地震と地方選挙

3月11日に発生した東北地方を中心とする未曾有の大災害に被災された方々には心からのお見舞いを申し上げたいと思います。亡くなった方にご冥福を祈るとともに,不明になっている方の安全が判明すること,そして避難されている方々の状況が改善することをなにより願っています。また,いち早く現地に入って救助・救援活動を行っている方々をはじめとする方々,とりわけシステムが自律的に維持されていない状況の中で,その維持を持続させるという英雄的な仕事をされている方々には,本当に感謝申し上げたいと思います。
遠く大阪にいて,現在の状況に関する何等の専門性も持っていない私ができることは当面募金くらいですが,その分少しでも自分の研究を進めるべきかな,と。もちろん被害の状況がどうしても気になってしまうので,なかなか進まないところではありますが。そんな中で,地震とやや関連するところもある最近の地方選挙についてのコメントができればと思いました。地震の衝撃が強すぎて,4月に行われる統一地方選をはじめ,地方選挙なんてやってる場合じゃない,という気分もないわけではないかもしれません。でも,せっかくこの地震で浮き彫りにされた問題があるのだから,それについてきちんと考えることは重要だし,研究者の任務ではないかと思うのです。その問題とは,統一地方選の延期問題です。すでに時事通信の報道で,岩手・宮城・福島で地方選延期へ=2〜6カ月、16日に特例法案提出とあります。記事によれば,その法案の内容は以下のとおりになっています。

著しい被害を受けた岩手、宮城、福島各県内の自治体が対象となる見通し。延期の期間は特例法施行日を基準に2カ月から6カ月と幅を持たせ、法案成立後、総務相が対象となる自治体と調整の上で決定する。

要するに,被災地のみ統一地方選挙を延期する,ということです。これと同じような事例は1995年の阪神淡路大震災のときにも見られ,そのときは兵庫県議会議員選挙と,神戸周辺の市町村の選挙が6月に回されました。1月17日に地震が発生して6月に選挙というスケジュールですから,今度は限界ギリギリの6ヶ月まで伸ばすかもしれません。
じゃあそのとおり延ばせばいいじゃない,というところがなくはないですが,いくつか難しい問題があります。重要なのは,これがあくまでも統一地方選挙の特例ということであって,基本的には4年後に他の自治体と同じ統一地方選挙として行われる,つまり首長/議員の任期が3年半くらいになってしまうということがあります。他の地域は4年間議員をするのに,地震の被害が大きかった地域だけ議員の任期が短くて良いのか(復興が大変なのに!)という問題もあります。(訂正と追記:私が特例法を勘違いしていました。ここでの問題は,任期が短くなるということではなくて,統一地方選挙に復帰した場合,4月に行われた選挙で最長の場合10月から議員活動,というのが可能なのかということです。もちろん,被災地の選挙について統一地方選挙から切り離せばそういう問題は起きない,といえますが,そうすると今回数も多いので,「統一地方選挙」がさらに統一ではなくなるということになります。)また,そもそも今回の地震は全国的な問題であって,ひとり被災地だけの問題ではない,という議論もあるようです。
少なくとも被災地がすぐには選挙なんて言ってられない状況を前提とすれば,現在のオプションはふたつあって,ひとつは被災地だけが延期する,というもので,もうひとつは日本全国で統一地方選挙を延期する,というものになります。提出されることになる法案もこの線で揉めているようです。つまり,自民・公明が被災地のみの延期を求めており,みんな・共産が全国的な延期を求めるという状況です。民主党がどっちよりなのかはわかりませんが,長島議員のツイートなんかを見ると,基本的には執行部が前者であって,一部が後者に同調しているという感じかな,と推測できます。
どのくらいその意識が強いのかはわかりませんが,このような主張には,それなりに理由があると思われます。それは,全国で一斉に選挙を行うということは,全国政党にとってより有利に働く可能性があるということです。例えば,みんなの党はできてから日が浅く,それほど地方組織が強くはありません。そんな中で,分散したかたちで選挙が行われると,ひとつひとつは弱い地方組織が,まさに各個撃破されるという恰好になることが予想されます。他方で,一斉に選挙を行うことができれば,それなりに知名度がある執行部をフル回転させつつ選挙活動を行うことができます。そして,東京や神奈川で行う選挙活動が,電波にのって九州や四国に届き,そのような地域で選挙活動を行うのと同じような効果を生み出すことができる。各地域に地盤がないみんなの党や,地域ごとの選挙では勝ち目が薄い共産党がこの方法でやりたいのはまあ当然。それに対して,自民党公明党という地域の地盤が強いところにはその必要がなく,むしろ下手なリスクを取るより,バラバラの方が何かと都合がよいと思われます。
この手の「選挙サイクル」の問題は,あまり議論されませんが,極めて重要な問題です。以前の地方行財政検討会議に出したパブコメでも,選挙サイクルは地方自治体の首長と地方議会の関係に影響を与えると書きましたが,同様に選挙サイクルは国政と地方政治に影響を与えることが予想されます。つまり,国政と近いタイミングで選挙が行われると,国政の対立軸が地方政治にも反映される(硬く言えば地方選挙が国政選挙のSecond-order electionになる)ことが予想されます。実は今年はかなり久しぶりに国政の大きな選挙とは関係なく統一地方選挙が予定されています。2003年・2007年の統一地方選挙は,それぞれ衆院選参院選という大きな選挙が直後に予定されていて,その枠組の中で地方選挙が行われた感じが強く,それが民主党の躍進に繋がっているところがあると考えられます。だから反対に,2011年の統一地方選挙で地方政党が盛り上がっている(いた?)と言われるのは,もちろん個性的な「首長新党」の影響ということはありますが,大きな国政選挙との連動がないという今年の特徴で説明できる部分も大きいと思われます。
こういった選挙サイクルの効果を前提としながら,今年の統一地方選挙をどうするか,を考えてみるとどうでしょうか。4月の選挙は全国的な関心が地震に集中的に注がれる時期だからこそ,その他の全国的な話題がなかなか報道されず,全国的な対立軸が形成されづらくなると思われます。そのために,各地域ごとのテーマで選挙戦が行われる色合いが強くなってくるのではないかと予想しています。また,国会はとにかく被災地の救援に関する意思決定をしなくてはいけないですから,どうしても与野党協力基調になると思われます。もちろん,あと一月の間にまた内閣のスキャンダル暴きなどから党派間の対立を盛り上げることは難しいでしょう。そうなると,仮に4月に大部分の選挙が行われると,あまり(全国的な)政党ラベルの機能しない選挙になることが予想されます。他方で,被災地のみ6ヶ月先,ということになると,その頃にはおそらくある程度状況も落ち着いているでしょうから,国政での政党間対立が激しくなっている可能性もあるかと思います。そうすると,被災地ではその他の地域とは全く違う環境のもとで地方選挙が行われるということになります。つまり,被災地とそれ以外の地域で,国政と地方政治の関係が異なったかたちで表出する可能性があるということです。その違いは,長期的に日本全体での政党システムの不安定さを助長することが懸念され,ある程度整理する必要があるのではないかと。それは,単に今回統一地方選挙を行う自治体だけに限った問題ではありません。市町村合併の結果として,選挙時期は本当にバラバラになっているわけですが,この現状自体を整理する必要があるのではないかと思います。
パブコメでも書いた,首長と地方議会の関係を対立的か協調的かどうかは別として,とりあえず安定的にするのと同様に,国政との関係についても連動しやすくする(国政選挙と同時期に一斉に行う)か,連動しにくくする(国政選挙と時期をずらして一斉に行う)のかどちらにしても,地方選挙を一斉に行うことによって,どの地域も国政と連動しやすくなる条件は同じ,というようにする方がよいのではないかと思われます。少なくとも,一部の地域だけが国政と連動しやすくなって,他の地域では連動しにくくなる,という状況はあまり望ましいものであるというようには思えません。もちろん,そのなかで首長選挙と地方議会選挙を同時にやるかどうか,どちら(か)を国政と連動させるか,ということも問題になりますが。
選挙を一斉に行うことは,もうひとつメリットがあります。それは,選挙に当たって個人をフィーチャーするよりも,政党が正面に出る機運が高まるのではないか,ということです。現在は,時期もバラバラで個人単位の選挙が行われている中で,場合によっては候補者個人に「選挙プランナー」と呼ばれる人たちがついて,候補者を有権者に対してどのように売り込むかを一生懸命考えます。その行動は当然「政党」なんてほとんど関係なく,候補者ごとにカスタマイズされた「選挙プラン」が生み出されるわけですから,政党が候補者を統制するのが難しくなります。逆からみると日本の地方選挙がばらばらで散発的に行われるために,選挙ごとに政党を超えて候補者を手伝う「選挙プランナー」という仕事が成り立つ,というところもあります*1。それに対して一斉に地方選挙を行えば,候補者がとにかく個人を売り込むということは多少は少なくなるでしょうし,政党が存在感を持つことで,継続性を持った主張を行う集団が各地域に形成されることは,それなりに望ましいことが多いのではないかと考えます。
では個人的に,今回の統一地方選挙をどのように延期するべきなのか,と問われると,こうあるべきだという答えはありません。どちらかと言えば,既に統一地方選挙に向けて走りだしている人たちも相当のコストを払っているわけですから,それを全国的な事情で一律に無視するのはいかがなものかとは思います。またもしここで被災地以外を延期すると,既に議員として活動し,議員報酬を受けている現職議員に比べて,そのような資源を持たず多くの場合自らの貯蓄で準備をする新人議員が圧倒的に不利になると思われます。ただ,今回の地震とその後の議論は,統一地方選挙も含めて地方選挙がどのようなものであるべきか,ということを考える機会にもなっており,これを活かすべきではないかと思います。ちょうど現在,参議院議員選挙選挙制度改革と,地方制度の選挙制度改革が議論されている中で,この地震と地方選挙の議論が「選挙サイクル」という両者をつなげる議論のきっかけにならないかな,と期待するところがあります。もちろんそれは,これから始まる地震からの復興と同じように,中長期的な課題であるとは思いますが。

*1:個人的には「選挙プランナー」という仕事に否定的なわけではなくて,多くの場合,彼らは豊富な経験と地道な調査をもとにして優れた選挙に関する分析を行っているのではないかと思います。ただ同時に,できることならば,その能力を政党やマスコミの中で組織的に活かす方が望ましいのではないかと考えてもいます。選挙を一斉にするということは,そのような「選挙プランナー」を政党やマスコミの中に取り込む機会になるかもしれない,という希望もあります(一匹狼でやる方がよい,という人も多いかとは思いますが…。

選挙は誰のためにあるのか。―100の質問で解き明かす日本の選挙 (コミュニティ・ブックス)

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選挙参謀 (角川文庫)

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