野党の戦略

10月31日に行われた総選挙では,まあ事前の予想にされたように――というか政党支持率を反映して――自民党単独過半数を超えて,野党には厳しい結果になりました。野党のほうには直前には菅総理の不人気があって,これなら勝てるのではないか,という期待があっただけに,立て直しがなかなか大変なところかと思います。30日には立憲民主党の代表選挙も行われるわけですが,新代表が次にどういう戦略を描こうとするのか,というのは立憲民主党だけではなく,日本政治にとっても重要な話かと。

そういった野党の戦略・野党のあり方について考える好著を頂いておりました。まず慶應義塾大学の清水唯一朗先生の『原敬』です。原敬といえば政友会を率いて日本における政党政治の基礎を作った政治家ですから,基本的には(現在の自民党につながる)政権に近い政治家というイメージを持っておりました。同時代的にも合理的な志向を持った切れ者,悪く言えば政治的マヌーバリングに長けた政治家,というように見られていたと思いますが,本書で描く原敬は,少ないチャンスに挑み,その失敗を含めた苦労と挫折を重ねながら政党政治のダイナミズムを生み出していく「野党」味のある政治家のような印象を受けます。特に藩閥政治のボスである山縣有朋と対立しながらも,政友会の総裁として政権への地歩を固めていく第5章を非常に面白く読みました。そこでは原が,アウトサイダーである政党を率いながら,「是々非々」で政友会への信頼を高め,自らへの求心力も高めていきます*1。このような原の歩みは,現代の野党にとっても考えさせられるところがあるのではないかと。ただもちろん,原だけではなくて,元老世代ながら「元老後」の次世代を見据えた行動をとろうとする西園寺公望,そして原と並ぶかたちで憲政会を率いる加藤高明,というアクターも必要になるわけで,そのあたりが現代日本では難しいところなのかもしれませんが。このあたりは,村井良太先生の『政党内閣制の成立』を思い出すところでもありました。

もうひとつ,善教将大先生から『大阪の選択』を頂いております。ありがとうございました。こちらは出版前にコメント依頼という形で読ませて頂いて,実はそれから1年弱くらい経っているのですが,そこからぐっと完成度を上げてこられてすごいと思います(自分はだいたいコメントの部分を修正するとそこで力尽きるのですが(苦笑))。前著『維新支持の分析』がとても好評だったことを踏まえて,二回目の住民投票を中心に分析した内容を,有斐閣から一般書とし出版したものです。近年の因果推論の手法の発展を踏まえたもので,必ずしも説明が簡単ではないようなところも丁寧に整理され,データもうまく可視化されているために,一般書として広く読まれるものになっています。「維新はどういう人たちに支持されているのか」を踏まえて「なぜ二回目の住民投票で否決となったのか」を探っていくストーリーが明確に示されていて,それを因果推論の手法で具体的に肉付けしていくようなかたちになっているので,手法を実際に活かすお手本/モデルのようなものとして読めるとも思います。そのストーリーの主要部分を書くのはネタバレのような気もしますが,要するに維新は少数のコアな支持者の支持に支えられている政党というよりは,多数のときに移り気な支持者によって支持される傾向が強いこと,そして賛否が拮抗し情報の洪水になっているような二回目の住民投票の中で,数少ないキュー(手がかり)が有権者を動かすことで優位に見えた賛成側が敗れたこと,が論証されていきます。

今回の衆院選議席を伸ばし,再度注目されることになった維新ですが,その支持層とはどのようなものかを考えるためにも必読の研究と言えるのではないでしょうか。あと宣伝ですが,『中央公論』の2022年1月号では,善教さんと私で,総選挙における維新をはじめとした野党についての対談をしてます。

 

*1:なお「是々非々主義」という言葉は,原が軍閥藩閥とみられた寺内内閣とそれを攻撃しようという犬養率いる国民党の間で,形式にとらわれずにまずは中立路線をとって,是は是,非は非として公平無私の態度で臨むと表明したところから生まれているそうです。

それでも選挙に行く理由

慶應義塾大学の粕谷祐子先生に,『それでも選挙に行く理由』を頂いておりました。ありがとうございます。投票日に紹介するにふさわしい本のように思います。本書はプシェヴォスキという碩学が,自らのものをはじめとしたさまざまな研究の成果から,選挙を行うという営みによって何が期待できるのかを議論していくものです。決して目覚ましいものばかりではなく,見方によっては論争的であるわけですが,一定の成果と呼べるものが何かをわかりやすく説明していくものだと思います。プシェヴォスキは基本的には実証研究の人だと思いますが,こういうかたちで,政治についての実証研究を丁寧に整理し,それを事実として理論的に展開していくのはとても重要なことだし,日本でもいくつか行われるようになっていると思います。従来の演繹的な理論研究とはやや異なるように思いますが,このあたりは論文と違う「本」の一つのあり方なのかもしれません。

以下の最後の部分の引用が典型かな,と思いましたが,選挙というのは一回ごとのもので考えるべきものというよりも,長く続く(続かせる)民主主義の中のプロセスとして考えるべきもの,という含意が示されているのだと思います。

選挙とは,ある社会における個人や集団という「政治勢力」が,ときには互いに対立する利害や価値観を推進するために争う方法である。選挙とは,良い政府,合理性,正義,発展,平等など,私たちが望むものを何でも与えてくれるメカニズムではなく,異なる選好を持つ人々が何らかのルールに従って争いを処理する場所にすぎない。したがって,選挙が生み出すものは,これらの行為主体が何をするかに依存する。しかし,今回の敗者が将来的に勝ち組になるチャンスがある限り,選挙が「競合的」,「自由」,もしくは「公正」である限り,敗者は自分の番が巡ってくるのをまつことができる。平和裏に紛争を処理するのに合意は必要ない。「団結は力なり」というスローガンは感動的かもしれないが,選挙ではたとえ分裂していても力を発揮できる。ノルベルト・ボッビオの言葉を借りれば,「民主主義とは,流血なしに紛争を解決する…一連のルール以外の何物でもない」。これが,選挙の本質である。(167)

ちなみに,「競合的」なのか,って話もあると思いますが,この点については以下の部分が印象的でした。

現職が勝利する可能性と負ける可能性が同程度の場合に選挙が競合的であると私たちが考えているのならば,そのような選挙はほとんどないことを知る必要がある。だが,たとえ勝てる確率は不公平であっても,選挙の結果が不確実である限り,あるいは,競合する政党がサプライズの可能性を残している限りにおいて,選挙は競合的である。(96-97)

 

テキストブック地方自治

9月は上旬が割と時間あるのかなあ,というところから始まった割には,途中から政治学会の事務局仕事と後期授業のための教務委員長仕事に忙殺されて何もできなくなるという…なんというか確かにずーっとメール書いてるような日もあるわけですが,それにすべて時間が取られるというより,アテンションが取られるというのが結構きついんですよね。何かあったらどうしよう,というのを細かく考えてくとキリがないわけで。

というわけで宣伝を忘れてたのですが,9月には『テキストブック地方自治[第3版]』が出版されておりました。15年くらい前に初版が出た定評ある教科書ですが,私が参加するのは初めてです。というか執筆者も内容も第2版からもほんとにガラっと変わってきて,ホントにこれを3版といっていいものやら。私は圏域・自治体間連携という章を担当しています。依頼を受けたときはこのテーマで章立てしてる教科書はあんまなかったような気がするのですが,最近だと野田遊先生の教科書をはじめ,以前ご紹介した新しい教科書は結構同じテーマの章があります。

内容は,昨年度『選挙研究』の論文を書いたときに割と集中的にリサーチした成果をまとめたようなもんですが,連携の包括性と合意の拘束性という二つの軸で,非公式の情報交換みたいな連携から完全に組織も統合する合併までをまとめて「連携」として説明するものになってます。それでどちらかといえば合併に偏ったものになってきた日本の連携について説明し,なかなか更なる合併が難しい現在の状況で,圏域や大都市地域みたいな問題をどう考えるか,というような構成にしてます。

自治体の内部組織や人事などはもちろん,情報化とか公民関係,危機管理といった新しい分野でも,まさにその分野を引っ張っている人たちが書いてる面白い教科書だと思いますのでよろしければご覧ください。なお,付論を書いておられる村松岐夫先生(第1版・第2版の編者でもあります)による長めのコラムが読めます。

 

日本政治史/政治学史

日々の業務に追われてなかなか頂いた本を紹介しきれていないのですが,最近も非常に興味深い本がさまざま出版されています。ちょっと前ですが,駒澤大学の村井良太先生からは『市川房枝-後退を阻止して前進』を頂いておりました。ありがとうございます。市川房枝というと,もちろん平塚らいてうなどと並んで戦前から戦後にかけての女性運動の中心的な人物と知られているわけですが,彼女が戦前女性運動に従事していくところから,戦前の政党政治の中で女性選挙権の獲得を目指す運動を展開し,公職追放を挟んで戦後の議会政治家として活躍する軌跡が描かれています。

本書では彼女が政党を中心とした民主政治を深く信頼してその実現を目指すとともに,個人としては政党に所属せずにあくまでも好ましい政党を選ぶ・育てるという姿勢を貫くところが印象的です。そういう姿勢は,ある政党に属しながら政党政治の発展を目指すような姿勢と比べて,わかりにくいところもあるわけですが,民主政治の実現というメタな目的を掲げていることに加えて,婦人参政権を中心とした女性の地位向上を目指すときに,はじめから一党一派に偏らず*1,望ましい政策を提示する政党を選ぶということで政権党を含む全ての政党にプレッシャーを与えていくという戦略だったと理解されます。女性の権利に限らず,権利獲得を目指す運動はしばしば先鋭化しがちなわけですが(そして本書でもそういった路線対立が出てくるわけですが),「どの政党を支持するか」を空白にしておくことで政党間競争を促すということも重要な戦略なものです。そういう観点からも興味深く読むことができる本だと思います。 

 五百籏頭真先生と井上正也先生から『評伝 福田赳夫』をいただきました。ありがとうございます。関連資料や関係者へのインタビューに加えて,ご本人の「福田メモ」を用いて構成された大著で,福田赳夫幼年時代から晩年までの事績が非常に詳細に記されています。個人的に一番興味深いと感じたのは(たまたま関連の仕事をしてたから,という気もしますが…)8章の1965年不況に対応して戦後初の公債として赤字公債を発行するということでした。大蔵省を中心とした均衡財政主義を捨てて公債政策を導入する,というわけですが,財源不足を簡単に建設公債で埋めるのではなく*2,敢えて特別立法を制定して赤字公債を発行するわけです。あくまでも税収の落ち込みに対してその不足分を赤字公債として賄い,それを好況時に数年かけて返していく(9章)という話になります。それを実現するためには政治の側の歯止めが必要で,福田はその歯止めになったという自認があるわけです。その後は皮肉なことに,福田が「経済総理」をやっていた三木政権とその後の福田政権を皮切りに,赤字公債がすごい勢いで増えていくわけですが。 

 御厨貴先生・牧原出先生からは『日本政治史講義-通史と対話』を頂きました。ありがとうございます。放送大学の『日本政治史』で用いられた印刷教材をもとにして,両先生の「対話篇」で行われる放送大学の放送教材を書き起こしたもののを加えるユニークな教科書です。もともと映像を使っている放送教材ですが,言葉で書き起こしたものでも十分に雰囲気が伝わる非常に面白い試みだと思いました。僕も放送大学で講義をしているのですが(公共政策),教科書=印刷教材を書いたうえで授業をしようとしても,まあ基本的に印刷教材に書いてることを説明する感じになるんですよねえ。この本のように,印刷教材で扱いきれない部分を授業で説明するというのは理想的な話です。だいたい美味しいところは教材の方に書いてしまってるわけで…そこを「対話」を使って成立させるのは本当に面白いと思いました。また,御厨先生には,『日本政治 コロナ敗戦の研究』もいただいておりました。こちらは日本経済新聞の芹川さんとの「対話」を通じて,今回の新型コロナウイルス感染症への対応の困難について論じておられるものになっています。 

帝京大学の渡邉公太先生から,『大正史講義【政治篇】』を頂きました。ありがとうございます。 多くの先生方による分厚い新書で,これまでの昭和史講義(全7巻!)と明治史講義と並ぶちくま新書のシリーズです。本書については,前半は伝統的な政治史で,後半はどちらかというと社会史・社会運動史に近いような感じでしょうか。渡邉先生はいずれも後半の,「排日移民法抗議行動」と「破綻する幣原外交ー第二次南京事件前後」について書かれています。なかなか「大正史」というかたちで捉える機会はないのですが,勉強させていただきたいと思います。 

 関西学院の宗前清貞先生からは,『日本政治研究事始め-大嶽秀夫オーラル・ヒストリー』を頂きました。10回にわたるインタビューをまとめられたもので,本書では大嶽先生が「東大法学部」はじめ割と好き嫌いの話をされているので,本編ではもっとすごいのかなあという想像をたくましくしたところがあります。僕自身は大嶽先生と面識もなく,それほど熱心な読者というわけではないのですが,それでも読んだことがあるものと,いろんな方から聞く話が交差していて面白かったです。やはりいろんな人の影響を与えた/影響を受けたっていう話が多くて,なるほど「権力」について研究されてきた大嶽先生の見方なのだなあ,という印象を受けました。

大嶽先生が研究者としていろんなことに挑戦し,国際的なネットワークを作ろうとしていたということは,今から見ても純粋に見習うべきだと思います。もしシカゴ大学で学んでいたピーターソンの勧めに従って,大嶽先生が英語の論文を国際雑誌に投稿されていて,それが掲載されていたら,その後の日本政治研究はどうなっていたんだろう,という気もします(あと,個人的にはせっかくなんで宗前先生の解題も読んでみたかった,というところもありました)。

 最後に,本じゃなくて抜き刷りなんですが,立命館大学の加藤雅俊先生から,「個人史としての現代:政治・都市・地方自治研究を語る」という加茂利男先生のオーラル・ヒストリーをまとめたものを頂きました。ありがとうございます。加茂先生は,政治学の分野における都市政治研究を長く続けてこられて,私個人も非常に影響を受けた方なので非常に興味深く読ませていただきました。『大阪』を書いたときも,その後続けている(今まとめている)都市研究についても,どうやってまとめていこうかなあと考えているときに加茂先生が昔やられたお仕事がヒントになって展開しているところがあります。体調を崩されて研究から離れられているということですが,感染症が落ち着けばまた研究のお話をしたいところです。

 

 

*1:婦人参政権運動はしばしば労働運動と結びついて左派政党のイシューになる傾向がある,という背景があります。

*2:建設公債原則のもとで,公共事業費の方が多ければその枠内で建設公債を発行できる,と。

中公新書2021年7月

2021年7月の中公新書,4冊出版のうち3冊がたまたま同い年(1978年)の政治学者によるものになってました。いずれもいただきまして,どうもありがとうございます。

北海学園大学の山本健太郎先生が書かれたのは『政界再編-離合集散の30年から何を学ぶか』です。副題の通りで政治改革と絡みあいながら発生した「政界再編」の30年について丁寧に記述・整理したものです。前著で行った政党間移動についての研究を踏まえて,その後の二度の政権交代を含めて分析し,将来の展望――主に野党の――が示されていきます。一応知っているはずのことが多いわけですが,改めてこういうかたちで読ませてもらいますと,自分自身も順番や流れをずいぶん混乱して記憶しているなあと思います。出てくるメンツが微妙に変わりつつ,こうやって30年経つことになったんだ,というのは,何と言いますか僕なんかでも微妙に感慨があるところです。

個人的に一番興味深く読んだのは「第三極」の扱いです。本書の中では,2005/2009年と2012年でその後の野党が一定の凝集性を維持できたかどうかの違いを説明する要因のひとつに第三極を持ってくるのはなるほどそうだなあ,と思いました。まあ第二党の凝集性が低くなってるから第三極が出てくる,という内生性もあるわけですが,第三極として参入する閾が低すぎることが野党にとって分裂・不利を招くというのは説得的な議論だと思います。

このような感じでの30年にわたる通史というと北岡先生の『自民党』を思い出すわけですが,あれは基本的に派閥間の抗争と離合集散を書いたものですが,この30年となると派閥がほとんど出てこなくて政党間の離合集散が中心になるというのは大きな変化だと思います。他方で,政治改革・安保・消費税というのはあんまり変わらないテーマでもあって,そちらの方の変化がどうなるんだろうか,と思うところはあります。そうこう言ってるうちにわれわれも40代半ばに差し掛かりつつありますが…。 

 千々和泰明先生からは,『戦争はいかに終結したか』を頂きました。本書では,戦争の根本的な原因を解決するということと,戦争を継続することによって生じる現在の犠牲のジレンマという観点から,第一次世界大戦以降の戦争終結について論じるものです。初めの方は全面戦争・総力戦について扱っているのですが,特に勝ちそうな国の方でこのジレンマの存在は特にビビッドになるのだという印象を受けました。負けそうな側から言えば,とにかくファイティングポーズをとって現在の犠牲を大きくさせる(=根本的な解決を防ぐ)ということが重要になりそうですが,そうすると今度は人々の不満が大きくなって体制転換されるリスクが大きくなる,といったような別のジレンマも出てくるのかもしれません。

後半は朝鮮戦争以降の局地的な紛争が扱われていますが,いずれもアメリカがらみの話ということもあって,観衆費用の話を思い出しました。単純に言えばやるからには戦果を挙げないといけないし,そのための犠牲が大きすぎてもいけない,という感じだと思いますが,そこに解決しないといけない根本的な原因の存在というのをうまく組み込めると面白いのかな,と(素人考えですが)。それはともかくここでも扱われているアフガニスタン情勢がまさに米軍の撤退によって急変しているわけで,それが何を示すのかを考える上で本書の議論はとても示唆的だと思います。

千々和先生は同じタイミングで『安全保障と防衛力の戦後史1971-2010』というご著書も出版されていて,こちらは日本における「基盤的防衛力構想」とその変化について触れたものになっています(必ずしも同じ内容じゃないのに同時期の校正っていうのはホントに大変だったと思いますが…)。こちらはアメリカのような根本的解決と現在の犠牲のジレンマを主体的に考える超大国でもない日本が何をどのように守ろうとするのか,ということを考えるところで新書の議論ともつながってくるのかと思いました。こちらのご著書では基本的に同盟政策みたいな議論と距離を取りながら防衛政策の話を論じておられるように思いますが,個人的な感想としては,この構想と日本の(特殊な?)個別的自衛権の考え方みたいなもののリンクがあるような気がして興味深かったです。

佐橋亮先生は『米中対立』を書かれています。本書では,アメリカが中国に対して政治改革・市場化・国際社会への貢献,という三つの期待を持って関与し,「育てて」きたこと,そしてそれが失われていく中で,国内アクターが絡み合いながら関与の見直しが行われていく,ということを叙述しています。「三つの期待」とその喪失についての検証もさることながら,ナマモノの今後の戦略についても含意を出さないといけないというのは本当に難しい話だったかと思います。本当に情報量が多いのですが,あとがきによれば2020年の夏に企画を持ち込んで書かれたというの読んでさらに驚きました。

アメリカの観点からみた中国という感じで,個々の論点が誰のどういう主張と結びついているのかということが丁寧に説明されていて,専門外ではありますが,興味深く読むことができました。各章(5章以外?)の最後に台湾への言及をされていて,以前に単著を書かれているように,もちろんご専門でということもあるとは思いますが,米中関係を考えるときの台湾の戦略的重要性と,その難しい立ち位置を示しているということかと思います。緊張状態にあるというだけではなく,アメリカにとって台湾が「期待をかなえた中国」みたいになっているところも難しさの一因なのかなあ,と思いました。

基本的にはアメリカからの視点で書かれているわけでが,個人的には中国の少子化というのがどのくらい効いているんだろうか,とも思いました。中国がこの勢いでアメリカをサクッと越えていくならわざわざ緊張状態を作る必要もないような気がしますが,敢えていま周辺国にちょっかいを出したりするのは近い将来少子化による困難がある/アメリカのように移民が来るわけではなくて現状で送り出し国である,というところがあるのかな,と。まあ中国のほうは権威主義体制で,何を考えているのか議論するのはなかなか難しいところですが…。

 ついでにもう一冊,『中先代の乱』も面白かったです(同一月に出版されたタイトルを全部揃えたのは自分が『大阪』書いた時以来かもw)。『逃げ上手の若君』とセットで子どもに読ませることを画策していて,今読んでるんですが読み切れるかどうか…自分自身『若君』も面白がって読んでおりますので,こちらもとても興味深く読みました。まあ「あとがき」から予想されるほどには北条時行の活躍は出てこなかったような気がしますが,マンガ読んでいる人たちの想像の空白を埋めるような内容にもなっているんだろうな,と。 

 

 

教科書/入門書

同僚の興津先生と東京大学の宍戸先生から『法学入門』を頂きました。ありがとうございます。ずっと入門しようと思いつつ20年くらい入門してないのですが,この本は基本的なところから新しい展開まで幅広く扱われていてとても興味深く読みました。自分が学生の時にこういう本から読んでたらもう少し違ったかもしれない,と思うところも…*1。特に好みのところは,法学の説明するときに裁判/手続法から始めて,民法,刑法,憲法と続いていくところです。たぶん高校なんかでは憲法から始めるようなノリが強いと思うんですが,こっちの方がわかりやすいんじゃないかと。実は数年前にある高校の教科書を書く企画に参加して,結果的にボツになったんですが,同じように民法・商法的な話から始めて,公法,憲法は最後,というような展開で書いておりました。法律というと立法の法が大事,という感覚が強い気がするんですが,私的自治を中心にする方が受け入れられやすいと思うんですよね。素人考えですが。

明治大学の牛山先生に『自治・分権と地域行政』をいただきました。自治体の連携や再編,広報・広聴やコミュニティなどについて従来の教科書よりもかなり厚めに書かれているように感じました。前に紹介した野田遊先生の教科書もそうですが,地方自治関係の教科書の内容が刷新されつつある時期なのかもしれません。自分自身も最近そのあたりに関心を持ち研究をしているところがあるのでいろいろ比べながら読むと勉強になるように思います。 

 大阪国際大学の湯浅孝康先生と青森中央学院大学の山谷清秀先生から『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』を頂きました。ありがとうございます。新型コロナウイルス感染症の拡大の中で改めて注目されたエッセンシャル・ワーカー,地方自治体の現場では現業職員ということになりますが,この職員の皆さんに注目した書籍です。具体的には看護師,保健師男女共同参画センター相談員,清掃職員,給食調理員,保育士といった仕事についての現状の検討と分析が行われています。やはり地方自治に関わる多くの読者を想定した教科書に近いような本だと思いますが,従来十分に扱われてこなかったものの非常に重要なテーマであり,新しい研究へのヒントが多く含まれているように思います。

 著者が重なるところがありますが,山谷清志先生から『これからの公共政策学2 政策と行政』を頂いておりました。ありがとうございます。こちらは行政責任・統制・評価といったところに焦点を置いて書かれている教科書です。日本の行政の現場を意識しながら「行政の責任」を考えようとしているところに特徴があるのではないかと思います。個人的には(指導している大学院生のテーマでもあって)汚職についてまとめられた章があったのが良かったです(湯浅先生)。汚職って非常に重要なテーマなのに,どちらかといえばジャーナリスティックな扱いを受けていて,日本の行政学ではあまりシステマティックに触れられていないと思うんですよね。日本での行政責任との関係で汚職について扱われる新しい取り組みだと思いました。

 東京都立大学の大杉覚先生から『コミュニティ自治の未来図』を頂きました。ありがとうございます。コミュニティを軸に担い手不足や情報など新しい問題を扱った地方自治論で,しかもおそらく従来避けがちだったコミュニティの財政責任について言及されているのを興味深く読ませていただきました。本書で触れられているマルチスケール/リスケーリングというテーマは個人的にも関心をもって研究を進めているところなので勉強になります。このように並べてみると,最近出ている地方自治関係の教科書は,制度よりも住民との接点に力点を置いたものが多いように感じられるところです。地方自治に対する見方も変わっているということかもしれません。

 

*1:でも今ちょっと調べたら自分が20年前に無理とほおり投げてしまった『法学入門』が非常に情熱的で優れた入門書であるという評価があるみたいなので,単におっさん年食った人間の評価なのかもしれません。すみません。

比較政治

昨秋のオンライン講義の用意のために大幅に予定が遅れてご迷惑をおかけしてしまった仕事がようやく落ち着き,気持ち的には平穏が戻ってきた今日この頃。しかしなんとなくやってしまった学会事務局×2と学部の教務責任者の仕事はなんか断続的に入ってくるわけで,これがあと1年半以上続くかと思うとなんかもうギブアップ状態。ていうかたぶん十分な貢献ができてなくて本当にすみません。

この間比較政治関係の文献もいろいろ頂いていたのでまとめてご紹介します。まずは北九州市立大学の中井遼先生から『欧米の排外主義とナショナリズム』を頂いてました。ありがとうございます。まず本書ではしばしば「近代化の敗者」仮説と呼ばれる,経済的に苦境に陥った人たちが移民に対して敵対意識を抱いて極右政党を支持するんだ,という仮説が実際のところ説明力が低いことを様々な形で示されています。そうではなくて,伝統を重視するとか自国文化が破壊されることへの恐れなどが極右政党につながっていると。中井さんの本は,以前のものもそうですが,非常に説明がクリアでかつ読み手に配慮したかたちで図表などのプレゼンテーションもされていて見習うところが非常に多いです。

基本的には,ヨーロッパでの社会調査(European Social Survery)を利用しながら分析しているのですが,その中でデータから「新興ポピュリスト勢力に排外ナショナリズムが一本化される」「既存ナショナリスト勢力が機会主義的に排外主義を利用する」「穏健右派勢力が競争構造内で極端化する」というパターンを見出し,それぞれを代表する国で追加的な調査をして移民に対する検証をしてるのはホントにすごいなと。個人的には,この最後のパターン(本で取り上げられているのはポーランド,あとはUKとか)に非常に興味があって,日本もそれに近いところがあるんじゃないかなという感じで研究をしているところもあります。しかし,こうやって比較で並べて見せてもらうと,やはりその違いというのは際立つなあ,と感じます。 

成蹊大学の西山隆行先生からは『<犯罪大国アメリカ>のいま』を頂きました。ありがとうございます。大学での業務もお忙しい中,この数年でアメリカの移民や政治に関するご著書などを立て続けに刊行されていて本当にすごいです。この本は,アメリカの犯罪について扱っているものですが,銃規制・麻薬・不法移民など犯罪そのものに目を向けている一方で,警察行政・治安維持行政の本としても読めるというところが非常に興味深いと思います。日本の行政学では実のところこの分野についての研究書ってほとんど出ていないと思いますが*1,多くの国において治安維持に関する行政は非常に重要な関心事項になっているわけで,日本の治安維持行政――パンデミック対応も入ってくるように思います――を考えるときにもひとつのとっかかりになるご研究ではないかと思います。

藤武先生,野田省吾先生,近藤康史先生から『ヨーロッパ・デモクラシーの論点』を頂きました。ありがとうございます。近年の研究成果を踏まえたヨーロッパ政治についての最新の教科書・解説書です。ヨーロッパの比較政治というと,さまざまな特徴がある国ごとの分析・解説するものが多いと思いますが,本書ではアクター(極右勢力・新しい左翼・保守主義勢力・社民勢力とそのクリーヴィッジ)とテーマ(官僚制・司法・ユーロ・地域主義・社会的投資・移民・国境管理)で章が分けられていて,アクターやテーマごとにそれぞれの国の特徴について触れられていて,「比較」をより意識したような作りになっていると感じました。

 著者の先生方から,『政府間関係の多国間比較』を頂きました。ありがとうございます。ご執筆のメンバーを見ても『地方分権の国際比較』の続編というような位置づけになるのかと思います。この共同研究では,中間団体――広域自治体という言われ方もすると思いますが――である州(連邦国家)や県(単一国家)への権限移譲に注目したものになっています。日本でもコロナウイルス感染症への対応で知事が前面に出ているように,どこでもこの中間団体の役割が大きくなっている傾向がある中で,従来の連邦国家/単一国家という認識の枠組みの相対化が示唆されているということだと思います。 

 『文部科学省』が好評の青木栄一先生から,監訳に当たられた『アメリカ教育例外主義の終焉』を頂きました。ありがとうございます。特にアメリカで他の政策領域から独立していると考えられていた教育政策が,大統領や知事,議会,そして裁判所などの政治アクターとの関係の中で一般的な政治の中に再統合されていくという制度の変化について論じられているものです。このような実証研究はなかなか翻訳がされなくなっているわけですが,青木先生をはじめ教育の政治学に関心を持つ人たちによって重要な書籍が訳されることで,この分野に関心を持つ大学院生や学部生にとっても非常に重要な学ぶきっかけになるのではないかと思います。 

*1:しばしば引用されるのは第一線職員の一分野として警察が取り上げられる畠山弘文,1989,『官僚制支配の日常構造』三一書房でしょうか。これももう30年前の本なわけですが。