大阪都構想のアート

統一地方選挙前半戦まで残り一ヶ月ほどとなり,地方議会に加えて首長の候補もだんだんと決まってきた。このブログでもたびたび登場してきた地方分権改革推進委員会露木順一委員が強い意欲という報道も出ていたが,候補者が決まっていないところもあと2週間くらいでだいたい確定して,争点もそれなりに固まってくるのではないかと思われる。
大阪の方は,まあ何となく大阪都構想への賛否が争点になるのかな,という感じ。結局,他に争点になりそうなところがあんまり見つからないし。そうなると,選挙があんまり近くなってから大阪都構想についてブログで書くのも何となくはばかられるような感じもしてくるので,今のうちにとりあえず備忘として,感じるところをいくつか。
個人的には,前に[研究][大阪][地方分権][地方政治]大阪都と東京府というエントリを書いたときにも書いてますが,大都市をどうするか,という問題が,日本の地方制度における喫緊の課題であることは間違いないと考えているため,大阪都構想のようなアイデアが出てくるのはある意味当然だと思うし,正直橋下知事の政治手法が気に食わないからといって,はじめから否定するような気にはあまりなれないところ。ただ他方で,知事が大阪都構想で実現するとしているような効率化された未来?については,途中の障害がかなり多いことも予想され,そんなもんでもないだろうと思うのが事実。その辺りについては,こちらの「橋下知事の大阪都構想を、きちんと考えてみる」というブログで出されている詳細な分析について,いちいちうなづくところが多い。
府市に関する細かいデータを使ってシミュレーションをする,というのもひとつは研究者のやることかな,という気はするけども,実際大阪都構想の前提がはっきりしていないところもあるし(後述するように,それ自体をそこまで問題視する気もないが),当面それで論文を書くつもりもないので,とりあえずは大阪都構想が現状をどのように変えようとしているのか,というところの整理をしてみたい。それは,最近のエントリで言えば,公共政策の「アート」に当たるような部分のような感じのところを考えることにつながるんじゃないかなと。

政令市への代替案

まず,現状の政令市という制度を変えるとしたときに,現状の地方制度の中で,という制約をつけるとすれば,変え方はおそらく二つある。ひとつは都制ということで,これが大阪都構想で主張されている内容。もうひとつは単に政令市であることをやめるということで,(実際どういうプロセス踏むのか分からないけど)分市みたいな感じになると思われる。以前のエントリでも書いたように,大都市をめぐっては,広域性の問題と近接性の問題をどう処理するか,というのが重要になる。政令市が広域性の問題と近接性の問題の両方で行き詰まっているという問題意識をもって,それを解決しようというならば,この二つの提案はそれほど奇異ではない。そして,あくまで現状の制度を参考にする限りでは,都構想であればどちらかというと広域性を重視し,分市であれば近接性を重視するとざっくり考えられる。なお理屈としては,260万の大阪市が単に政令指定都市であることをやめることもできるような気がするけど,それだと特に近接性の問題について何の解決にもなってないので,ここでは考慮から外す。
その他には,新しい制度を作る考え方として,スーパー政令市みたいな話とか,基礎自治体連合みたいな話もある。この辺はそれこそ制度設計も何もよくわからないので微妙だが,いずれにしても府県の領域の再編を迫るものと考えられるだろう。特にスーパー政令市で広域を含めた大都市行政をやろうとすると,その内部機構をどうするんだ,という話になりやすい。今の政令市の延長で非公選の区長のようなものを置くということも考えられるし,東京都のように公選の区長を置くことも考えられる。前者であれば現在の政令市により近い制度になるし,後者であれば都制に近いと言えるんじゃないか。いずれにしてもたぶん共通するのは,現在の府県より狭い領域(でも現在の政令市より大きい)で大都市を設定するということになる。まああとでまた出てくるだろうけど,こういう特殊な大都市制度を作ると,現在の府県レベルにおいてある種の「分割」が必要になるところがあるということ。これは政治的には結構大きなハードルになる。
こういうかたちで制度を整理すると,大阪都構想を考えるときのひとつの方法は,分市論との比較を考えることにあるのではないかと思われる。分市論は,2010年の夏ころに一度知事も言い出して,その後撤回したというものでもある。要するに,大阪市堺市をいくつかの市に分割して,その上に府県レベルの自治体を乗っけるという考え方。その自治体のことを「都」と呼びたければそれでもいいかもしれないが,まあ要するに府県−市町村という,政令指定都市がないところと同様の並びにするというかたち。ざっくりと東京都で考えれば,23区を普通の市にして,東京都を東京府にすればいいということになる。橋下知事大阪維新の会のひとつの強い主張は,「260万人の大阪市は大きすぎる」ということなので(むしろ最近はこの主張が一番強いように感じる),政令指定都市制度がダメだということであれば,分市してふつうの府県と市町村の関係を作ればよいという考え方はありうる。そうすれば,まあ一応大阪府の方に広域行政が一元化されることになるわけだし。
ではなぜ,橋下知事大阪維新の会は分市論を撤回したか。その理由は大阪維新の会のウェブサイトで読むことができる。

(1)『分市』間に生じる財政力格差を調整するためには(黒字をどう分けるか)新たな財政調整制度が必要になる、
(2)分市では、新たな市ができるだけで、市の役割は既に法定されていることから、広域と基礎で新たな役割分担を決めることができない、
(3)分市では資産と負債(公債残)の分割、継承が困難。

これだけ読むと,一瞬,大阪都になったときに今の東京都の都区財政調整制度のようなものは作らないのか?というツッコミをしたくなるところだが,ポイントは(黒字をどう分けるか)というところであって,すぐその後に「都構想では都が財政調整を担うので格差の問題は生じません」と書いてあるので,まあいずれにせよ財政調整制度は作るということ。だから要するに,今の地方交付税制度を前提にした分市だと,北区みたいに黒字になってしまうところが不交付団体になってしまう一方で,そんなに税収のないところが当然交付団体に,下手すると財政再生団体になってしまうというのはそのとおりで,都構想にすればそういうデメリットは回避できますよ,っていうことを言ってることになる。ただまあそれが問題化するかどうかは,国の地方財政制度(というかどれだけ交付税出すか)に依存するところがあるので,本質的には大きな問題ではないと思われる。
むしろ重要なのは,(2)の論点だろうと思われる。大阪都構想の中では,よく「広域行政の一元化」が謳われるわけだが,この文章を読む限り,それは単に政令市が持ってる広域行政に関する権限を府県のそれと統合するというだけではないことがわかる。つまり,日本では法律によって府県の事務と市町村の事務が決められていて,まあざっくり言えば前者が広域行政で後者が基礎行政(ふつうこういう言い方しないけど)を担当することになっているが,そういう国が法律で設定した広域−基礎の括りとはことなるかたちで事務の所管を設定しようよ,ということが重要になる。文脈を考えれば,これは特に,広域行政の方を問題にしていると理解できるだろう。単に府県に与えられている権限だけで,大阪の大都市問題は解決できない,大阪維新の会的に言えば「大阪再生は果たせない」ということになると思われる。なぜなら,基礎自治体に対して(普通のところよりも)たくさん権限を与えたいというだけであれば,現に大阪府もやっているように,事務処理の特例で渡していけばいいだけだから。
少し整理する。政令市が広域性と近接性の両方で問題を持っている,という問題を解決すべきであるとしたときに,現行の地方制度(というか府県の境界)を前提とすれば,都制か分市による解決はありうる。このうち,分市による解決は,日本の地方制度全体との整合性をとる必要があるために*1,大阪再生という目的が果たせない,だからこそ大阪都構想なんだ,と。まあ明確に言ってるか知らないけど,こういうのがだいたい大阪維新の会のロジックになると思われる。

アートの部分−広域行政と基礎行政

で,大阪都構想のアートはここから。一番重要なのは,現在の日本の地方制度の中での広域行政/基礎行政(とりあえず)とは異なるかたちで,どのように広域行政/基礎行政を分けるのか,が問われてくるのではないかと思われる。これは以前に移行について書いたこととも重なってくると思うのだが,広域行政あるいは基礎行政かどうかって,(理論的にも)スッパリと切れる境目があるわけじゃなくて(例えば財政調整と財源保障の分離/非-分離のように)連続的な問題なのではないかと思うところ。だから,自治体が現にやっている仕事(別にいまは国がやってる仕事を含めてもいいけど)の中で,何を広域行政と考えるか,何を基礎行政と考えるか,というのが大阪都構想の本当の肝なのではないか。もうちょっと言うと,分市論の延長線上の現在の府県制では実現できない,基礎的自治体が行っている業務のうち「大阪都」が取り込むべき業務が何で,それを本当に取り込むべきか,というのが論点になるはず。
この点については,具体的なことはよくわからないわけだが,最近話題の(!)橋下知事のTweetを見ていると,例えば2月10日の連続ツイートにそういう記述がある。

東京都制度について、特別区のある税の一定の割合(45%)を都が吸い上げるとして凄まじい批判が上がった。しかし東京都は通常の市町村が行うべき水道事業や消防事業を都がやるのでその分の財源を特別区からもらうだけである。ここで重要なことは、税収格差調整にルールがあるかどうかである。
都制度には区の税収格差調整には明確なルールがある。ところが大阪市役所制度には全くルールがない。全て大阪市役所の恣意に基づく配分である。地方分権を言うのであれば各区の税収格差調整については明確なルールを設けなければならない。これが大阪都構想の各区税収格差調整制度である。
そして大阪都が何%の税をもらうのかは、まずは都と区の仕事の役割分担を決めなければならない。東京都と違うのは、大阪都では特別区中核市並みの権限を持ち、水道や消防も担う。そして教育人事権も特別区が持つ。ただし、生活保護、国民保険、介護保険は都が担う。
特別区中核市並みの財源を持つことを基本に、仕事の役割分担を決めて都と区で財源の配分を決める。これは後の制度設計の問題である。いずれにせよ、大阪都構想特別区にしたからと言って税収格差が生じるわけではない。今の大阪市役所体制よりも明確で客観的な財政調整制度が構築される。

前段は,大阪市内の区の中に税収格差があるという話で,今はこれを大阪市が恣意的に調整しているからいかんのだ,という話。「大阪市の一体性」を強調する人たちを批判しているわけだが,これは客観的に見て,「一体性」を強調する人たちはそもそも区間の税収格差を問題視してないはずなのだから,議論が噛みあうことはないだろうという感じ。まあそれはいいとして,ここで重要なのは,大阪都構想特別区基礎自治体では,基礎行政として水道や消防,教育人事権を担うこと,そして生活保護国民健康保険介護保険などは広域自治体である都が担うと主張されていること。実はこれだとちょっとよくわからない。というのは,生活保護国民健康保険介護保険などは,国の事務であって,一応国庫負担金+交付税の裏負担で財源的なものも含めて自治体への委任が行われているわけだから,別に府県レベルの事務としてやらなきゃいけないってものでもない。もちろん,広域化による平準化はできるかもしれないけど,どうせ実施のときには出先機関を作らざるをえないわけだろうし,逆に都構想のもとで広域行政を一元化するメリットってその程度?と思ってしまうところはある。
これは他にソースがないのでよくわからないのだが,先ほどの,「橋下知事大阪都構想を、きちんと考えてみる」というブログで取り上げられている,大阪市サイドから見た、大阪都構想に関する一考察というエントリでリンクが貼られている,公明党大阪市議の辻よしたか議員が示しているとされる資料はこの点興味深い。この資料によれば,大阪都構想によって大阪市がもっている都市計画決定権限が「奪われる」とされている。大阪維新の会の主張として,大阪の大都市インフラを重点的に整備するということも考えればまあポイントはこのあたりなのかな,と。一応多くの都市計画決定権限に関しては,府県の同意が必要ではあるけれども,そこを同意じゃなくて計画から立てていきたいというのはわからんではない。やっぱりここが「アート」の部分になるはずではあるので,現在の政令市や分市でもなく,都制にしなくてはいけない広域行政/基礎行政の区分について説明をして欲しい,というところではある。

アートの部分−受益と負担

あるいは,言葉として説明している広域行政/基礎行政の区分というのは実は本質的ではなくて,やはり単にお金の使い方という観点から都制が必要だということもあるのかもしれない。単に広域行政/基礎行政を,施策の性質によって切り分けるというのではなく,財源の考え方と一体で切り分ける,というか。そのときに重要になるのは受益と負担の関係だろう。橋下知事のツイートを額面通りとれば,「特別区中核市並みの権限を持ち,水道や消防も担う。そして教育人事権も特別区が持つ」ということなので,まあかなりのもんになる。問題は特別区という基礎自治体で,受益と負担を完結させるべきなのか,ということで,水道や消防については,結局近くの特別区同士で一部事務組合を作りました,みたいな半分笑い話になるような気もするけど。おそらく,国あるいは「大阪都」から負担金や裏負担を受けて行うべき部分の,事務の執行という点に関しては,(法令や条例による縛りがあるので)本質的には公選区長がやろうが非公選の区長がやろうがあんまり変わらないことが予想される*2。まあヤードスティック競争による効率化はあるかもしれないけど。公選区長を入れて意味があるとすれば,やはり特別区内の税収とサービスがある程度見合うような事務を,特別区の基礎行政として考える必要があるだろう。ここのところがまさに「アート」で,それが消防や清掃である,とは僕には思えないけど,消防や清掃が特別区の重要な基礎行政であるというならば,(都区財政調整を作っても)そのサービス水準がある程度税収との見合いで決まるんだ,ということはもっと説明されるべきかな,と思われる。
翻って,受益と負担の関係から広域行政の方を考えると,こっちは結構ドラスティック。現在の政令市では世界と伍せる都市インフラが整備されていない,というのが大阪維新の会の主張を考えると,やはり広域行政としては都市インフラの整備が重要になるんだろう,と。ウェブサイトでも,

大阪の広域行政を一本化し、広域行政にかかわる財源を一つにまとめて、大阪全体のグランドデザインのもとに財源を集中投資する。大規模な二重投資を一掃し、世界の中での都市間競争に打ち勝つ政策を一本化する。

という表現が書いてあるわけで。じゃあここでいう広域行政ってなんだろうと考えると,要するに広域=大阪都全体で負担しつつ,大阪都全体に受益が行き渡るような事務になる。そこで,現実に都市インフラの整備ということを考えると,単純に考えれば中心地である現在の大阪市域に対して投資が行われることになることが予想される。
これはまあ理解できるところ。大阪維新の会の主張を想起すれば,現在の大阪市は大都市としては小さすぎるし,財源が大阪府大阪市で分かれてるから集中的な投資もできない,という問題を抱えている。そこで,これまでの大阪市の財源に加えて,大阪府が持ってる特に法人関係の財源と,さらには今のところ大阪市に入っていない府内の市町村の税金も活用して,都市インフラを整備しよう,それによってもたらされた成長の果実は,大阪都全域に及びますよ,という話になる*3。これって何を意味するか。結局これまでむしろ大阪市の域外に使われてきたところのある,大阪府の税収とか,大阪市外の市町村の税金みたいなものについて,その少なくとも一部,いまより多い財源を,中心に投資しようということに他ならないのではないか。
僕自身は,自分自身大阪市の都市インフラユーザーでもあるし,大阪が大都市として発展する方がよいと考えているので,このように中心に重点的に投資するという発想についてはどちらかというと賛成。しかし,ポイントは将来の成長の果実というやや心もとないものと引き換えに,現在大阪市の域外に使われている財源を,大阪の中心部分に投資することについて,特に大阪市外の人々を説得できるかというところにあるのではないか。そしてこれはまさにアートの世界。今の大阪都構想の議論のやや不思議なところは,おそらく大阪市大阪府の対立というのが表面になっているために,大阪市の側が中心に投資するような議論にネガティブで,大阪市の外の方がポジティブという印象があるところ。これは維新の会に当初から移った議員は大阪市外選出が多い,というのとも繋がっている話だと思うわけだが。
結局,この話の難しいところは,広域行政−基礎行政の区分が本当に望ましい効率的なものなのか,というのは実際にやってみないと分からない,ということだし,また本当に各事務の受益と負担が見合っているかというのも,やってみないと分からないところがあるということ。これは実験するのも難しいので,結局有権者に納得してもらうしかない。ここでは,政令市批判のロジックを跡付けてみたけれども,逆に言えば政令市という選択は,そういう「やってみないと分からない」ようなことをせず,ぎりぎりのところで無茶をしない,(特に大阪市大阪市外とでの)保守的な妥協をしているという評価もできる。まとめると,これが本当に争点になるのであれば,ぜひ分市ではダメということで大阪都がどんな権限を(市から)吸収するのか,また大阪都に一元化される広域行政の受益と負担について,どのように考えているのかが重要になると思われる。

*1:あとついでに言うと,これから国が大幅に交付税を増やしたりすることはなさそうだから,というのもある。もちろん,大阪維新の会というか橋下知事自体が現状の地方財政制度に否定的であるために,そもそもここのところが問題になってるのかよくわからないけど。

*2:これはたぶん分市でも特に違いはないと思われる。

*3:この理解でいけば,いわゆるスーパー政令市というのは現在の大阪市にベッドタウンを足したくらいの地域でこれをやろう,という話で,大阪都構想は大阪全域でやっていこうという話だと区別できる。あと,分市論だと,都市インフラ整備の権限が分散しているという問題がある他に,結局市の方に固定資産税とか住民税が行くから,都というか府の広域行政へのメリットが少ないという理解だと思われる。