インドネシアの地方自治

新年早々ではありますが,4日から一週間ほどインドネシアジャカルタ地方自治に関する調査を行ってきました。目的は東南アジアでサーベイ調査を行う科研の予備調査ということになります。実は僕自身修士に入った頃は東南アジア地域を中心とした開発研究に興味を持っていたことがありまして,ちょっとだけ現地(マレーシア・インドネシア)にホームステイしてたことがあったりします。それが地方自治地方財政の研究者としてまた東南アジアに行く,というのは「思えば遠くへ来たもんだ」的な感慨もあるところです。
ジャカルタでの調査は,国会議員,中央省庁(内務省財務省・公共事業省),西ジャワ州地方自治体関係者,といったところへのヒアリングでしたが,一緒に行った方々に助けられ,なかなか実りの多いものだったのではないかと思います。その中でも,日本の地方政治にも参考になるかもしれない,気がついたところをいくつかメモ。

自治体の新設

インドネシア地方自治では,「自治体の新設」が現在大きなテーマになっているようです。新設というか,(一部の広大な連邦国家で見られるように)別にもともと自治体のなかった地域で自治体を作るというわけではなくて,従来の自治体から一部の地域が分離して新たに自治体を創設するということですが。地方自治が「始まった」とされる2001年には120程度だった県市の数が,現在は300を超えるということになってるのですから,これが非常に大きな問題であることが推測されます*1。このテーマについては,中央省庁の方から見ると,新設自治体の行政運営能力に対して懸念が表明されている傾向が強かったと思います。つまり,行政能力が十分ではないのに新たに自治体を創設することで,住民に対してきちんと行政サービスが提供できない,あるいは,行政能力が十分でないゆえに国からの財政的な支援に強く依存してしまい,結果として規律が働かない,といった懸念になります。一方の自治体の側から見ると,少なくとも新設した自治体としては住民にとって行政サービスが非常に近くなる,というメリットを強調することになります。従来の自治体であれば,住民から自治体の機関への距離が遠くて住民にとっても不便だったものが,自治体を新設することによってより細かいサービスの提供が可能になるということ。ただまあこれはあくまでも新設自治体の側の主張であり,既存の自治体側としては別の主張もあるようですが,そういう「分離された」方の自治体には今回ヒアリングができなかったので,そのあたりの確認は今後の調査での課題ということになります。
ヒアリングを通じてみると,基本的には新設自治体の領域における資源(人・産業・エネルギー)に対して,新設自治体が自律性を行使しようとする意思の表れとして,自治体の新設が起こるという印象になります。つまり,人口・産業が集中して発展している地域や,エネルギー資源などの賦存量が多い地域では,その果実を広く分け合うよりもより限定された地域で分け合うことを狙っているのではないかと。そのため,限られた時間のヒアリングでは十分に聞けたとは言えませんが,自治体の新設を希望する地域とそうでない従来の地域の間には様々な形で政治的な対立が発生しているようです。聞いた中では,従来の自治体と新設自治体の地方議会における政党の構成がガラッと変わることもあるようで,地域を地盤とする政党/政治家がどのように主導権を確保するのか,という問題とも関わってくるのではないかと思います。ただヒアリングではちょっとよくわからなかったのは,新設自治体のリーダーシップがどうなっているのか,というところ。どうやら自治体の新設直後は内務省が介入しつつ,中央政府や他県殻というのも含めて公務員を集めていくようで,「既存の自治体において自治体の新設を推進した勢力」がどのようなリーダーシップを発揮しているかについては疑問が残りました。まあこのあたり,インドネシアでも多くの研究があるようなので,これから少しずつ勉強していきたいところです。

首長−議会関係と選挙政治

インドネシア地方自治体における首長−議会関係については,2001年以降でもいくらかの変遷があるようです。変遷というのは,自治体の長である首長が,もともとは地方議会を通じた間接選挙で選ばれていたものが,住民による直接公選に変わったということです。理屈の上では,間接選挙が直接公選に変わるということは分割政府の可能性が生まれるということで,首長と議会の関係の悪化が自治体運営の停滞を招くような印象を持ちます。ただ,ヒアリングを行った内務省としては,むしろ直接公選になったことによって自治体運営がスムーズに行っている印象を持っているとのこと。実際にその通りなのか,についてはデータを集めた上での検証が必要かと思いますが,その背景には首長候補者を擁立するにあたっての政党推薦の要件が重要というのがあるかもしれません。ヒアリングによれば,首長候補者として立候補するためには,当該自治体の議会における15%以上の政党(連合)からの支持が必要ということです。このような規定が存在することで,議会と首長が事前に調整を行うメカニズムが内包されていて,それが直接公選によって首長への求心力を与えるとともに比較的円滑な議会運営を可能にする要因なのかもしれません。インドネシアの自治体では,正副の首長をセットで候補者として用意するのですが,このように二人を候補者として用意するときに,政党(連合)が調整を行い,半ば政党(連合)への投票として直接公選が行われるのではないか,という印象を持ちました。つまり,そういう調整を挟むことによって,二元代表制の形をとりつつ議会への求心力を維持するという形式なのではないかと*2。ただ,実はこの規定は最近緩和されつつあるということなのですが,そのために議会の支持が薄い首長というのが出現し始めていて,そういう首長は議会との対立を煽っているところがあるようです。こちらの方は日本の経験と符号するところではあります。関連して言えば,松井望先生が紹介されているように,自治体の統治機構改革の一環として「首長が議員を在職のまま副知事や副市長,各部局のトップに起用できるようにする」可能性が検討されているようです。ただこれが,松井さんの指摘されるように「二元代表制から離脱し,議会中心の一元代表制への転換を図る方向」なのかは微妙ではないかと。そのためにはインドネシアのような事前の調整がある程度必要で,それなしで議員の政治任用?が可能になる制度では,むしろ,(特に議会同意が要らないといったようなことになった場合)副首長を選任することで首長が議会に対して影響力を高めて現在よりも首長中心の傾向が増すことになるのではないか,と思ったりもするわけですが。
首長−議会関係を考える背景には,国政も含めた選挙政治のあり方というのが重要なのだと思います。ここでもインドネシアの現状は非常に興味深いものでした。選挙制度は以前の日本と同じようなひとり一票で数人の議員を選出するSNTV/MMDのようなかたちのもので(厳密には若干違うようですが),地域や団体の支持による個人投票が重要な意味を持つようです。世銀の影響などを受けて地方分権化を急速に進めているインドネシアで,国会議員について個人投票が重要になるシステムでは,首長などの地域のボスと結びついた地域政党のようなものの影響力が増すのではないか,と予想することができます。しかし,現状のインドネシアでは,政党は「全国政党」であることを求められており,選挙に出る以上は基本的に各選挙区に候補を立てなくてはいけないということになっているようです。で,その政党が全部で40程度有り,しかも個人投票の重要性を背景としてひとつの選挙区に複数の候補者を立てるので,ひとつの選挙区における候補者の数はハンパなものではなく,有権者としてはお目当ての候補者を名簿の中から探すだけでも一苦労,ということになっています。このような選挙制度のもとで,地方自治体における首長候補者について,政党の中央レベルが一定の関与を行うということで(議員については未確認,地元の国会議員ではなく中央レベル,ということらしい)政党における中央−地方の規律は一定程度存在することが予想され,一方で地方自治体によって強い政党/弱い政党が存在することを考えると,今後のインドネシア政治の展開は非常に興味深いものです。つまり,地方に一定の影響力を有する政党の中央組織を中心として政党が再編され,少数の政党に集約されていくのか,あるいは地方における政党を重視して,中央では多党制的な状況が維持されるのか。もちろん,現在の「全国政党」という縛りが今後どうなるか,ということも重要だと思います。
調査を通じて,インドネシアの民主的な選挙はまだ始まったばかりということで,これからある程度継続的に観察していくことができれば非常に充実した研究ができるのではないかという印象を受けました。日本の地方自治を見ている中では,正直なところそこまで十分に国際比較を意識できていなかったということも自覚することができますし。あとはそれに加えて英語,さらには現地の言葉などをきちんと勉強していかなくてはいけないということも改めて感じたところです。特に僕は英語が非常に下手なので,今年の目標としてその改善をきちんとやらなくては,と強く思ったいい機会でもありました。

*1:だからこそ,日本で「市町村合併」という正反対の現象が起きていることに対して関心が強く,どこに行ってもその話の説明を求められる,というところもありました。

*2:おそらくもうひとつ,「同日選かどうか」は重要なポイントだと思いますが,やはり同日選のの経験はこれまでにないようです。