琉球大学の柳至先生に『不利益分配の政治学-地方自治体における政策廃止』を頂きました。どうもありがとうございます。本書では,地方自治体における政策廃止がどのようなメカニズムで決定されているかについて検討したもので,土地開発公社・自治体病院・ダム事業の廃止についての実証研究が行われています。注目すべきなのは,このような事業の廃止について事例研究によって原因を検討しているだけでなく,都道府県の担当部局などにアンケート調査をかけてデータを取得するようなことを通じて,通常の計量分析とは異なる質的比較分析を行っているところです。最近は,わかりやすい教科書が出版されていることもあって*1,質的比較分析という手法について知られるところも増えてきたと思いますが,このようにまとまった書籍として出版されるのは,おそらく日本の政治学・行政学では初めてではないかと思います*2。
そのような方法を使った本書では,政策過程について「前決定過程」と「決定過程」に分けたうえで,それぞれの過程においてどのような要因が必要条件あるいは十分条件になるのか,ということを検討しています。まず前決定過程,つまりどのようなテーマが議論の俎上に上がるかということを決めるのは,地方自治体をめぐる政治状況(知事の交代や知事-議会関係)や政策の性質(誰に支持されているか)ということが重要になるということが示されていきます。この中で,たとえば知事の交代のような要因が事業の廃止を進めるきっかけとして重要であることがわかるだけでなく,自治体病院のように廃止への支持を調達しにくい政策があることもわかります。
ダム事業の廃止についての研究もしている私自身の研究(『地方政府の民主主義』)も含めて先行研究では,このような前決定状況についての変数を用意して分析していることになります。本書がそれ以上に踏み込んでいるのは,「決定過程」についての検討を行っているところです。議論がなされる条件(→なされれば廃止の可能性も上がる!)を示すだけではなく,議題として上がったもののうちどのようなものが廃止につながっているか,ということです。本書で挙げられている要因,とりわけ十分条件として挙げられているのは,「政策の存在理由」です。地方自治体では意思決定を行う時に何らかの公益に沿った決定であるという主張をしなくてはいけないので――本書では非公式の制度として扱われています――政策の存在理由をきちんと提示できなかったものが廃止されると。
これは当たり前のように見えますが,なかなか興味深い議論です。一方で,この裏側には,「存在理由がないのに存続している」膨大な政策・事業が存在することを意味しています。それらが残る中で,存在理由とは切り離されたかたちで政治状況によって廃止が議題に上がり,存在理由があれば存続するということになるわけです。他方で,理由があるものを残す,というのは当然のようにも聞こえますが,これは理由が提示されているのに廃止するということが難しいということでもあります。ポピュリスト的な首長がやみくもに意思決定することができるわけではなく,最後は理性的な議論がアンカーになっている,ということは,日本の地方政治がなんだかんだ言いながら大崩れせずに続いて来ている理由を示すもの,と考えることができるのかもしれません。
このように,政策の廃止というまさに現代問題となりがちなテーマについて,新しい方法を使いながら丁寧に検証された本になっていると思います。質的比較分析は,最近興隆しつつも方法論的な批判がなされているところもありますが,必要条件と十分条件を探る本書のような問題意識とうまくマッチすれば使えるところもあるように思います。そういう研究ができるんだ,ということを示す点でも本書はとても興味深いものになっているのではないかと。
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