財政調整制度下の地方財政

西川雅史先生の新著。やっと時間がとれたので,まとめて読んでみた。基本的にこれまでに書かれてきた論文を再構成して本にしたという感じで,保険料/保険税の選択とか以前に興味深く読んだものをもう一度読み直すことができた。
内容は,マクロの地方財政制度に関する議論を本の最初と最後にあって,真ん中に自治体の徴税行動,保険料/保険税の選択,固定資産税の分析,税源移譲の効果,という自治体が住民に求める負担についての議論と,市町村合併の分析が挟まっているような感じ。
まず地方財政制度については,制度に対する深い理解をもとに,モデルを用いた説明を行なっていて,終章では制度改革の提案とともに数値シミュレーションも行われている。ここでのモデルは基本的に説明を単純化するためのものだから,そんなに読みにくいわけではなく,西川先生がこの制度をどのように理解すべきと考えているかが読み取れると思う。そして何より興味深いのが終章の数値シミュレーションを含めた制度改革の提案。その肝は留保財源率を引き下げることによって,自治体に対する財源保障と財政調整をともに強化すべきだというもの。やや強い言い方をすれば,このような提案は「地方分権」によって自治体間のバリエーションを生み出すことよりも,日本という単一国家において自治体が仕事をしやすいような状況を生み出すことを志向したもの,と言えるかもしれない。僕自身はどちらかといえば,基準財政需要の作り方を組み替える案に魅力を感じるところはあるが,西川先生のこの提案は,現行制度の(もともとの)哲学を保持したかたちで,制度を現在の状況に合わせて組み替えていくものとしてきちんと検討されるべきだと思われる。
真ん中に挟まっている自治体の2つの選択−住民の負担に関する選択と市町村合併に関する選択−の議論も興味深い。とりわけ,住民の負担に関する議論として,本書では市町村レベルの膨大なデータを使った分析が行われているのが重要な特徴。しかも,個別の自治体の状況まで細かく知悉された上で,ふんだんに事例が紹介されているのは,データマネジメントの能力として本当にすごい。住民の負担に関する議論のうち,個人的に特に興味深かったのは固定資産税の話で,これは別に回帰分析などをしているわけではないが,数多い市町村のデータを丁寧に見て,その特徴について包括的な議論がされている。これは行政学のような分野でもやるべきだったと思うが,おそらく初めてのものであり,これから分野を超えて参照されていくことになると思われる。もちろん,徴税行動や保険料/保険税の選択だって同じようにさまざまな学問分野に関連してくるわけですが*1
繰り返しになるところはあるが,読んでいて「財政学」(あるいは公共経済学)という感じはあまりしなかった。むしろ僕なんかもやっている行政学の問題意識に非常に近いものを感じたところ。まあその両者を取り立てて区別しようというのが間違っているとは思うのだけど,面白いのは参照されている文献は基本的に財政学分野のもので,行政学の似たような文献にはほとんど言及されていない。例えば政策波及や市町村合併についてはそれなりに蓄積も出てきたと思うし,それについて相互的な参照(もちろん批判を含めて)があってもいいんじゃないかな,と思う部分はある。
あと,逆に「財政学」(というか経済学?)だなあと思ったのは,基本的に個別の章(論文)がある程度完結しているようなところ。政治学行政学)の本の書き方って,やはりbook lengthでまとまった主張をするというのがひとつ重視されると思うのだが,経済学だとそういう感じはあんまりしない。もちろん西川先生の本は,通底する主張というか哲学が感じられるのだけど,それがすべての章に通じる(理論的な)主張として描かれているわけではないという印象はあったところ。それはそれで禁欲的な議論として重要で,政治学はホントに括れるのかわからないところをエイヤって括って書いている所があるとも言える(僕の本とかそうだし)。どっちがいいというのはあんまりないとは思うが,そういうことを考えながら読み比べてみるというのも,個人的にはちょっと楽しかった。

財政調整制度下の地方財政

財政調整制度下の地方財政

*1:例えば行政学の若手研究者で言えば,久保慶明さんの研究とかそうだろう。