マンション管理のガバナンス

ツイッターでちょこちょこと書いていたのだけど,多くなってきたし個人的にも関心のあるところなので備忘のためこちらに。

分譲マンションの管理組合総会で「格差」が生じようとしている。これまで原則として「1戸1票」だった議決権が、国交省の指針変更によって、住戸の資産価値に応じて重みが変えられるようになったからだ。ほとんど周知されていないこの「改正」は、マンション住民に新たなトラブルを生む火種になる。
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なかなかきつい感じの導入になっている記事だけど,何の変更だっけと思っていたら国交省によるマンション標準管理規約改正の話だった*1。議決権を配分するときに,これまでは基本的に持分(≒専有部分の住居面積)で決めていたものについて,「価値割合」の考え方を入れてはどうか,という話。具体的に標準管理規約及び同コメント(単棟型)では,標準管理規約本文ではなくコメントの方で次のように書かれている。

第46条関係
1 議決権については、共用部分の共有持分の割合、あるいはそれを基礎としつつ賛否を算定しやすい数字に直した割合によることが適当である。
2 各住戸の面積があまり異ならない場合は、住戸1戸につき各1個の議決権により対応することも可能である。また、住戸の数を基準とする議決権と専有面積を基準とする議決権を併用することにより対応することも可能である。
3 1や2の方法による議決権割合の設定は、各住戸が比較的均質である場合には妥当であるものの、高層階と低層階での眺望等の違いにより住戸の価値に大きな差が出る場合もあることのほか、民法第252条本文が共有物の管理に関する事項につき各共有者の持分の価格の過半数で決すると規定していることに照らして、新たに建てられるマンションの議決権割合について、より適合的な選択肢を示す必要があると考えられる。これにより、特に、大規模な改修や建替え等を行う旨を決定する場合、建替え前のマンションの専有部分の価値等を考慮して建替え後の再建マンションの専有部分を配分する場合等における合意形成の円滑化が期待できるといった考え方もある。
このため、住戸の価値に大きな差がある場合においては、単に共用部分の共有持分の割合によるのではなく、専有部分の階数(眺望、日照等)、方角(日照等)等を考慮した価値の違いに基づく価値割合を基礎として、議決権の割合を定めることも考えられる。
この価値割合とは、専有部分の大きさ及び立地(階数・方角等)等を考慮した効用の違いに基づく議決権割合を設定するものであり、住戸内の内装や備付けの設備等住戸内の豪華さ等も加味したものではないことに留意する。
また、この価値は、必ずしも各戸の実際の販売価格に比例するものではなく、全戸の販売価格が決まっていなくても、各戸の階数・方角(眺望、日照等)などにより、別途基準となる価値を設定し、その価値を基にした議決権割合を新築当初に設定することが想定される。ただし、前方に建物が建築されたことによる眺望の変化等の各住戸の価値に影響を及ぼすような事後的な変化があったとしても、それによる議決権割合の見直しは原則として行わないものとする。
なお、このような価値割合による議決権割合を設定する場合には、分譲契約等によって定まる敷地等の共有持分についても、価値割合に連動させることが考えられる。
(下線引用者)

別に「価値割合」を導入しないといけないわけではなく,新たに建てられるマンションについて,ひとつの選択肢として導入するという話ではあります。既存物件についてどのように適用されるのかはちょっと良く分かりませんが。おそらく基本的な発想としては,価値が違う持ち分を持っているにもかかわらず,それに応じた議決権が配分されていないと,特に価値の高い物件を持っている人たちが(さらに価値を高めるために?)建替をしたいと思っても十分にコミットメントできないという問題があって,それを解決するために価値に応じて議決権を配分すべきだ,ということではないかと思います。同質的な居室で構成されているマンションだと議決権が「1戸1票」など平等に配分されていてそういう問題は起きにくいのでしょうが,タワーマンションなどで面積が違うだけではなく眺望なども全く違ってそれゆえ(金銭的な)価値も違う,みたいな部屋が複数存在するときに,議決権を変えておくことが求められるということなのだろうなと。面積がたとえば倍くらい違うとすれば,これまでであっても2票付与することもできると思いますが,面積が同じでも価格が倍くらい違う,というような状況にも対応可ということで*2。ただ,面積が同じなのに価値が違う,となると,管理費や大規模修繕費の負担は共有部分の共有持分の割合に応じて算定するということなので,今度は逆に不公平になるのかも。…というのが東洋経済の記事の議論だったわけですが,どうもそうでもないみたい。共有持分については,基本的に専有部分の比率で決まるということにはなっているものの,コメントの第10条関係3では,「なお、第46条関係3で述べている価値割合による議決権割合を設定する場合には、分譲契約等によって定まる敷地等の共有持分についても、価値割合に連動させることが考えられる。」と書いてあるのでまあそこは公平に,ということでしょう。
どういう意味があるんだろう,とグチグチ考えていたのですが,ひょっとしたらこの標準管理規約の想定とは反対に,設定される議決権がマンション価格を変えてしまうということがないかしら,と思うところ。上にもあるように,新たに建てられるマンションについてこういう話が入ってくるわけですが,こういう標準管理規約を誰が決めるかというと,別に組合を構成する区分所有者がガチで議論して決めるわけじゃないと思うんですよね(本来そうあるべきだろうけど)。実際のところ,管理会社などがあらかじめ用意している規約/constitutionがあって,購入者はそれを受け入れて組合員になるのではないかと。そうするとマンション価格があったうえで(多数決なりみんなが納得するなりして)新たに議決権が配分されるなんてことにはならなくて,あらかじめ売り手の方が眺望とかなんとかで○○号室はこれだけの議決権を持ってますっていうことを設定しておくんじゃないか。結局,実際のところその議決権が跳ね返るかたちで居室の価格が設定されることになるわけで,議決権分購入価格が上がる,ってことになるんじゃないかというような*3。まあそのへん分かりませんけども。
このようになかなか興味深い論点だと思うわけだが,実は国交省の今回の変更では,この点はあまり大きな論点として扱われていない。実際そんなに変化ない(議決権を変える管理組合が出てこない)と思われているのかもしれないが。じゃあどういう論点が強調されているかというと,(1)コミュニティ条項の削除国交省的には再整理)ということで,管理費の住棟先として「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成に要する費用」というのがあったわけですが,これを削除しようということのようです。具体的には地域の夏祭りとかにマンション管理組合からカネ出す,みたいな話なわけですが,まあどこのマンションにも「自分が払ってる管理費が自分の行かない夏祭りに支払われるなどまかりならん」という人は出てくるわけで,そういう人たちへの(訴訟)対策という面があるようです。要は,コミュニティ活動は居住者が自前でカネ出してやろうね,というある意味真っ当な話ではありますが,そうなるとマンションが地域から浮いてしまう可能性も高くなるように思います*4
で,もうひとつがこれを削除して空いてるところに入ってきたわけですが,(2)外部専門家の活用,という話です。管理組合の運営に文句を言う人も出てくるし,また,タワーマンションなんかだと大規模修繕の見積もりとか相当に専門的な知識が要求されたりもするので,区分所有者が管理を行うのは難しいということで,ノウハウを持った専門家を使うということが議論されています。この外部専門家をどこに置くかについても色々オプションがあって,まるで会社法の○○設置会社,みたいな感じですが,管理を行う理事長的専門家/理事長を補佐する専門家/理事長直属のエージェントとなる専門家/総会で監視する取締役・監査役的専門家…みたいな話が書かれています。まさに管理組合のガバナンス,というやつですね。ただまあ個人的に疑問なのは,その専門家への報酬をどうするんだ,ということで,もちろん管理費からなんでしょうがあんまりその辺は書かれていないというか(専門家に払うんだったら,自分たちの代表たる理事長にも払ってやれよという気がしなくもないですが…)。

*1:「これまで原則として1戸1票」という表現は微妙のような気はするが

*2:個人的には高層階に全く魅力を感じないので,そういうことがどのくらいあるのかよく分かりませんが…。

*3:ついでに言うと,「議決権が違う」というステータスは所有者の意識やマンション総会での投票行動に影響ありそう。

*4:たとえば,高村学人[2012]『コモンズからの都市再生』では,大規模マンションの管理組合/管理人が地元とうまく付き合うことの重要性が指摘されています。この原資はもちろん管理費なわけで。

コモンズからの都市再生―地域共同管理と法の新たな役割

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