『日韓国交正常化交渉の政治史』ほか

大阪市立大学の金恩貞先生から『日韓国交正常化交渉の政治史』をいただきました。どうもありがとうございます。外交交渉の議論は専門外ではありますが、外務省と大蔵省の対立を軸に日本政府の政策過程を中心に扱っていることもあり、非常に興味深く読むことができました。本書の最後でも少し論じられているように、日韓国交正常化に至る交渉とその背景にあるアイディアは、おそらく現在の難航する日韓交渉にも通底するものなのだと思います。

本書では、日本のみならず韓国・アメリカの外交史料を駆使しながら議論が組み立てられていますが、基本的には日本政府の側から交渉の経緯を追うかたちになっています。そこでポイントとなるのは、日本政府が当初から掲げていた法律論的な考え方です。あえてまとめると、日本による韓国併合は正当な手続きを経たものであり、その後に蓄積されていった韓国国内での(日本の)私有財産は保護されるべきものである、終戦期にその資産が没収されていったことは違法であり、日本(政府と国民)はその財産に対する請求権を持っている、という感じでしょうか。大蔵省は、このような請求権があるうえに、韓国から日本に対する請求権についても厳密な根拠がないものは支払わない(査定官庁!)という方針を取ることで、日本から韓国に支払うべき補償は多くならないと主張ていたわけです。

こういう法律論が出てくる背景には、他の国(主に西欧諸国)における植民地の精算の経験があって、そういう旧宗主国は「合法的に」植民地で私有財産を蓄積してきたのだから、日本だって同じだろうという理屈があります。日本からみたら、アメリカなんかもそういう理屈には反対しにくいだろう、と。とはいえ、第二次大戦によって敗北した帝国主義植民地主義という面もあるわけで、連合軍によって「解放」された韓国の方は、植民地支配自体が不法だと考えて、そんな請求権を認めるわけにはいきません。むしろ日本の不法な植民地支配の清算を請求する立場を取ります。大蔵省の査定に対しても、そもそも支配や戦争の中で資料を用意することなんてできないんだから、と。

そういう対立の中で、日本政府の中でも外務省(アジア局)は冷戦構造を所与にして韓国の反共と早期の経済発展を望むアメリカと歩調をあわせつつ、合意できるラインを探して努力します。日本としても自由主義陣営の仲間として韓国と協調する必要があるし、韓国としても国内から批判があっても厳しい経済状況の中で復興・経済開発のための資金が必要になるわけで、法律論や植民地支配の清算とは別に合意の余地があるわけです。その日韓交渉の過程では、岸信介大平正芳といった政治家の役割が強調されることが多いわけですが、本書では上記の法律論から出発して、請求権の実質的な相互放棄+一定の対韓援助、そして最終的な経済協力方式へと交渉をまとめ上げたアジア局の役割を評価するものになっています。政治家も重要ではありますが、あくまで外務省と同じ方向を向いたときにそのリーダーシップが発揮されるという評価になっています。

詳細はお読みいただきたいところですが、こういった難しい交渉の過程を上手に再構成した本書は、現在の難航する日韓交渉にも貴重な含意があるように見えます。韓国が経済成長していったことで韓国側から妥協して合意する余地は薄れた上に、「落としどころ」を伝える仲介者としてのアメリカももはやいないように見えます。最近では徴用工問題など、実質的に放棄したはずの請求権に基づいて補償を求める動きもあって、これなどは日本側から見れば最終的な解決をしたはずの問題の「蒸し返し」にほかならないわけですが、それは両国の問題の始点を近代化以降に求めるか、終戦時点に求めるかという立場の違いによるものでもあります。そのような合意が簡単ではなく、日韓国交正常化の合意を可能にした条件の多くが失われているであろうことを考えると、その難しさは増すばかり、ということを本書は非常に上手に伝えているように思います。 

日韓国交正常化交渉の政治史

日韓国交正常化交渉の政治史

 

 その他にもいくつか書籍を頂いておりました。まず成蹊大学の高安健将先生からは『議院内閣制』をいただきました。ありがとうございます。ウェストミンスターモデルと呼ばれる議院内閣制の典型であるイギリスについて論じつつ、近年の権力分立的な方向性を評価するような議論、というかたちでお聞きしました。日本の方は埋め込まれていた権力分立的なところを残しつつ、ウェストミンスターモデルを志向したというようなところがあるように思いますが(なので無理も出てくる)、含意も含めて興味深い本だと思います。

議院内閣制―変貌する英国モデル (中公新書)

議院内閣制―変貌する英国モデル (中公新書)

 

やはり成蹊大学の今井貴子先生からは『政権交代の政治力学』をいただきました。ありがとうございます。博士論文をもとにしつつ、最近いらっしゃっていた在外研究の成果を活かしたものだと思います。ウェストミンスターモデルを考えるときに政権交代は欠かせない要素になりますが、日本ではまだそれが端緒についたばかりで、イギリスに学ぶところは非常に多いと思います。高安先生の本と合わせて勉強させていただきたいと思います。ていうか成蹊大は本当に各国政治の専門家がすごいですね!

政権交代の政治力学: イギリス労働党の軌跡 1994-2010

政権交代の政治力学: イギリス労働党の軌跡 1994-2010

 

東京大学の金井利之先生からは『行政学講義』をいただきました。ありがとうございます。「被治者」としての立場から統治を見るというかたちで行政を論じられているということです。在外研究から戻るとすぐにまた行政学の講義をすることになりますので、ぜひ勉強させていただきたいと思っております。 

行政学講義 (ちくま新書)

行政学講義 (ちくま新書)

 

大阪大学の上川龍之進先生からは『電力と政治』(上・下)をいただきました。ご一緒した『二つの政権交代』でも電力と政治について論じられていますし、東日本大震災研究で原発や電力の問題を扱われてきた成果だと思います。副題の「日本の原子力政策 全史」というのは本当に壮大ですが、非常に精緻に政策過程を追うことができる上川先生が二巻本で書かれているわけですから、まさにそのとおりのものとなっていると思います。読むのがとても楽しみな一冊(二冊)です。 

電力と政治 上: 日本の原子力政策 全史

電力と政治 上: 日本の原子力政策 全史

 
電力と政治 下: 日本の原子力政策 全史

電力と政治 下: 日本の原子力政策 全史

 

立命館大学の佐藤満先生からは『政策過程論』をいただきました。ありがとうございます。立命館の政策科学部関係のみなさんで書かれている教科書のようです。目次を見ると、理論と事例に分かれていて、理論の方は割とクラシックな感じはしますが、よく考えたらそういう理論をまとめてる公共政策の教科書ってあんまりなかったような気もします。また勉強させていただきたいと思います。

政策過程論―政策科学総論入門

政策過程論―政策科学総論入門

 

最後に微妙な宣伝ですが、一応共著というかたちで2章ほど協力したJapan's Population Implosionが出版されました。以前に出版された『人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃』の英訳ですが、前回と違って今回は共著者として名前が出ることもあり、日本語版よりも手が入っているような気がします(編集過程はいろいろ大変でしたが…)。都市計画と地方財政制度や選挙制度の話を扱っているもので、時期的には最近やってる研究の初期の議論をまとめたもの、という感じでしょうか。 

Japan’s Population Implosion: The 50 Million Shock

Japan’s Population Implosion: The 50 Million Shock

 
人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃──人口問題民間臨調 調査・報告書

人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃──人口問題民間臨調 調査・報告書