ネットと政策過程

僕は一応政治学の中でも政策過程論というのにも関心を持ちつつ研究していることになっていると思うわけですが,最近のソーシャルメディアの発展は,この政策過程論についても刷新を求めているような気がする。ブログやTwitterは,単に政策過程に一定の透明性(あくまで「一定の」)を与えるのみならず,政策過程における当事者の共通理解を促進して合意へと向かわせる可能性もあると思うし,反対にお互いの「好き嫌い」を増幅させることで,従来であればまとまり得るものですらまとまらなくなる可能性も出てくる。後者については,地方分権改革推進委員会を観察していたときにも思ったが,当事者がインターネットを通じて見えない「世論」のようなものを意識し始めると話がややこしくなる傾向はある。しかし,前者についてももう少し考えてみるべきかもしれない。
で,最近の観察対象である大阪の地方政治についてもインターネットが一定の影響を与えている。このところなかなか興味深かったのは,維新の会所属の大阪府議と自民党所属の大阪市議が,7月の参議院選挙に出馬する自民党候補に対する府連の青年局の応援をめぐってなかなか剣呑なやり取りをしていたところなど。おそらくこれまではそんなやり取りは絶対に部外者には見えてこなかったし,そもそも微妙な関係にある当事者間でそんなやり取り自体起こることはなかったはず。まあ意図的にやってて僕が釣り上げられただけかもしれませんが,近い将来ソーシャルメディアにおける政治家の(不用意な)発言が政策過程を転がす日がくるかもしれない。しかし政治学の分析でもそういうソーシャルメディアを考慮にいれた分析っていうのは今のところなかなかないし,もっと言えば少し離れた歴史的な観点から政策過程を分析しようとしても,そんなTwitterの「資料」まで目を通せるものなのか(そもそも残ってるのか?)というと難しいだろう。とはいえ,無視するわけにもいかず難しいところ。
もうひとつ。以前このブログでも[研究][地方分権][地方政治]大阪都と東京府というエントリを書いたところだが,その話題に関連して,大阪市長平松邦夫箕面市長の倉田哲郎氏が,それぞれ自身のブログでエントリを書いている。平松氏のエントリは,大阪"都”構想への思い…箕面市長倉田哲郎様であり,倉田氏のエントリは,続・「大阪“都”構想」をどう思う?〜大阪市長平松邦夫さまというもの。両氏ともに別に互いのことを悪し様に言及したりすることなく,それぞれ自分の立場から冷静に議論されていて好感を持てるのではないかと。
今回先に書いた平松氏は,以前の倉田氏のエントリについて,「周囲との協調をまったく考えない大阪市」ということはなく,例えば道路や救急医療などで周囲の自治体を支えていること,「大阪市に手出しできない大阪府」というけれども大阪市大阪府からの投資を拒むことはなく,むしろ大阪府大阪市に対して一部の補助金を出さないという不作為があるんだ,ということを主張してます。あとは政令指定都市の限界(税制は府県と違う)や東京都の特別区でも「都制廃止→基礎自治体化」が議論されている,という以前このブログでも触れた話が。興味深いのは次回の予告で,大阪市が一時期「特別市」(以前の地方自治法265条規定→1956年廃止)を目指した特別市制運動を行って周辺の市(例えば八尾市など)と合併をしようとしたものの,大阪府が猛烈に反対した経緯などを書かれるようです。現在の大阪市長としてどのように説明されるのかは楽しみなところ。
それを受けた倉田氏の方は,「大阪市もがんばってる」のはわかるけど,仕組みとして「大阪市大阪市のことだけを考える」「大阪府大阪市に手を出さない」という指向性で動いているとしか感じられないとしています。ここは僕の翻案ですが,結局府市それぞれに別の首長と議員が選ばれるわけで,それぞれに対して仕組みとして一定の求心力が働くことを問題視しているようです。つまり,うまくやっていると思っていても基盤となる制度に問題があるのは違いないんじゃないかという話で,これ自体は共感を持てる議論だと思います。ただ東京都特別区が都制の廃止と基礎自治体連合を提案していることについて,結局「連合長」ってリーダーを決めるからリーダーはひとりだという話が書いてあるのは個人的にはちょっと同意しかねるかな,と。おそらく公選でひとりを選ぶ首長と,市長の互選で選ばれる首長では直面するインセンティブが違ってくると思うので。
ここから先どういう風に展開していくかはわからないですが,倉田氏は現在の(相対的に)狭い大阪市という領域でそれだけ考えてたら問題だという話で,平松氏も次回予告で大阪市が拡張しようとしつつも大阪府の猛烈な反対にあったという話を書くと。それに加えて次の引用のような話も出ているわけで,大阪において一定の領域をまとめた行政が必要だという認識は(立場は違えど)ありうるのかなぁ,という気がします。個人的には大阪の都心部から受益を受けているベッドタウンを包摂して昼間人口と夜間人口が近づくことが重要だと思いますが。

橋下知事、グレーター大阪目指す ロンドン副市長と会談
【ロンドン共同】大阪府橋下徹知事は17日、視察先のロンドンでリチャード・バーンズ副市長と会談した。大阪府大阪市の行政の現状を説明すると、副市長は「(大阪市は)国際競争するには規模が小さく、府とも連携できていない」と“ダメだし”したといい、橋下氏は「府市再編でグレーターロンドン(大ロンドン)のようなグレーター大阪にしないと」との認識を示した。
グレーターロンドンは、ロンドンの金融街「シティー」と32区で構成される広域行政体。トップであるロンドン市長が全体の行政運営で強い権限を持ち、細かな住民サービスは各区長が担う。橋下氏は二重行政解消などのため府と市を解体・再編する大阪都構想を打ち出しており、そのイメージを「グレーターロンドンそのまま」と述べた。
橋下氏によると、副市長は大阪市について、人口約266万人で国際競争をするには規模が小さい一方、各区に公選区長がおらず民意の反映が難しいと指摘。府との政策連携も取れておらず「静かに死んでいくのみ」と言及したという。

やはり重要なのはどの程度の領域で,どのような仕事を一緒にやったらいいということなのか,って話じゃないかと思うわけです。前回のエントリでも取り上げた,Wikipediaの大阪都構想のように,都構想というものが,大阪市の区を再編しつつ周辺の市を取り込んで「20区」を創り,都がリーダーシップを発揮する構想であるならば,問題になるのは大阪市だけでなく,周辺の市がいかに区として組み込まれるか,言い換えるならば,現在各市が行っている仕事をいかに新しい都に出していくかということになります。東京をモデルにするなら少なくとも水道(これは一時期府市でも連携協議をしてた),消防なんかは新たな都の運営になるでしょうし,救急医療とかおそらくある種の経済政策なんかも統合を考えていくことになるのではないかと思います*1。そしてもちろん,都制がそうであるように,そのための財政調整制度も考える必要があるかと思います。
それができるとしたら,都制というかたちをとって「大阪都」でやることと,大阪市が周辺市を合併して「大大阪市」になることは,大阪都心部としてはそこまで大きな違いもなくて,むしろ大阪府都心部以外の領域をどうするか(府県合併→道州制?)とか,集中する都心部の税収を他の地域に対してどのように配分するか(全国的な財政調整システム)が問題になってくるように思われる。一方でそれができないとすれば,つまり,20区は作ったものの,現在の市から有効に事務を吸い上げることができなければ(当然そのときは財政システムもそのままだろう),それはただ単に大阪市をいくつかの区に分けただけに過ぎず,より分散された区とリーダーシップの弱い都ができるだけに過ぎないかもしれない。それはおそらく,現在都構想について語っているひとたちが皆望んでいない帰結と考えられるわけで,建設的な提案ということであれば,(1)(特に大阪市以外の)市部からどのような権能を吸い上げるのか,そして(2)そのときに都心部の一体性を可能にする財政システムをどのように考えるか,さらに(3)都心部以外の地域をどのように扱っていくか,という点についての言及が不可欠になると思われる。そのあたり,注意しつつ観察したいところ。

*1:敢えて大阪都や大大阪市を作らずに,政策ごとに一部事務組合を作っていくというのも当然ありうると思うし,筋としては「なぜ一部事務組合ではダメなのか」も考える必要はあると思う。まあこれに対しては議員報酬の二重取りだ,っていう批判があるかもしれないけど。