特定秘密保護における第三者機関の独立性

現在参議院で議論になっている特定秘密保護法案で、「第三者機関」の設置が議論になっている。法案の修正過程でその設置検討が付則に盛り込まれたということ。

特定秘密保護法案を担当する森雅子少子化相は2日の参院国家安全保障特別委員会で、行政機関の長による特定秘密指定の妥当性を点検する第三者機関に関し「法施行までに設置できるようにしていきたい」と述べた。第三者機関は与党と日本維新の会みんなの党4党の修正合意で付則に設置検討を盛り込んだ。
日本経済新聞 12月2日

他国との関係で秘匿しなければいけない情報もあるだろうし、秘匿することが信頼されなければ教えてもらえる情報が少なくなるというのも分かる。ただまあ民主主義体制においては、統治者はあくまでも国民の代表であって、国民と平等な関係を維持しないといけないわけだから、国民が政府の情報にアクセスする(そして分析して理解する)ことが可能な状態が原則であって、情報へのアクセスを遮断するのは原則から外れるというのは明確にすべきだろう。論点としては、特定の情報を「秘匿するかどうか」ではなくて、何を特定の情報と認めるかという点になると思うが、この手のグラデーションに境界を設定するという議論は一般的に言って非常に難しい*1。しかも日本の場合は、「政府がすべてを隠し持っている」という意識を前提にしてまず情報公開法が制定され、何が情報として存在するのかわからないとか言ってるうちに公文書管理法が要請され…というよくわからない展開になっているのでこの難しさはさらに複雑性が高い*2
境界をどこに設定するか、という点についてはよくわからないというのが正直なところ。専門家に任せるという態度が良いのかわからないが、現代社会においてはある程度(以上)専門家に任せないとものごとが進まないわけで。ただ、専門家であっても、特殊な利益を志向する政権というか政治家の言いなりになるという可能性は常に排除できないわけで、専門家が「専門家として」判断できるような体制を築くことが前提としてあって、その上で専門家に任せるという判断が機能することになるはずだ。
議論が入れ子構造になっているところがあるが、特定秘密保護法案で問題になっているのはまさにこの点ではないか。「何を秘匿すべきか」について誰が判断するのか。政治家は特殊な利益を志向するかもしれないから専門家の判断に従おう、というのはひとつのありうべき態度なわけで、そこで「第三者機関」とその独立性が問題になる。「第三者機関」については、当初「首相が第三者機関的に関与」という全く訳の分からない話が出てきていたが、冒頭の日経の引用に見られるように、もうちょっとまともな「第三者機関」が議論される機運が出てきたと思いたい。「首相が第三者機関的に関与」することの何が問題かといえば、首相というのは基本的に一個の人格なので、政党や支持者などの私的な利益を求める要請を、「第三者機関的な」首相本人が抑えることができるかわからないというところにある。まあこれは極端な話だが、首相本人ではない「第三者機関」を作ったとしても、その機関が首相の言うことをすべて聞くような機関であると見なされたら(要するに「独立」していないと見なされたら)、いくら口で第三者機関といっても、制度としては全く意味がないことになる。
独立性の高い第三者機関を作るためのポイントは、要するに、首相(をはじめとする政権・政党)の言うことを聞かない(かもしれない)機関を作るというところにある。一般的に行政組織は階層的(ヒエラルキカル)に設計されていて、上位者が下位者に業務を委任し、委任を受けた下位者は上位者に対して説明責任をもつということになっている。上位者は法令や罷免の脅しで下位者にいうことを聞かせようとして、下位者は罷免されないように上位者の言うことを聞く、というようなモデルが考えられているわけだ。しかし「独立性」を付与するということは、この委任−説明責任関係を断ち切るということである。下位者は上位者から任命されるものの、場合によっては上位者の言うことを聞かないことが求められる(もちろん法令には従わないといけないわけだが)。上位者(最上位は国民−国会)が変わっても、下位者はその立場と職責が保障されているということでようやく独立性が守れるというわけで、これに近い発想は司法権の独立や中央銀行の独立を考えるときにも用いられることになる。
それではその独立性をどのように付与できるのだろうか。これはわりと定式的に考えることが可能であって、例えば(1)合議制にする、(2)上位者が罷免できないようにする、(3)独立した官僚組織を作る、というようなやり方がありうる。合議制にするということは、合議体の議論の結果が意思決定につながるわけだから、独任制よりも上位者から直接のプレッシャーを受けにくくなり、また合議体のメンバーに拒否権を付与したりすれば簡単に現状変更ができなくなるということである。次に上位者の罷免については、終身制や長期の任期制、再任不可制度などを導入することによって、下位者が再任のために上位者の意向を伺うようなインセンティブをもつことを排除するということが考えられる。上位者はポストや罰を使って下位者のコントロールを図ろうとするけども、それをさせないということである。最後の独立した官僚組織というのは基本的に(2)に近いところがあるが、「第三者機関」の事務局で働くような官僚が出向を中心としたものであれば、いずれは戻ることになる出身省庁の意向に左右されやすくなるわけだから、その関係を断ち切ってしまうということが考えられる。他にも、一定の資格(この場合公文書管理についての資格)をもった人間を終身雇用に近いかたちで雇う、というようなことがありうるだろう。
「第三者機関」と言っても、二年交替・再任ありで非常勤の委員によって成り立つ会議で、事務局は出向官僚ばっかり、ということでは全く意味が無い。秘密を判断する専門家を必要とするというような特定秘密保護法案の性格を考えあわせても、このような機関にいかに独立性を付与するか、というのが非常に重要な問題になるはずである。

*1:特定秘密保護法案だけじゃなくて、例えばマイナンバーなんかでも同じ議論の構造になっているように思われる。境界を設定せずに「0か1か」みたいな議論をしているうちに、境界が思わぬところで事実的に設定されているようなところも似てると言えるだろう。

*2:「民主制」が想定するような展開であれば、まず「秘密」が設定され、その管理の仕方が決まり、その公開方法が規定される、という構図になるんだろう。もちろんそんな展開自体理念型だが。