インドネシアの地方自治2

今年の1月に引き続き,二度目のインドネシア調査へ。前回は中央政府を中心にヒアリングを行ったが,今回は基本的にジャカルタ近郊の地方自治体でヒアリング。様々な話を聞く機会があり,調査グループとして非常に有益だったが,それに加えて今回は個人的に日本の地方自治体との比較を念頭に置きながら聞けたことが収穫だった。インドネシアはまさに現在発展のさなかにある国であって,日本の感じで言えば僕が目にしたことのない戦後直後や公害問題もかくや,といった時期のような光景が広がる一方で,当然ながら現在の日本と同じようにネットはかなり広範につながるし,局地的には日本とほぼ同様の生活が可能なところもある。そういうグラデーションがありつつ,インドネシア地方自治体が抱える課題は日本の自治体のそれと重なるところがあるように感じられた。

意思決定の方法

特に気になったのは二点。まず,当たり前の話のようだが,自治体における住民の「民意」をどのように吸収しながらものごとを決めていくか,という試行錯誤は共通する点が多い。最近の日本では,最終的に選挙で決めれば問題ないのだ,という風潮がわりと強いと感じられるところがあるが(僕自身も最終的に選挙で決めるのが望ましいということ自体は反対ではないが),実際の自治体の意思決定においては,何とかして住民の意見を政策に反映しようとする努力が行われている。以前であれば,自治体の領域内の町内会・自治会や,農業団体や社会福祉団体,高齢者団体など様々な団体の代表者を審議会の中に集め,一定の代表性を擬制したかたちでそこから民意を汲み取るという方法が用いられてきた。ただ最近は,そういう団体から吸い上げられる意見が,「ふつうの」市民の意見と乖離があるのではないか,という問題意識が強く,審議会の中に「公募委員」を作ってみたり,市民が行政にモノを言えるような市民参加のしくみをつくろうとしているところが多い。個人的にもそういう「市民参加」に関する審議会の手伝いとかをしているわけだが。
インドネシアの方でも,やはり自治体の領域内における団体からの意見を,自治体がどのように吸い上げるかということが重要な問題になっている。その中で,2004年の法律によって大枠が定められた,ムスレンバンmusrenbangという地域の開発計画(日本でいう「総合計画」のようなもの)を策定するための方法が興味深かった。インドネシア基礎自治体,特に今回調査したジャワ島の基礎自治体は,人口が2000万程度というジャカルタを別としても規模がかなり大きくて,人口100万人の基礎自治体がゴロゴロある(また,だからこそ1月に書いたような「分割」が起きるわけだが)。自治体の領域内に郡Kecamatanとか村Desa(場所によっては村が存在せずに区kelurahan)が地域単位で存在していて,基礎自治体の業務が一部そこに下ろされることもあるという*1。で,ムスレンバンというのはその郡とか村単位で開発計画を策定して,それを上にあげていく仕組みということ。日本の行政的には審議会に代表者を呼ぶというかたちになりやすいが,ヒアリングからはムスレンバンというのはもう少しオープンに利害関係者が集まってくる仕組みのように感じられた。
まあ普通じゃない,と思わないでもないが,日本でこれに類するものってなんだろうというと,自民党の政調じゃないか,と思ったところ。日本の場合,もちろんあんまり集落レベルでの「政調」っていうのはないだろうが,県→ブロック→全国という単位で「政調」の議論を上げていくところは近いのではないかと。最後には単にアナロジーだけで語るというわけにいかないだろうが,現在持っている印象としては,日本のように行政組織内部での調整過程が先行するのではなく,はじめから割と政治に近いところで調整をしていく方法なのではないかと感じるところ。ひょっとすると,インドネシアでは中立的な官僚組織が形成過程にあるために,行政内部の調整よりも外部での調整の比重を高めるかたちで意思決定を行うことを志向しているのかもしれない*2

政官のインターフェース

もうひとつは自治体内の政官関係,特に政治と行政のインターフェースのところ。日本の場合には,副知事や副市長のような特別職は首長による選任・議会の同意,というプロセスが続いていくが,副職の性格は必ずしもそれほど統一的ではない。つまり,役所生え抜きで事務次官みたいな感じの人もいれば,総務省を始めとする中央省庁から来る人もいるし,首長が指名する政治的任用色の濃い人もいる。さらに議会と首長の関係についても,政党による支援を受けるひととそうでない人で変わってくるわけで,その中で,自治体がコア・エグゼクティブをどのように形作っているのかはよく分からない。
それに対してインドネシアでは,選挙の際に首長・副職をペアで選ぶことになっていて,別に議会の同意などは必要ないらしい*3。ここはまさに調査項目のひとつであるが,要するに選挙の前にコアリションを形成することになるので,選挙にどのようにして勝とうとするか(最小勝利連合を狙うかどうか,とか,政党に依拠するか個人の人気に依拠するか,とか)という発想が表れやすくなると思われる。内務省ヒアリングする限りでは,この正副職がずっといい関係ではない場合が圧倒的に多いということなので,任期中にコアリションが崩れてしまう場合が多い,と。
副職がどのような役割を持つのか,というのはヒアリングの範囲では必ずしも明らかではなかったが,インドネシア地方自治体の話で興味深かったのは,首長を中心として幹部公務員が割と少人数のコア・エグゼクティブを形成しているというところ。それが「予算チームTim Anggaran」というかたちで制度化されているらしい*4。これがムスレンバンをベースに作られた開発計画を基に予算案を策定し,議会側の「予算委員会Panita Anggaran」と折衝するということ。首長−公務員,行政−議会,さらにムスレンバンを通じて住民−自治体という様々なダイメンションがある中で,予算の策定における予算チーム/予算委員会がそのインターフェースを割と一元的に扱っているとすれば興味深いように思われる。ただ逆に,今後の調査の課題になるだろうが,これが制度化されているということは,政治というか首長の側から見ると結構縛りがキツイ感じもする。
個人的にはなかなか本格的に語学の勉強をしたりするところまで行っていないのだけれども,選挙制度など理論的に興味深い制度があったり,比較をしてみると日本にとっても面白い知見が得られそうな感じがしたりするところで,しばらく見ていけたらなぁ,と思うところ。共同研究者の先生方に色々教えていただきながら,10年くらい見れたら何かまとめてみたいようにも思うが,これは今後の研究人生的にも考えどころのような気がするなあ。

*1:なお,クレアレポートによれば,村は村長や議員などの公職者を選挙で選ぶことになっているが,その財政は厳しく,基礎自治体の内部組織である区への移行が進んでいるという。この辺りはまだ勉強中ではっきりしないが,要するにどこにでもDesaがあるわけではないので,これが基礎自治体とは言えないということらしい。

*2:僕はまだその議論を出来る段階にはないが,2004年にこのような制度の大枠が策定されたということは,同時に首長の直接選挙が導入されたこととの関係をもう少し具体的に見ていく必要があるのではないかという気がする。

*3:ちなみにフィリピンでは,首長と副職を別の選挙で選ぶらしい!

*4:ヒアリングの範囲では,首長が入るということだったが,クレアレポートによるとスラバヤ市では官僚で構成されているということ。ここは確認が必要。