『社会科学と因果分析』メモ

佐藤俊樹先生の『社会科学と因果分析』を読んだ。ところどころ昔を思いつつクスっとしてしまうところがあったが,概念の歴史をたどるところとか慣れてなくて難しかったので,全体的にはクスっとするどころではなかった…。因果推論の話を知っていれば5章はわかりやすいので,4章くらいまで一回ざっと読んで読み直すのが吉のような気がする。自分がそうしただけだけど。

本書で佐藤先生が主張されているように,(1)社会に関わる因果のしくみを解明し,(2)それを他人に伝える営みが社会科学であるというのは(これだけ書くと当たり前のように見えるけど)本当にその通りだと思う。形式が保たれていないと理解できないし,伝わらなければ意味がない。そして社会科学をそのようなものとして捉えたとき,量と質の差というのは本質的なものではなく,いずれについても適合的/確率的に因果関係を議論することができる。質的な事例研究であっても,前提となる法則論的知識を手掛かりに因果的な議論を行うことができるし,また前提となる法則論的知識を磨くためにも非常に重要だと。

完全に同意だし,(少なくとも)個人的には事例研究などもそうやって議論しているつもりなので,違和感がない。ただ二つほど自分自身気になっているのでメモ。まずは少数事例から因果関係を議論していくために必要な法則論的知識をどうとらえるか。何が法則論的知識なのかというのは言うまでもなくそれぞれの研究の文脈から決まるんだと思うけど,ウェーバーの時代はともかく,現在のように専門分化が進んだ(本書の言葉で言えば「閉じた」)世界で法則論的知識を共有するというのはどのくらい現実的なんだろうかと。それこそウェーバーの議論自体,佐藤先生が論じるように,なんかちょっとずれた形で閉じて共有されてきたわけだし。まあそこは「開いて」いこうというマニフェストなんだろうという気はするけど,しかしそもそもそれが開くのが難しいことが,本書で批判する量/質あるいは因果/意味みたいな対立になってる気がする。これはまああんま本書に内在的な話でもないけど*1

本書の話での疑問は,「法則科学どこいっちゃったの?」と感じた。もともと法則科学/文化科学という対立について議論されていて,たまに「必然的」みたいな語句が出てくるんだけど(214-215頁),社会科学が追うべき因果関係がウェーバーのいう確率を考えた適合的因果だっていうことに収れんし始めてからは法則科学の位置づけがよくわからなくなった。一応索引使って「法則科学」を追ってはみたものの,僕の能力では最終的にどういう位置づけが与えられたのかはいまいちわからない。結局確率的なものを考えるんだから法則科学/文化科学を分けること自体意味ないことであるという理解だとすればわからんではないんだけど(そうは言ってないと思う),「質」を強調する研究に対する議論としては,一回の個別的因果,「文化科学」的な理解を問題にするだけじゃなくて法則科学的なスタンスを取る研究も考えないといけないんじゃないかと。

というのは,(一事例研究ではない)ラディカルな質的研究者って非常に決定論的な理解をする(していた)ところがあるわけで,あれはあれで法則定立を考えているように思う。QCAにしても,ファジーセットみたいな話は微妙な重回帰だと批判されるのはその通りかなと思うけど,ハードボイルドに二値のクリスプセットでやれば,まあ全域的な因果関係みたいなのは議論できないとしても,局所的に法則が成り立ってますみたいな言明はやろうと思えばできて,そっちの側からの批判もあるんじゃないかなあ,と。と書きながら思ったけど,実際ファジーセットとかに流れるようになっているのは,もはやそういうプロジェクトがきつくて成り立たないのを受けているのかもしれない。よく知らないけど自然科学の方でも「必然的」な法則というのは成り立たないという理解が一般的になっているのかもしれない*2。で,結局法則科学/文化科学を分けることに意味がないからその辺の話も要らない,ってことになっているのかもしれないけど,個人的には気になったところ。

 

社会科学のパラダイム論争: 2つの文化の物語

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Analytic Narratives (Princeton Paperbacks)

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*1:法則論的知識については,それを持ち出しつつ興味がある変数と結果の関係を議論することが(結果がわかってるので)循環論的になりやすいというAnalytic narrativeに対する批判と同じような批判がありうると思ったけど,こちらについては本の中でも議論されていたと思う。最終的に理解/同意できてるかは検討中

*2:けどこれはどうなんだろう。化学反応とか「必ず」起きるものもありそうな気はするけど。