地方政治研究

ずいぶん時間が立ってしまいましたが,3月ころに近畿大学辻陽先生から『戦後日本地方政治史論』を頂いておりました。最大限個々の自治体の「政治史」に触れつつ,そこから戦後日本の地方政治史全体を議論しようというものだと思います。実は光栄なことに,僕自身の本も,曽我謙悟・待鳥聡史両先生の『日本の地方政治』と並んで中心的な批判の対象となっており,制度から地方政治の特徴を描き出そうとする分析―言い方を変えると制度の効果を分析するために日本の地方政治を対象とするもの―とは異なるねらいに基づいた議論ということになるんだと思います*1
本書の特徴として,まあ圧倒的な情報量ということを措くわけにはいきません。僕自身,大阪・東京などについて記述的な分析をしたところもありますが,基本的にはすべて詳細を承知しるわけではありませんので,いろいろとなるほどなあと思うところは多くありました。ただ他方で,情報量が多すぎるところがあって,ある程度は事情を理解しているであろう僕なんかでも読むのはちょっと大変というところがあるので,一般にはもっと負荷が高いところがあると思います。ただ,そこで情報を集約すべきか,というのはやはり辻さんの中心的な論点のひとつなのでしょう。情報を集約して傾向性として議論するよりも,個々の歴史を踏まえてこそみえるものがあるといいますか。そういう意味では,本書は個々の都道府県という単位での「政党システム」を考えるような試みなのではないかと思います。以前曽我謙悟先生が,都道府県の選挙区定数を使って政党システムの分析をやっておられましたが*2,そういう制度ではなくて,個々のアクターの政治的な利益,とりわけ知事とその政策などに注目して都道府県単位の政党間競合のパターンを考えるという感じでしょうか。
他方,そこで出てきた結論としては,やはり知事が議会を抑えていることは,提出議案が通りやすくなることに意味があるという穏当な(これまでの議論と接続する)ものが中心だと思いますし,知事が官僚や副知事の経験を持つということが議会との関係を良好なものにしているという主張,そしていわゆる改革派知事の出現がそれまでの状況に一石を投じるようになっているという主張も,僕自身が行った主張と基本的に軌を一にしていると思います(僕自身は,「現状維持志向」という観点からの分析になっていますが)。
本書の最後で(たぶんそういう趣旨が)少し触れられていて,僕自身の課題でもありますが,このように地方自治体ごとの「政党システム」について包括的に議論がされたことをふまえると,やはり次は国レベルの政党システムと地方の政党システムの関係について議論していきたいというところでしょうか。本書が明らかにしているように(たぶん僕の本でもそういうことを書いていたと思いますが),1955年体制の時期には,地方の政党システムは国政の「引き写し」が見られたと考えられるわけですが,それがいわゆる政界再編以降になぜ・どのように変わるのかということを分析していくことは,現状の「決められない/決めすぎる政治」を考えるうえでも意味があるように思ってます。

もうひとつ,やはり同世代の研究者である國學院大學稲垣浩先生から,『戦後地方自治と組織形成』を頂いておりました。
本書は,戦後の都道府県内部における組織編成を,行政史の観点から分析したものですが,全体としては,ルーマンが『信頼』で書いていたような,組織においてどのように不確実性を吸収するかという議論をされているような印象を持ちました。1990年代の改革派知事やその後の地方分権改革の流れによって,知事が実質的に不確実性を吸収する主体となっていくようになる以前については、知事・地方自治官庁・その他縦割り官庁が一元的に不確実性を吸収できるわけではなく,まあいわば三者が合意できる 「均衡」みたいなところで物事が決まるようになったというか。2章ではその議論の前提としての中央政府レベルで(内政省構想が潰えて)一元的に不確実性を吸収できる主体がいなくなった過程を扱い,3章では企画部や公害関係部局というのが「均衡」のもとで生まれていく過程を, 4章では企画・公害以降の組織再編の過程を追うということでしょうか。4章の位置づけは難しいですが、知事が不確実性を一元的に吸収できるという程でもない中で、(「合理的に」組織再編を追求するというよりも)中央政府の意向や他府県の経緯を参照することで正当化していく過程を示したということなのかなと理解したところです。
ポイントは,都道府県が自ら組織改革の内容を制約(「自己制約」)することで,組織改革をめぐる府県内・外での不確実性を抑制しようとするところにあって,そういった自己制約的な組織編成手法が各都道府県の間で「制度化」されていく過程が明らかにされます。本書も辻先生のご著書と同様に,自治省の歴史と各都道府県の組織再編の歴史について丁寧に追いかけていくもので,その過程を読むのはなかなか骨が折れますが,議論の構造が見えてくるとなかなか楽しいところがあります。稲垣さんによれば,本書では扱われていない1990年代以降の組織再編についても,すでに博士論文では分析されていてこれから公刊されるということなので,ぜひ楽しみにしたいところです。1990年代になると,地方分権の進展もあって,国との関係(国がどのような意向を持つか)よりも,都道府県内での政治的な関係性/不確実性が重要になる,という議論になっていくようです。

*1:曽我謙悟・待鳥聡史[2007]『日本の地方政治』名古屋大学出版会

日本の地方政治―二元代表制政府の政策選択―

日本の地方政治―二元代表制政府の政策選択―

砂原庸介[2011]『地方政府の民主主義』有斐閣
地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択

地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択

本書と似たようなアプローチとしては,やはり戦後日本の地方議会全体を議論しようとした馬渡剛[2010]『戦後日本の地方議会』ミネルヴァ書房でしょうか。

*2:曽我謙悟[2011]「都道府県議会における政党システム―選挙制度と執政制度による説明」『年報政治学2011―2』