来農村部の過剰代表が自民党と結びついてきたと言われる中では、やはり従来都市的な政党とされてきた民主党自民党の地盤を掘り崩すという意味でも、「一票の格差」を是正するのは望ましいことに見える。手前味噌ですが、以前「政権交代」という記事で、民主党政権において「一票の格差」がアジェンダに載りうるのではないかということを指摘しておいたところ。今回やはり農村部を地盤とするいわゆる「長老」議員を中心に自民党がそれなりの議席を残したわけで、これから民主党が安定的に政権を維持しようとするならば、ここの部分をどう崩すか、ということは当然考えるべきであり、「一票の格差」は大義名分を持つ議論ではあるだろう、と。
しかし、このテーマについては他にも興味深い論点がある。まずひとつは、2007年参議院通常選挙以降、民主党が「農村部」にウィングを伸ばしているということ。象徴的な「戸別所得補償制度」を筆頭として、農村部を切り捨てて選挙に勝つのではなく、農村部の支持を得て選挙に勝つという戦略を取っている。また、選挙後の地方分権の動きを見る限りでは、民主党は極めて「地方寄り」と見られることを好むような戦略を取っていることも併せて考えると、いきなり農村部という「地方」の切り捨てのような政策を取ることはなかなか考えにくい。もうちょっと言えば、「地方」という自民党が従来涵養してきた支持基盤で、よくわからないところだがその支持を伸ばす方法論−Clientelismだが−を持っているとされるところがあるわけで、今後の民主党としては、その部分での強さを獲得するか、浮気がちな都市民をひきつけるようなProgrammeで勝負していくか、というのが問われることになるのだろうと思われる。
もうひとつの論点は、政権交代後の司法との関係について。RamsayerとRasmusenの有名な議論では、裁判所は自民党という一党優位の長期政権のいわばエイジェントとして、政権が嫌がるような決定をする裁判官のキャリアは恵まれたものではなく、それゆえに、長期政権のもとでは自民党として困るような訴訟(自衛隊関係・選挙関係など)は常に最終的に国が勝利するようになっていたという議論がある*5。このような議論を踏まえると、民主党への政権交代が起こって裁判所が空気を読んだ?とする解釈もありうるかもしれないが、上述のような民主党のアンビバレンスを考えると、民主党としてもいきなりアジェンダに載るのはそれはそれで問題かもしれない。特に裁判所が「2倍」を基準としたことは何よりの問題になる。2倍を目指してこれから「一票の格差」を是正するのは容易なことではない。この点について、判決要旨やさまざまな新聞の社説(例えば道新)などでは、47都道府県にまず一枠を振る「一人別枠方式」が問題となっている。確かに「一人別枠方式」は地方の過剰代表を助長しているような感じがして、この方式を取り除いて都市に重みをつけることは理にかなっているように聞こえる。しかし、根本俊男・堀田敬介の両氏がオペレーションズ・リサーチの手法を用いて選挙区割りについて議論した論文*6によれば、2002年の区割りの時点で一票の格差が2.054だったが、「一人別枠方式」を維持した状態での最適区割りでの限界格差は1.977倍、それに対して「一人別枠方式」を外して現行の配分方式(最大剰余法というらしい)を用いたときの最適区割りでの限界格差は2.032倍となり、むしろ「一人別枠方式」の方が2倍を切れる可能性が残っていたという。さらに、今回の日本選挙学会報告論文があった、「県境緩和による一票の重みの格差への影響について」によれば、2002年の区割り後の国勢調査を見ると「一票の格差」はさらに広がっており(2.2倍以上)、この問題を「一人別枠方式」の廃止のみで解決することは難しいことが示されている。そして、2倍を十分に下回るために必要になってくるのは県境の緩和や飛び地などという話になってくる。*7
本質的な問題は、市区町村という行政区を基本的な単位として選挙区を構成していることにあり、それを維持するという前提で「一票の格差」を解決しようとすると、県境の緩和や市区の更なる分割、あるいは飛び地という地方制度ともリンクしうる極めて重要な問題が浮上することになる。特に県境の緩和などが絡んでくると、「道州制」の問題を呼び起こす可能性があるのは考えないといけない。特にこういう流れで行くのは「地域主権道州制」じゃないとかいうよくわからない批判も出てくることが想定されるわけだし。つまり、既に「一票の格差」はそれだけで解決できる問題とは必ずしもいえないわけで、地方制度の問題を惹起しうるものだ(必ずとは言わないが)、ということはある程度念頭に置かれても良いのではないかと思われる。鳩山総理はORのPh.Dなわけだから、前述のような研究成果はぜひシェアして欲しいところ。いずれにしても、民主党政権にとって簡単ではない問題が強いかたちで呼び起こされているところなわけで、今回高裁レベルで「常識的な」判断ていうのが出されると、最高裁の判断が出る前に、この問題についてどう扱うかの方向性が必要なのかもしれない。この問題自体の解決の難しさを考えると、現状維持に近い形での解決から民主党自身もClientelismの方向に向かうという方向性と、地方制度まで含めた抜本的な解決でProgrammaticにやっていく方向性がありうる。いろいろな要因でビッグバンは難しい気もするが、今回の裁判所の判断自体がビッグバンの引き金になりうる可能性もあるわけで、これから先は非常に難しい。次の最高裁の「政治」は非常に興味深いところだが。

*1:Yusaku Horiuchi and Jun Saito (2003) "Reapportionment and Redistribution: Consequences of Electoral Reform in Japan" American Journal of Political Science, 47(4), pp.669-682. 日本語では、堀内勇作・斉藤淳, 2003,「選挙制度改革に伴う議員定数配分格差の是正と補助金配分格差の是正」『レヴァイアサン』第32号, 2003年秋, 29-49頁でも読める。

レヴァイアサン (32(2003春))

レヴァイアサン (32(2003春))

*2:菅原琢自民党政治自壊の構造と過程」『変貌する日本政治』、第1章。

*3:さらに、菅原さんの論文では、定数不均衡によって自民党が相当の恩恵を受けており、それが小選挙区制の導入によって失われたことが指摘されている。

*4:ちなみに、依然として中選挙区制が続いている都道府県議会の定数是正は従来のやり方を踏襲している。三重県についての記事などを見ると、面積についての公平性なんかも問題になるらしい。他にも茨城とか県議会が「誤爆」状態になってる。

*5:Ramseyer, J. Mark, and Eric Rasmusen, 2003, Measuring Judicial Independence: The Political Economy of Judging in Japan, Univ. of Chicago Press.

Measuring Judicial Independence: The Political Economy of Judging in Japan (Studies in Law and Economics)

Measuring Judicial Independence: The Political Economy of Judging in Japan (Studies in Law and Economics)

*6:根本俊男・堀田敬介,2005,「衆議院小選挙区制における一票の重みの格差の限界とその考察」『選挙研究』20, pp.136-147.選挙研究のアーカイブこちらで読める。日本語雑誌のアーカイブ化は素晴らしい。同様にアーカイブ化されているものは、日本政治学会の『年報政治学』がある。

*7:僕もこの報告聞いてましたが、テクニカルではあるもののとても興味深いものでした。