自治体/政策研究

年度末になると出版助成の締め切りということもあって単著を頂くことが増える傾向にあるのですが,今年も色々といただいております。コロナウイルスでさまざまな会議がキャンセルとなり,子どもが家にいる中での「在宅勤務」をしていて,子どもの勉強を見ながらすることとしては頂いた本を読む,ということがありますので(なかなか集中できませんが)ある意味で少しはかどってるような気もします。

まず学習院大学の伊藤修一郎先生から,『政策実施の組織とガバナンス』を頂きました。どうもありがとうございます。本書では,地方自治体による「屋外広告規制」,つまり商店が広告のために出している構築物とかビラとかについて規制するという,通常はあまり目立たないような政策分野について扱うものです。規制というと,政府や自治体が命令してここでいう商店などの被規制者がそれに従うという関係が単純に想定されそうですが,対象となっている屋外広告規制の周囲には,議員が選挙のために出すポスターとかの「表現の自由」と絡んだり,強制的な手段を嫌う政府と機会主義的な被規制者との戦略的な関係があるとか,非常に複雑な,興味深い環境が作られています。そういう環境のもとで,自治体による規制が行われてながらも同時に多くの違反が存在するという状況が生まれているのです。

このような屋外広告規制について,本書は政府による規制とその実施にかかわる様々な先行研究とそれに基づく理論,そしてその検証にアンケートやインタビューなど様々な手法を駆使して「法令違反を行政はなぜ取り締まらないのか」「どのような条件が整ったら違反対応を実行できるのか」という問いに迫る非常に説得的な研究だと思います。僕なんかは,いつもどっちかというとざっくりとした証拠をもって検証したと書いてしまうことも少なくないと反省しきりなのですが,本書では屋外広告規制という一つのテーマを多面的に丁寧に検証されていて,その積み重ねが説得力を与えていると感じます。個々の議論についてもなるほどと思うところが多く,とりわけなぜ行政が法令違反を取り締まらないのか,という問いについて,過少人員で定型業務に傾斜しがちな大部屋主義による実施という問題があるという主張は,まさにその通りというように感じます。さらに本書の特徴として挙げられるのは,そのような理論的・実証的なインパクトを持ちつつも,前著『政策リサーチ入門』で議論されているような政策の妥当性の検証というものを意識しているところで,その意味で非常に教育的な著作であるとも思いました。

政策リサーチ入門―仮説検証による問題解決の技法
 

常葉大学の林昌宏先生からは,『地方分権化と不確実性』を頂きました。ありがとうございます。林さんは,もう10年前に大阪市大で初めて大学院ゼミを持った時に博士の院生ながら参加してくれたり,その後も震災プロジェクトでご一緒したりなどもうだいぶ長いお付き合いになります。博論を書いてからずっと出版をどうしようかと悩んでましたが,このたび吉田さんと会っていいかたちで出版されたということで,個人的にもなんとなく感慨深いです。当時から議論されていたことですが,中央・地方のいろいろな主体が多元的なかたちで意思決定を行うために,帰結が極めて不確定的になるという議論が様々な歴史的な資料に基づいて重層的に描かれていると思います。個人的にも,西宮の話とか改めて読んで地元民としても勉強になりました。

本書で面白いのは,「大規模化」と表現されていますが,自治体が管理する港湾がその「身の丈」と比べて大規模になっていくプロセスを描くところでしょう。ここでいう「大規模化」は,グローバルで見たら規模は小さいのに局地的には過度に大きなものが作られていて供給過剰になりがちという話で,その原因として考えられるのは港湾に関わる多元的な意思決定主体の存在ということなのだと思います。具体的には大阪市や神戸市のような有力な都市であり,それと対抗関係にある府県であり,さらにはグローバルを見据える国であると。他方もう一つポイントとしてありうるのは,どの港湾が局地的にであっても大規模化されるのかについてはやはり国や都道府県といった広域主体の影響が大きかったのではないかと。これは僕が(林さんとも一緒に書いてる)『縮小都市の政治学』で議論したことでもありますが,函館や下関のようにそもそも大規模化できなかったところもあるわけですよね。その辺の選別がどのようにして働きえたのか,ということがわかるとさらにいろいろな含意があったように思いました。阪神・西宮のあたりはそういう話でもあるように思いますし。 

地方分権化と不確実性――多重行政化した港湾整備事業
 
縮小都市の政治学

縮小都市の政治学

  • 発売日: 2016/01/29
  • メディア: 単行本
 

もうひとつ,関西学院大学の宗前清貞先生から『日本医療の近代史』を頂きました。ありがとうございます。ギリシャや江戸での医療の歴史から語り起して現代の日本医療が完成する時期までのありようを描くというのはまさに「近代史」を意識されているんだろうと感じました。面白いなあと思ったのはその視点で,僕なんかが医療のことを考えるときは基本的に保険者目線で物事を考えがちなのですが,宗前先生の本では,医師というより医師を含めた「医療者」みたいなところから観察しているように思いました。だからだと思うのですが,研究対象の外延も必ずしも一般的に考えられるような「医療」とは違っていて,読みながらなんどかこれは医療というより公衆衛生の本なんじゃないの?と思ったときがありました。
あんまり考えたことなかったのですが,その境界というか関係ってやはり重要で,いまのコロナ禍が典型的にそうですが,医療と公衆衛生は基本的に補完的な関係にあるかもしれないとしてもトレードオフみたいになることがありうるんじゃないかという気がします。試しに言い変えてみると,不確実性に対応する医療とリスクを考える公衆衛生というか,患者を平均的に扱う公衆衛生に対してより個別性を強調する医療というか。本書を読んでいると,公衆衛生という観念がない中で呪術の要素を持っていた医療,という関係から科学化とともに次第に公衆衛生の方が強くなっていき,最終的にはそれが保険というものを通じて統合されていくというストーリーにも見えます(いや全然こういう問いとは違うんですけど)。そうやって国民総保険が成立した後も,日本でいえば中医協の中で見られるような医療/公衆衛生の潜在的な対立は続くわけですが,その中で医療の方が最後に前景化したのが保険医総辞退という事象だったのかなあ,というように感じました。…というのはちょっと特殊な読み方のような気がしますが,射程がすごく長いこともあっていろんな読み方を許容する本のように思います。