「平成の大合併」の政治経済学

中澤克佳先生と宮下量久先生による『「平成の大合併」の政治経済学』を頂きました。どうもありがとうございます。「平成の大合併」の…学というと,財政学,政治学,政治社会学,に続く四つ目になると思います。この辺からも平成の大合併政治学・経済学・社会学といった分野にまたがる関心を惹き起こしていることがよくわかります。
中澤先生と宮下先生のご研究は,以前にも紹介したことがあります。ここで紹介しているのは本書の6章になっているようで,この章を含む前半では合併に向けた意思決定と合意形成過程の分析ということで,どういう自治体が合併に向かっているのかということを色々な手法で検討しています。興味深いのは,市と町村で考えていることが違うという話(3章:市はストックの財政状況が悪化していると合併/町村はフローの財政状況が悪化してると合併)。確かに市と市が合併するというケースは非常に限られていて,市は周りの町村を吸収するということが多かった,というのが一つの特徴かもしれません。で,5章で国家公務員や都道府県職員を経験した市長が合併に向かうということで,そういった市の町村に対する財政的な救済というのを含意してるのではないか,というのは面白い指摘だと思いました。
後半では,市町村合併政策評価という性格も持っている,財政規律の分析を行っています。合併前に特に小規模自治体が地方債を多く発行する傾向(7章),合併特例債は一般地方債と代替的な関係を持つものの特例債が出せるということで合併自治体の地方債残高が増加する傾向(8章),さらに地域内の所得格差が大きい合併自治体ほど特例債が発行されている傾向*1(9章)が指摘されています。特に8章9章で分析されているのは合併特例債ですが,これはなかなかデータとしては出てないもので,総務省から手に入れたものを使っての分析ということです。ぜひ将来的には公開を期待したいところですが…。さらに10章以降では,合併した自治体がどのような財政運営を行っているか(どのような種類の地方債を使っているか),効率的か,所得格差が広がっていないか,というようなことを検証していて,まあその結果としてはあんまり芳しくないと…。12章では,まあもともと「地域間」で格差があった自治体同士が合併したので今度はそれを「地域内」の再分配の問題として取り組まなくてはいけないというのはまさにその通りだなあと思うところです。
というわけで,なぜ自治体が合併するのかというところから始まって,合併が自治体行動に与える影響や現在の課題を浮き彫りにするというものになっていて,合併に関心がある研究者に広く読まれるものになると思います。僕自身,ちょっと合併関係で論文を書く仕事もあったので非常に参考になりました。前半のところも,市と町村が違う→市はどういう政治的効果があるんだろう,みたいな立体的な分析になっているのは(蛇足ですが)経済学者の方が書く著作としては非常に珍しいのではないかと。他方,以前紹介した時にも書いたのですが,前半部分については,政治学者・行政学者も関心をもってかなり似たような分析をしているところもあり(たとえば城戸英樹・中村悦大[2008]「市町村合併の環境的要因と戦略的要因」『年報行政研究』43: 112-130.),本書では結構政治学の文献も引用されているのに,一番近そうなところが触れられてないのはやや残念でした。あと,たぶん僕の何か誤解か無理解が原因だと思うんですが,所得格差の分析をしている9章と12章のジニ係数の図(特に9.2と12.4)の異同がちょっとよくわからなかったです…。

「平成の大合併」の政治経済学

「平成の大合併」の政治経済学

*1:ただし,より格差が大きいと思われる編入合併の自治体ではそれほど特例債の発行は大きくなく,新設合併の自治体では大きくなるようです。本書では,その原因が新設自治体のほうが財政基盤が弱いからという推論になっています。