橋下新党

4月1日にとうとう「橋下新党」となるところの「大阪維新の会」が旗揚げすることになった。この件について詳細に報じていた読売の記事はこちら。

橋下新党旗揚げ、自民府議団の退潮に拍車
大阪府議会(定数112)で自民党府議団の退潮が止まらない。橋下徹知事就任時の2008年2月には49人の勢力を誇ったが、「橋下派」の若手らが4度にわたって離団し、<橋下新党>となる「大阪維新の会」が結成された1日にはついに30人に。同党府連は夏の参院選をにらんで除名処分はせず、当面静観の構えだが、政権野党に転落した同党と距離を置き、新会派に合流した府議らは「橋下知事と一緒に改革を」と意気盛ん。ただ、来春の統一選では党との全面対決に発展する可能性も高く、混乱は当分収まりそうにない。(以下略)

これまでの経緯はこの記事に書いてあるが,ブログで紹介してきたのは次の二回。
[研究][地方政治]知事派大阪維新の会,6人離脱)
[研究][地方政治]自民党新会派(10/30修正)自民党ローカルパーティー,5人離脱)
今年に入ってからはTwitterになってましたが,3月24日に府市連携をメインとした橋下新党の構想案が報道され,続く25日に3度目の分裂ということで3人の議員が自民党会派から離脱(ひとつの大阪),そしてさらに4月1日に5人が自民党会派から離れて,自民党から都合19人が離れ民主党の1人と諸派2人が合流して橋下知事を代表とした地域政党として19日に届出することを予定しているという報道が続いています。
新しくできるとされる「地域政党」は,共同通信の報道によれば,「府と大阪市の解体・再編を掲げて結成する」ということで,当面は「国会議員を擁する政党とは一線を画すローカルパーティー(地域政党)の位置付けで、夏の参院選には候補者を立てない方針」ということ。なので,府の側だけではなく,重要な交渉相手である大阪市の市会でも来春の統一地方選で府議会と市議会の過半数の議席獲得を目指すということで,まずは市会議員から参議院選挙に打って出る議員の後任を決める補選で候補者を出す,と。新党の構想案の中では「大阪市と周辺市を公選制首長のいる人口30万人規模の「都区」(仮称)に再編し、5年以内に新たな大都市制度を具体化することを盛り込んだ」ということなわけですが,これがなかなか味わい深い。というのは,「府市再編」のみであればあくまでも大阪府のローカルな話になるわけですが,「大都市問題」ということであれば,4月1日に新・相模原市が発足して県内の政令指定都市が3つになった神奈川県の現状を筆頭として,平成の大合併のあとに多くの政令指定都市が出現することで非常に大きな問題として顕在化しつつあるわけで,これは国政においても重要なアジェンダになり得ると考えられます。地方分権改革推進委員会の中でも「中間とりまとめ」でも今後の重要な課題として触れられているほか何回か議論されていて(47回93回),おそらく民主党も議論する「一括交付金」の制度設計とも絡んだ重要な問題になると思われます。しかも地域主権戦略会議の中に橋下知事も入っているところが味噌かな,と。
最近よく触れているように,近年の比較政治の議論の中では,地域政党がだんだん全国化していくというポイントが注目されています*1。ただ日本では地方政治において「知事派」というかたちの地方政治における小規模なグループは存在したものの,それはしばしばすぐに自民党に吸収され,地域政党が地域を超えて連合する(aggregation)動きが全国的に広がる傾向は見られませんでした(戦前はありえますがあまり詳細には知らないのでここでは戦後の話)。おそらく1960年代頃までの農政連がそう成り得る可能性はあったと思われるものの,結局自民党の方によっていきます([研究][地方政治][本]地方政治と歴史)。日本ではむしろ全国政党における議員が離党して新党を立ち上げて,地方組織が弱いままに活動を行うというエリート政党がしばしば結成されます。前回取り上げた「みんなの党」はまさにその典型であり,これまで一般的には離党した議員の地元ではそれなりに強さを発揮するものの,他の地域では存在感が薄い,しかし議員は「地域」でまとまって離党するわけではないので地域政党としては認知されない,という環境にあったと考えられます。それに対して今回は存在感のある知事を中心として「地域政党」としてそれなりに求心力が生まれるとともに,全国的に広がりうるテーマを看板に出しているところは,従来と違う新しいところだと考えられます。これは橋下知事が(従来にない)求心力を持った知事であるという知事要因を強調した見方も可能だと考えられますが,おそらく国政における民主党への政権交代が重要であると考えられます。これまでは自民党がずっと政権政党だったわけで,中央の自民党につながる地方レベルの自民党が求心力を持ち,「知事派」が生まれてもすぐに統合されるという現象が生まれたわけですが,野党になった今回はそのような求心力があるとはちょっと思えない。府議会の民主党からの合流が1人にとどまっているのもその傍証と言えると思います。
ただし,今回の新党が全国的な動きではなく従来(=「知事派」が結成されるがまた自民党と統合)と同じように収束する可能性がないわけではありません。それは大阪府における自民党の内部分裂という側面もまた大きいように見えるから。というのは,まず興味深いことに自民党から「大阪維新の会」に行った人たちは必ずしも自民党を「離党」してないんですよね*2。あくまでも会派に対して「離団届」を出したということ。そして自民党主流派の側も特に除名などはしないと。この記事では「府議団のなかの人間関係の不協和音が根底にあった」ってコメントがありますが,それでも完全に決裂するわけじゃないのが興味深い。また,注目できるのは3月25日に離党した「ひとつの大阪」(一週間でしたが…)の3人です。実はこのうち二人は,2009年衆院選において大阪で唯一当選した旧政権の候補である西野あきら氏の息子(西野弘一氏・西野修平氏)なわけです。常識的に考えれば親族はそれなりに影響力を受ける関係にあるわけですから,府下で唯一の自民党衆院議員の系列議員が府議会の主流会派を抜けるという相当ねじれた状況だと考えられます。おそらく従来はこういう状況であっても最終的には自民党の方でまとまっていったわけですが,今回は「政権交代」によって状況が違う。「地域政党」というよりも個人商店的な自民党議員は中央の枠組みとは別に地元で行動する可能性が潜在的に存在し,「政権交代」によって自民党が求心力を失う結果それが顕在化しつつあるのだろう,と。ただ,完全に「離党」しないところを見ると,現在の政治家たちのスタンスはやはり民主党政権が続く(というよりも自民党がこのまま分裂・解体する)ことと,民主党政権がポシャって自民党が政権に返り咲くことを両睨みでやっているように見えます。しかしもし自民党が本当に政権復帰できないとなると,このような動きはさらに激しくなっていくことが予想されます。自民党が「健全に」Programmaticな野党として再構築されることになったとしても(これは個人的には望ましいことだと思いますが),それはやはり短期的に政権復帰できないということを示すわけで,従来の自民党の基盤であったところの地方政治の流動化は避けられないのだろうと。その意味で同じ時期に与謝野新党 政界の流動化が加速か 背後に小沢氏の影?とか出てくるのは非常に平仄があっている。これは要するに自民党がProgrammaticに行くとしても,あるいは消滅の可能性を抱えたままグダグダになるとしても「野党」として定着するかどうかの瀬戸際,ということなのではないか。大連立でもなんでも意思決定プロセスに噛まないとどうしようもない。ただそれでうまくいったとしても自民党が一枚岩でいけるわけではない。いずれにせよ,この数年間の動きは1955年体制以降の国政と地方政治の関係を全面的に変える可能性は高いのだろう。

*1:具体的には[研究][本]政党の全国化というエントリを参照。他にはCaramani, D., 2004, The Nationalization of Politics: The Formation of National Electorates and Party Systems in Western Europe, Cambridge University Pressなども。

*2:「離党」せずに新たに政党加入できるのかってよくわからないんですが…。