住宅を持たせるか借りさせるか

日本でも,住宅を賃貸で借りるか,持家として購入するかというのは人生の大きな選択で,インターネットの掲示板での議論がしばしばまとめサイトに掲載されたりします。それはもちろん日本だけの問題ではなく,住宅難が社会問題になっているバンクーバーでも大きな問題です。人々が賃貸を選ぶか持家を選ぶかというのは,しばしば個人的な選択だと考えられがちですが,ジム・ケメニーという研究者は,賃貸住宅の供給に政府が責任を持つ傾向が強いかどうかが重要だ,ということを前提に,北欧など普遍主義的な福祉国家では政府が賃貸住宅の供給に責任を持つことで人々が賃貸住宅を選びやすく,イギリスなど自由主義的な福祉国家南欧などの保守主義的なところでは政府はあんまり賃貸住宅の供給に乗り出さないので賃貸はあんまり好まれず,最終的に持家で住宅更新がされるという議論をしています。なお,福祉国家をめぐる議論を勉強した人はすぐわかるように,この議論はエスピン・アンダーセンのいう「三つの世界」を意識していて,なんとなくその分類と同じ分類で議論できそうなものの,そこまでクリアではないちょっとぼんやりした議論になっているところがあります。
ケメニーは基本的にヨーロッパの国を比較した議論をしているので,日本もカナダも出てきませんが,色々な特徴を見ていると両方とも「二元モデル」,要するに政府が賃貸住宅の供給に責任を持つ傾向が弱く,最終的に多くの人が持家購入によって住宅更新をするタイプであると考えられます。日本の場合は,特に高度経済成長期のような住宅難の時代に,土地区画を細分化して大量の住宅供給を行うようなことをしましたが,カナダでは土地利用の規制が厳しく,人がたくさん流入するバンクーバーでは住宅難が厳しくなっているうえに,住宅価格が高騰して社会問題となっています。こちらでは,連邦政府ではなくBC州,あるいはバンクーバー市に主にその解決が求められているようですが,今週やや方向の異なる二つの提案がなされてきました。
ひとつは,広い区画の中で,裏庭の部分に作ったレインウェイハウスlaneway house(僕が住んでるようなところです)を切り離して売れるようにしよう,という提案です。詳細はまだよくわかりませんが,たぶん土地の一体性はそのままにして上物だけ売るということだろうと思います。大きさは,だいたい700−1000平方フィート(65-90?くらい)で,まあ正直言って狭いです。自分の家を見てる限りだと,母屋との関係で高さも少し制約があるんじゃないかなあ,と思いますが。記事の中ではこれを100万カナダドル(9千万くらい?)でって書いてましたけど,いやそら高すぎるだろうというのが実感です。いやもちろん,こちらの住宅としては相対的に安いし,給与も日本より高めなのでAffordableなのかもしれませんが…。また,記事で紹介されていたのは,比較的敷地が広い地域の話なんで,もう少し大きい家なのかもしれません。しかし,区画を割らずに持家社会を貫徹するというのはなかなか大変なことだと思ったものです。
他方で,バンクーバー市が賃貸住宅の供給を進めるという記事も出てきました。カナダで初めての試み,ということですが,バンクーバー市がオークリッジといううちの近くの最近再開発が進んでいる地域で,1000戸ほど市場価格より低い住宅あるいは社会住宅が入った集合住宅を供給すると*1。この話はテレビでもやってて,UBCのビジネススクールの教授が,何万人も入ってくるのに1000戸なんて焼け石に水だ(大意)って批判してましたが。日本の公営住宅も似たようなところがないわけではないですが,仮に市が所有して運営するとしたら,建設費や土地の取得代をどのように償却していくかということは問題になるわけで,赤字が出るようだときついようには思います。限られた1000戸のために税金使うのか,という話になりますし。そうじゃなくてももっと利益を上げられる土地なのに,逸失利益が発生しているぞと言われる可能性もあるわけで。しかし日本の公営住宅と違うところは,ホントに便利なところに住宅を作るということで,そこに入れる人はラッキーかつ不当に羨ましがられることが予想される一方,批判が強ければ売り抜けてしまうという選択肢もないわけじゃないと。
改めてつらつら考えると,持家社会はやはり強固であって,バンクーバー市の賃貸へのコミットメントの提案が「制度」を変えるほどのインパクトはないように思います。とはいえ,人口が流入している成長する都市からこういう提案が出てきていることは,単に住宅を「所有」することよりも幅広い「利用」を重視することであったり,持家と賃貸の不均衡を是正したいという普遍主義的な発想があるのかもしれません。

追記

より詳細な内容がまとめられていた。Five things about Vancouver new housing planを見ると,賃貸住宅の供給に力点を置いたものになっていることがわかる。紙の新聞記事とやや順番が違うのがなかなか興味深いが図表がついているのは素晴らしい。その右の図を見るとよくわからるけど,年収が5万ドル(400万円くらい)ない人は社会住宅とかが用意され*2ボリュームゾーンである5万-15万ドルあたりは賃貸か,買うならコンドか新しいレインウェイハウス・タウンハウスであり,15万ドルを超えたらまあ適当に買ってね,って感じか。普通の戸建てはほっといても市場に出るから政府がかかわる新規供給としては議論されないということだと思う。しかし今サレーやリッチモンドに住んでる比較的低所得の人(5万ドル以下)は,バンクーバーで働いているとすれば,新たな社会住宅にアプライして何とか住みたいと思うだろうなあ(すでに市民じゃないと権利がないかどうかはよくわからん)。その分交通費とか時間も浮くわけだし。そういう意味では,日本の公団が都心から遠い郊外に分譲住宅を建てた,というのと正反対に,政府が都心に賃貸住宅を建てよう(たぶん狭いのは同じ)という趣旨なんだろう。日本の経験を踏まえると,個人的にはその方が良いと思うけども,入居する権利を獲得した人とそうでない人の不公平感っていう問題はあるかもしれない。日本の場合は結局そこがどうしてもネックになってたように思う。


From Public Housing Soc Market

From Public Housing Soc Market

なおこの本はどうも絶版になってるらしく,図書館くらいしかありません…。日本語で読めるものとしてはこちら。
ハウジングと福祉国家 居住空間の社会的構築

ハウジングと福祉国家 居住空間の社会的構築

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

福祉資本主義の三つの世界 (MINERVA福祉ライブラリー)

*1:まあその「市場価格より低い」価格はウチの家賃より高いくらいなんですけどねっ

*2:日本の公営住宅の感覚から見るとものすごい高い。もちろん給与水準の違いはあるが