出版ラッシュ

6月から7月にかけてはよくわからないけども出版ラッシュとも言うべきくらいに政治学関係の本が出てました。まあ単純に普段が少ないから多いのが目立ったということなのかもしれませんが。その中で結構たくさん本を頂いていたのですが、読むのに時間がかかって紹介が遅くなりました。しかし非常にいい本揃いではないかと思います。
まず同志社大学の白崎護先生から頂いた『メディアとネットワークから見た日本人の投票意識』です。私は投票行動における「社会学モデル」というものを、だいたい本書で批判されているような「図式的な「社会学的属性決定主義としての社会学モデル」」−要するに人々の民族や階層といった属性が投票行動を決めるということ−のような観念で社会学モデルについて理解してました。しかし、本書によれば「社会学モデル」が単純に外形的な属性のみに注目するというわけではなく、集団の中での対人接触・情報流通の経路への関心を広げていくかたちで、実体としての集団よりも集団内でのやり取りの粗密
を考慮するネットワーク研究につながっていくということでした。対人接触や情報流通によって投票行動が変わる過程を分析するというのは、まさに「選挙工学」のような感じになるのかもしれません。最近はSNSなどによって情報流通過程も変化しているわけで、そういった分析もこれから「社会学モデル」の枠組みで行われることになるのかと思いました。

ノーステキサス大の松林哲也先生からは『自殺のない社会へ』を頂きました。共同研究として一度まとめられた研究成果を、多くの方に伝えるべく再構成して丁寧に議論されている良書です。補論等を使うことで内容の正確性をなるべく犠牲にしないようにしながら、読みやすさを考えて論旨を明確に展開していくというのは本当に大変なことだとは思いますが、それをきちんとやられているのは本当に見習うべき点だと思います。多くの人に知ってほしい、という研究であれば、まず読んでもらわないと始まらないわけですから。
内容は、自殺という非常に扱いにくいデータを、国際比較・都道府県比較を用いて分析していくものです。大規模な災害が自殺に与える影響や、左派政権/社会政策といった政治的な要因が自殺に与える影響などが分析されていて、自殺が「レア・イベント」であるために分析結果を確定することは困難なところがあるのですが、その限界を示しつつ、大規模災害後に自殺対策が必要となることなどをデータに基づいて主張していて、このような主張は公共政策研究として今後増えていくことになるでしょう。特に興味深いのが、鉄道駅での青色灯設置が自殺抑制に効果を持つということを検証している6章で、こういった政府・企業のデータをきちんと収集して分析していくことは、政治学や公共政策の研究者にとって求められることになるんだと改めて思います。
自殺のない社会へ

自殺のない社会へ

東北大学の青木栄一先生からは、『地方分権と教育行政』を頂きました。本書のはじめに、教育学者でも政治学者でもない教育行政学者としての意気込みが表明されているのは青木さんらしいなあ、と思います。議論の内容は、基本的には、2000年代に実施されていった地方分権では、地方自治体に権限を下ろす行政的な分権をしようと思ったのに、実体としては首長、すなわち政治が前面に出てきた、それはなぜだろうか、というテーマを軸に議論が進められています。ポイントになるのは地方財政制度で、財政移転制度があるために、首長が財政的に中央に依存しながら「独自の」教育施策を進めようとすることができたということになるのかと思います。事例もいろいろ書かれていますが、個人的には政権交代を繰り返した山形の話が面白かったです。
地方分権と教育行政: 少人数学級編制の政策過程

地方分権と教育行政: 少人数学級編制の政策過程

東京大学に移られた牧原出先生からは『権力移行』を頂きました。日本でも「コア・エグゼクティブ」の議論はありましたが、本書を読むと、「移行」に注目することでまさにコア・エグゼクティブが見えてくるのではないか、という感じを持ちます。権力の移行とは、コア・エグゼクティブのメンバーが変わっていくプロセスでもあるわけで、その変化をどのように管理するに当たってコア・エグゼクティブの外延が見えてくる、という感じでしょうか。
細かい部分では、特に3章で触れられている交流人事に注目した官僚制の議論で、内務省系と経済テクノクラートに分かれつつあるというご説明は非常に興味深かったです。私自身も財務省人事の観察から、国内で総合調整を担当する部署(内閣官房内閣府など含む)を中心にキャリアを積む官僚と、主に国際金融に関連する舞台でキャリアを積む官僚がいるようにおぼろげに感じるところがあって、従来の国士型−調整型−吏員型とは違う分類ができるのではないか、とおぼろげに思っていたことに説明が与えられたように感じました。
権力移行 何が政治を安定させるのか (NHKブックス)

権力移行 何が政治を安定させるのか (NHKブックス)

意外なところでは、一度シンポジウムでお会いした白水社の編集担当の方から『自民党公務員制度改革』を頂いておりました。日経新聞の記者の方が公務員制度改革の政治過程を追ったもので、いろいろとねじれてしまった公務員制度改革の政局を、自民党議員を中心に丁寧にまとめられた労作だと思います。このように政治家を追っかけていくことは、もう研究者には不可能という仕事ですし、このように記者の方々が定期的にそれぞれのテーマについてまとめて下さるのは本当に勉強になります。また、普段の取材に関わるお仕事だけではなく、公務員の人事管理というまあ非常にマニアックなテーマについてよく調べられているなあと感心しまし た。例えば級別定数の管理などというのは、私も授業では話しますが、実務的なところがどうなっているのかはほとんど分かりませんし、本書で政治的な問題に転化する過程が丁寧に描かれていることで勉強になることも多かったです。
ちょっと注文があるとすれば、この本で取り上げられている「幹部公務員」ってのが結局何なのかなあ、というところでしょうか。関係する政治家や官僚がいろんなことをいう中で、それぞれ異なる「幹部公務員」のイメージを持っているわけです。読者としては読む時の準拠点となるような「幹部公務員」のモデルについて知りたいと思いながら読んでいたのですが、まあそれはこれからの研究者側が提示するべきものなのかもしれません。
自民党と公務員制度改革

自民党と公務員制度改革

専門がやや違うのですが、早稲田大学の鵜飼健史先生から『人民主権について』をいただきました。門外漢なので本全体の評価についてはよくわかりませんが、これはすごいですね。正確に全て理解しているわけではないと思います が、文章に無駄がなく、それこそ一文一文(あるいは一段落ごとに)唸らされるような洞察があり、非常に勉強になりました。個人的には第5章が特に興味深かったです。
本としては、われわれが様々なかたちで現れる政治の両義性というもの−ポピュリズムはある典型という議論になるのだと思いますが−と付き合っていくしかないというメッセージなのだと思います。「政治の両義性」と書いてもなかなかわかりにくいですが、普遍と特殊とか、主体化とそれに対する抵抗とか、ざっくりといえば内包する矛盾のようなものを抱えながらそのときどきに政治を考え、論争し、妥当かどうかを判断するということになるのかな。こんな簡単に書いちゃうとまあそらそうだ、という感じもあるのかもしれませんが、鵜飼さんの本では「人民主権」という概念について色んな角度から丁寧に議論を積み上げているのが特徴で、論理は非常に説得的なものだと思います。ただまあ「じゃあわれわれはどうしたらいいんだろう?」と思うところもあって、本書の議論からは当然そんなの一概に言えないよ、ってことになるはずだとは思うのですが、その種の啓蒙的な議論を聞いてみたい気もします。個人的にはこういった人民主権の議論の上では、リーダーシップというものをどういう風に考えるんことになるんだろうというのがちょっと気になりました。
人民主権について (サピエンティア)

人民主権について (サピエンティア)

大阪大学の北村亘先生から、『政令指定都市』を頂きました。お礼を書く前から「たちまち増刷!」ということで、半年たっても増刷の声を全く聞けない新書の著者としては本当に羨ましい限りですorz
本書は大きな話から豆知識的なところまで幅広く取り上げられているだけではなく、岡本全勝先生も書かれていたように、「政令指定都市」という制度のあり方とこれからについて実ははじめてきちんと検討した著書なのだと思いました。色々と読みどころはあるかと思いますが、個人的には様々な「プレイヤー」を扱った4章が面白かったです。大阪市長広島市長との比較や地方議員の時間管理など、まさに北村先生ならでは という感じで、個人的に今後の研究のヒントになるところも多かったです。また、大阪都構想のところについては、私のものとも重なるかなあとも思いなが ら読んだのですが、おそらくご配慮頂いたこともあり、本来ならむしろ僕の本で書いていないといけないようなこともきちんと整理して書かれていて勉強になりました。『大阪』と併読して頂くと間違いなく理解が深まるかと思いますのでぜひこちらもよろしくお願い致します(宣伝)。
大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

著者のみなさまから『世論調査の新しい地平−CASI方式世論調査』を頂きました。早稲田のCOEでの経済学者、政治学者の対話や、早稲田読売世論調査の経験をもとにして開発されたCASI方式世論調査について、その経緯や調査の方法、データ公開の方法までを記したものです。特に調査員のインストラクションや調査管理など、世論調査の実査に関わる点に紙幅が割かれているところが興味深かったです。本書のように凄まじいとも言える研究体制で世論調査を行うことは非常に難しいことですし、同じような調査はできないことがほとんどでしょうが、それでも本書で示されているように、調査に当たってどういうポイントが重要で、CASIの場合どのように乗り越えていったかという経験を明らかにしていることは、今後共有されていくべき財産なのだと思います。
世論調査の新しい地平: CASI方式世論調査

世論調査の新しい地平: CASI方式世論調査

東大社研プロジェクトの松井望先生、五百旗頭薫先生、宇野重規先生、谷聖美先生、荒見玲子先生から『希望学 あしたの向こうに』を頂きました。社研で行われている希望学プロジェクトの福井調査の成果を平易なかたちでまとめたものということです。エッセイ集という感じではありますが、内容はインタビュー調査やアンケート調査の結果を踏まえたものです。玄田先生をはじめとして、何とかデータに基づいて、特に福井の人たちにとって何か役に立つことを提示したい、という感じが伝わりますね。そういう意味では『自殺のない社会へ』もそうですが、社会科学をきちんと非−専門家に伝えていくという試みが本当に重要になっているということなのだろうと思います。最後は宣伝ですが、白鳥浩先生が編著の『統一地方選挙政治学』が出版されました。私も大阪の章を一章書いています。『大阪』の第4章の元になった原稿ではありますが、新書では削ったところも含めてもう少し詳細に橋下「知事」の出現からダブル選挙までの政治過程を追っています。よろしければぜひ。