大阪都と東京府

5月25日の大阪市福島区補選で,大阪維新の会が勝利を収めたことがあり,橋下知事が主張する「大阪都構想」は非常な注目を集めることになってます。そのために最近は,ネット上でも「都構想」に関するいろいろな議論を観るわけですが,その中でも関心を持ったものが,BLOGOSの松永英明氏の「東京都を廃して東京府に変える試案を作ってみた」というエントリと,大阪府箕面市長である倉田哲郎氏の「大阪“都”構想」をどう思う?」というエントリの二本。なんだかなぁ,と思うところも少なくないですが,今回の「都」という構想がどういうものかを考えるに当たっての重要な問題提起ではないかと思われます。地方行政や地方財政の研究者は,これまでもこの問題について様々な議論をしてきたわけですが,今回のようなかたちで大きくクローズアップされる中で,これらのエントリを参考に少し整理してみたいと思います。

二つのエントリから:近接性 or 広域性

まず,「東京都を廃して東京府」の方ですが,この議論を端的にまとめると,(1)現在の東京都の中で限られた地域(ほとんど人が住んでいない政府機能の密集地)を「政府直轄地」とする,(2)東京都下の特別区の統廃合を行い,すべて東京府下の市(政令市・中核市)とする,というものです。まあゲリマンダリングなどの問題はあるとしても,それはとりあえず措いて,現在の特別区が自治体としてより自由な発想で運営されることを重視する,という議論になります。(1)についても実際に検討する余地はあると思われますが,このエントリのメインは(2)の方で,人口データなどを使って「有り得そうな」特別区の組み合わせを考える,というようなもの。筆者自身,あくまでも「お遊びで」と断っているわけですが,現行の23区の一部が「特別区よりも政令指定都市として」,つまり都よりも住民に対する近接性が高い自治体として,より大きな権限を行使することが(地方分権の観点からも)望ましいとする議論がある中で,こういう発想は一般的な思考実験としてわかりやすいだろうと思われます。
一方で,「大阪“都”構想」の方ですが,ここで注目しているのは,「都心部をグリップしている」のはどの自治体か,ということ。引用すると以下のようなかたちになります。

それぞれの都心部をグリップしているのは、東京は「都」(広域行政体)、大阪は「市」(狭域行政体)。・・・まずここが違う。広域の視点をもって都心エリアの都市政策ができるかどうかが異なります。
さらに「区」の性質ですが、大阪市の「区」は「大阪市役所の出先機関」(=区長は大阪市職員)、東京都の「区」は「一つ一つが独立の自治体」(=公選制の区長・区議会を擁する自治体)。・・・ここも違う。民意が身近な区政に反映するか否かが異なります。
東京の「区」は、基本的には市町村と変わりない自治体。ただし一部の権限が東京都に吸い上げられている、いわば「プチ市町村」といった存在です。
おそらく、都心エリアは東京都が強い権限を持つ代わりに、生活に密着した身近な行政は民意を反映する自治体「区」が担当し、地域特性を活かするという考え方。それが東京都モデル。
・・・これに対して、大阪の「区」は自治体でなく、実は、大阪市の行政エリアの“区切り”にすぎません。

この文章を読めばわかるように,「都」の導入によって二つの異なる方向性があることが示されます。ひとつは都という広域行政主体を導入することで,(この場合大阪市を超えた)広域的な視点をもって都心エリアの政策を決定することができる,という方向。そしてもうひとつは,規模の大きい大阪市の中でより分権的な区を作り出すことによって「民意が身近な区政に反映」することを狙う,と。ただ,倉田氏のエントリを読む限りでは,特に前半部分において「たった1人の知事のリーダーシップにより都心エリア(23区)の大きなまちづくりが強く展開されるという構図は自然」*1であり,都心部大阪都心エリアについてはリーダーが2人いる(大阪府知事大阪市長)ということに違和感を感じていることが表明され,政令指定都市である大阪市大阪市のことだけを考えて仕事をする(大阪府は介入できない)ことを問題視しているわけです。
興味深いのは,二つのエントリが強調する方向が反対であるということ。倉田氏のエントリではふたつの視点が存在しているなかで広域性を重視していますが,松永氏のエントリではほとんど広域性の議論はなく,特別区を解消してより「ふつうの」市に変えてもいいんじゃないか,という議論が中心になっているわけです。この二つのエントリを比較することで,現在の日本において広域性と近接性の股裂きに合う「大都市」をどのように運営するかという難しさが端的に見て取れるような気がします。そのひとつの解決は,広域性を強調した「都」制であり,もうひとつの解決は近接性によったふつうの自治体の中での特別な都市=政令指定都市中核市,という解決になります。

「都」と政令指定都市,現状の問題点

これら二つの軸を念頭においた上で,現在なぜこれが問題になっているかを少し整理してみたいと思います。まず,ひとつめの背景には,「ふつうの」市の中での大きな都市自治体を作る,つまり政令指定都市という発想が厳しくなってきたということがあります。戦後長らく政令指定都市というのは「ふつうの」市の中の「特別な」市(変な表現ですが)であり,いわば別格の市でした。しかし,いわゆる五大市(横浜・名古屋・大阪・京都・神戸)から始まった制度も,地方中核都市(札幌・仙台・広島・福岡など)や巨大なベッドタウン(川崎・千葉など)を取り込み,さらに近年の市町村合併によって新しく政令指定都市になる市が増えることで,非常に多様性を増しています。その結果として,必ずしも同じ性格として扱えないような市を,「政令指定都市」というひとつの括りにまとめることになり,従来からの政令指定都市から見ると違和感があるという状態になっています。しかも,これらの政令指定都市が「ふつうの」市と比べて大きすぎるので,有権者としてもっとも近いはずの基礎自治体としては問題であるという批判がなされます。ただし一方で,まさに倉田氏のエントリで議論されているように,従来の政令指定都市に対しても,ほとんど府県と同じ権限を持っているために広域自治体からの介入が許されず,グローバル化による都市間競争の激化に対応出来ない,不適切な大都市の運営になるという批判も生じています。
もうひとつの背景には,逆に「都」による運営も難しいということがあります。広域性を強調する「都」が,その傘下に23の特別区を抱えつつ「一体的に」運営していることになっている背景には,重要な二つの制度があります。まず事務配分に関する制度,つまり特別区は他の「ふつうの」市とは所管する事務が異なっています。ざっくり言うと,「ふつうの」市よりも事務が軽くなっていて,例えば「ふつうの」市が所管する消防業務を特別区は持たずに東京消防庁という広域組織が行うことになっています(もちろん東京だけ)。また,以前は清掃業務(ごみ収集)も都の事務として行っていたというのもあります*2。そしてもうひとつの制度が「都区財政調整制度」です。これは,上述のように都と区の事務配分が,一般の府県と市の事務配分とは異なる(都が一般的には市が処理する事務の一部を処理している)ことから,都と区の間で事務に応じた財源配分を行うことが必要であることに加え,企業が集中的に立地している特別区とそうでない特別区があるために特別区間でも税収の格差が極めて大きいことを是正するという目的があります。地方自治法第281条の2に規定される都と特別区の役割分担の原則によれば,

都は、特別区の存する区域において、特別区を包括する広域の地方公共団体として、第2条第5項において都道府県が処理するものとされている事務及び特別区に関する連絡調整に関する事務のほか、同条第3項本文において市町村が処理するものとされている事務のうち、人口が高度に集中する大都市地域における行政の一体性及び統一性の確保の観点から当該区域を通じて都が一体的に処理することが必要であると認められる事務を処理するものとする

ということになっているわけで,まあいわば,この事務配分と都区財政調整制度が両輪となって,「大都市」である「都」の行政の一体性および統一性を確保することになっています。しかし,このような運営の仕方については,近年の特別区の「自治権拡大」要求の中で問題となり,事務配分・財源配分のあり方を「都区制度検討委員会」→「都区のあり方検討委員会」で議論し,上述の清掃事業のように都から区へと移管される事業も出ています。もちろん,事務配分だけではなくて,都区のあり方検討委員会では,はじめに挙げた松永氏が議論するのとは必ずしも同じではありませんが,区域の再編についても議論がされています。とはいえ,23区としてはなかなか共同歩調を取りにくいところではありますが。おそらく,橋下知事の「大阪都構想」が「よくわからん」といって批判されているのは(その批判を好意的にとれば),この辺り東京都の方でも議論になってる問題点に対してどう答えるかが見えてこない,というのもあるのかもしれません。

解決策?

橋下知事がどう答えるかはわかりませんが,大都市問題が喫緊の課題であることは間違いなく,「都」や政令指定都市でうまく答えることができないときにどうするかは依然として重要な問題になります。この点についても,今のところ二つの答えがあるように思います。ひとつの答えは,このブログでも以前触れたことがありますが,大都市制度を別に作ろうというものでしょう。大阪・横浜・名古屋3市による大都市制度構想研究会の報告書が現在のところもっともこの問題について踏み込んだ議論かと思いますが,端的に言えば現在の都道府県制を道州制に再編する中で,大都市を「都市州」として独立させる方向性になります。「都市州」は「道州」と同等の権限を持つとともに,「成長のエンジン」としての機能を期待されるということ。報告書を見る限り,これはドイツなどでの解決法に当たるのかと思われますが,いくつか高いハードルがあります。ひとつにはこれはいわば「大大阪市」構想(「大横浜市」「大名古屋市」構想でもありますが)なわけで,その都市機能を考えると現在の大阪市域でも狭いということ。ベッドタウンなどを含んで合併した上でおそらく都市内分権のようなことを考えていく必要が生まれます。これは報告書にもありますが,その過程で大都市(都市州)と都市内の自治組織との権限配分は重要な論点になるでしょう。そして言うまでもなく道州制道州制を導入せずに大都市が突っ走ると,他の都道府県にとっては脅威とみなされやすいでしょうし,なにより大阪府・神奈川県・愛知県の残り部分はどうするんだ,という論点が出てしまいます。
もうひとつの答えは,特別区協議会の制度調査会が議論している「「都の区」の制度廃止と「基礎自治体連合」の構想」が提示する,「基礎自治体の連合」という構想ではないかと思われます。これは,大都市としての「都」の一体性について,むしろ「東京大都市地域を一の市ととらえ、広域自治体である都がこの地域の主体であるかのように振る舞う制度的可能性を内包しており、それは「都の区」を特別区とする都区制度に内在する「大東京市の残像」であるといえる」として批判し,「都の区」の制度を廃止するとともに,事務配分を「ふつうの」市と同等にして都区財政調整制度を廃止することを主張します。その代わりに特別区の統廃合?を踏まえた各市が基礎自治体として自立した上で「基礎自治体連合」を構築し,この中で税財源の均等化も実現していくとされています。要するに,広域で(ひとりの)強力なリーダーを選ぶというのではなくて,基礎自治体のリーダーたちが合意を積み重ねていくというモデル。正直なところ,税源の偏在はあるとしても現在の特別区域だけで財政調整をする理屈はよくわかりませんが(国レベルで戻せばいいのでは?),まあ基礎自治体の対等・協力を旨とする緩やかな連合体を志向するというひとつの提案なのだと思われます。ある意味で,定住自立圏構想に近いような感じもしますが。
個人的には,現在の大阪に「都制」を導入するというのは必ずしも根本的な解決にはならないと思われるものの,逆に「都市州」はハードル高いし基礎自治体の連合というと「リーダーシップ」が問題になるという微妙な状態のような気がします。少なくとも,現在の大阪市にとっては,都市機能は集中する割に人口は少ない(昼間人口/夜間人口が高い)という問題は厳しく,領域としても中途半端なところはあるのは間違いないですが,ただそこだけ「都市州」的に解決しようとすると他に大きな歪みが出てきそうですし。解決策のところで議論されているように,本質的には「大都市/道州レベル」を中心とするか「基礎自治体レベル」を中心とするか,というのが大きな議論になるはずだと思います。今回の議論がそこのところに結びついていけばよいのかな,と思ったりするわけですが。

*1:「住民の暮らしに密着した行政分野は公選制の区長・区議会が担当するから,個々の地域特性にも民意が反映する仕組み」という但し書きは入りますが

*2:2000年に区に権限が移り,その後は23の特別区が設置する一部事務組合で事務を行うことになりました。この経緯は,例えば藤井康平[2007]「清掃事業の都から区への移管」『相関社会科学』16号,など参照。