選挙運動

今回の選挙は、インターネット上の「選挙運動」をめぐって議論がさまざま出ているようですが、じゃあその選挙運動ってなんなの?というとあんまり中身が知られていないような気がします。というか、もともとその定義自体相当怪しいものがあります。
まず基本として、政治や選挙の世界では、選挙の公示/告示によって世界が変わる、ということが知られています。つまり、「選挙運動」というのはあくまでも公示/告示によってスタートするものであり、それまでは「政治活動」が行われる、ということ。もちろん、この「政治活動」の期間中にも様々な制限があって、特に事前の「選挙運動」=事前運動を行っちゃいけませんよ、ということになってます。そもそも「政治活動」と「選挙運動」が分けられるのか、ということも含めて、これも大きな論点ですが、キリがないのでこのエントリではこれ以上は触れません(関連エントリとして、こちら)。
で、選挙運動ですが、公職選挙法の逐条解説を読むと、なかなか興味深い記述になってます。以下引用してみます。

本条(公職選挙法129条)以後で問題となる「選挙運動」という用語の意義については、公職選挙法中にこれを明確に規定したものがないので、合理的な解釈によって判断するよりほかない。
判例によれば「選挙運動とは、一定の議員選挙に付、一定の議員候補者を当選せしむべく、投票を得若しくは誘導其の他諸般の行為を為すことを汎称するものにして、直接に得票を得又は得しむる目的を以って周旋勧誘等を為す行為のみに限局するものに非ず」とされており(昭3、1/24大審院)、その範囲は非常に広い。しかして、この見解は、その後も最高裁判所において維持され、例えば「公職選挙法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもって、直接又は間接に必要かつ有利な斡旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいうものであると解するべきである」(昭52、2・24最高裁)とされている。
判例、通説に従って、一応公職選挙法上の「選挙運動」を定義すれば、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、(衆議院比例代表選出議員又は参議院比例代表選出議員の選挙においては特定の政党等に所属する候補者の全部又は一部の当選を目的として、当該政党等に対する)投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」ということができると考える。(971)

逐条解説にもありますが、もともとの「選挙運動」は、特定の個人の当選を目的とする行為だったわけですが、比例代表制の導入によって、複数の個人の当選を目的とする行為として解釈されているようです(ようです、というのは政党としての成功を目的とする行為の違法性についての判例が、ここのところに挙げられていないからです)。やや余談になりますが、「政党」という組織としての成功を論じられることがなく、あくまでも「複数の個人の当選」として扱われているのは、日本における政党の立ち位置、あるいは公職選挙法上の政党というものの位置づけを考える上で極めて興味深いところのように思います。
問題は、このように定義の曖昧な「選挙運動」についてどのように判断するか、ということなのですが、逐条解説では以下のとおりとされています。

具体的にある行為が選挙運動であるかどうかの認定をするに当たっては、単にその行為の名目に着目するのみでなく、その行為の態様すなわちその行為のなされる時期、場所、方法、対象等を総合的に観察することによって、それが特定の候補者の当選を図る目的意思を伴う行為に該当するかどうかを、実質に即して判断しなければならない。(974)

まあ誰が実質に即して判断するんだ、ということが全てなわけですが。このようなまあある意味でどうとでも解釈することができる「選挙運動」について、公職選挙法ではここから先、延々と「〜の禁止」という禁止事項を並べ続けています。それが、公職選挙法が「べからず法」と呼ばれる所以でもあるわけですが。その基本的な発想は、短い「選挙運動」の期間中に、大きな資源(特に金銭的資源)を持つ候補者が、それを持たない候補者に対して圧倒的にならないように配慮する、というものです。厳しい縛りをかけておけば、持つ資源の多寡にかかわらず同じような「選挙運動」ができる(というか、そんな「選挙運動」しかできない)ということです。
特に問題になっているインターネットについては文書図画の頒布(142条)で「…選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する通常葉書並びに第一号から第三号まで及び第五号から第七号までに規定するビラのほかは、頒布することができない。」として、決まった葉書かビラしか頒布(散布はダメ)しちゃいけませんよ、ということになっています。文書図画というのは「文字若しくはこれに代わるべき符号又は象形を用いて物体の上に多少永続的に記載された意識の表示」をいうということで、これを「頒布」するということは、不特定又は多数人に対して配るということだけではなく、配った人を通じて拡散されるようなこともダメ、ということだそうです。
インターネットについては、コンピュータや携帯電話などのディスプレイ上に表示された文字などの意識の表示は「文書図画」ということで、ホームページはもちろん電子メールもアウトということです(逐条解説1108−1109)。もちろん、電子メールが全てダメというのではなくて、「不特定又は多数の者に電子メールを発信すること」がアウトということですから、(「多数」の定義が不明ですが)現代的に言えば、商業用の大規模メールマガジンで「選挙運動」をするのは多分アウトでしょう。
最近は政党がマニフェストをウェブサイトに載せてるじゃないか、という話ですが、あれについては「選挙運動」ではなく「政治活動」として載せているのだ、ということです。ただし、「政治活動」であっても、「選挙運動」であってはいけないので、選挙運動の期間中にウェブサイトの開設や書き換えをしてしまうとそれがアウト、ということになります。公示前から存在していた政党はウェブサイトに実質的にマニフェストや候補者名簿を置くことができる、ということですね。
ちなみに、公約等について選挙期間中に論評するのはどうか、ということですが、これについては例外があります。148条ですが、

この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。

「新聞紙又は雑誌」の定義としては、148条3項にあるのですが、これもまあ定義が厳しいといいますか。毎月三回以上発行する新聞、毎月一回以上の雑誌というのは、結構厳しいですね。年報の雑誌がたまたまこの期間に評論を入れて書いてしまうとアウトになる可能性があるというか。僕自身も最近東洋経済で連載していて、一応評論のようなことに当たるかもしれませんが、週刊の雑誌だとセーフのようです(まあ連載が選挙運動期間中に発行されることはないのでよかったですが)。
なお、ウェブサイトについては書いてません。例えば選挙の公約を集めた政治山の「衆議院選挙2012「政党情報&マニフェスト・公約比較表」は、特定の候補者のためではないですから、「選挙運動」とはまあ言えないと思いますので、きっとセーフなのでしょう。更新したらどうなるのかは知りませんが…「選挙運動」ではないということで大丈夫のようには思いますが…。他方、「評論だ!」と主張して「選挙運動」であると解釈されそうなことをウェブサイトに書くと、148条の規定で助けてもらえない可能性があるようにも思います。しかしそれ考えたら、大手新聞社だって「新聞紙」でできることと全く同じことを「新聞社ウェブサイト」できるかどうかは怪しいところがあるような気もしますが…。
さくっと引用するだけのエントリにするつもりが意外と長くなってしまいました。選挙後は、違憲状態にあるとされる選挙区の改革が行われることはもちろん、このようなインターネットでの「選挙運動」に代表されるような率直に言って不合理な規制についての改革も含めた選挙制度改革を最優先の課題として進めて欲しいものです。

逐条解説 公職選挙法

逐条解説 公職選挙法