今年の○冊(2012年)

三回目になりますが、年末ということで今年の◯冊を。ええと念のためですが、あくまでも基本的には出版された博士論文をご紹介するのが趣旨なので、脱線して紹介する非−博士論文は別として、必ずしも一般に読みやすいオススメ本とはちょっと違うことをご承知ください(その分野の研究者にとっては必読に近くなるわけですが)。ここ二年間と同様に、順調に政治学/日本政治の博士論文が刊行されていたように思いますが、今年に関しては洋書や新書という新しいメディアへの展開も増えていく感じがあったのではないかと思います。新書については、大御所とも言える偉い先生は別として、ここ数年若手で書くのはだいたい社会学者で政治学者にはやや敷居の高いメディアであったのではないかと思います*1。今年は僕も書いたのですが、周りに聞きますと、政治学でも比較的若手から中堅の研究者に新書の話があるそうで、「二冊目」という感じで新書を出版することも増えていくのかもしれません*2
さて、博士論文をベースとした出版の話ですが、年のはじめには、木鐸社から非常に意欲的な方法論に基づいた本が二冊出版されています。井手弘子先生の『ニューロポリティクス』(1月)は、直訳すれば神経政治学、ということで、要するに脳の働きと政治についての関わりを議論されるものです。最近では加藤淳子先生のように日本を代表する政治学者もこのテーマに取り組まれていて、医学者と一緒にfMRIを見たりするということ。また、大村華子先生の『日本のマクロ政体』(2月)は、日本の政治学の研究書としてこれまでに出版された本の中でもおそらくもっとも高度で緻密な計量分析の手法を用いて日本の政治体制を分析したものであるといえると思います。いかに政府が「民意」(というと雑ですが、社会における政策ムード)に反応してきたかを議論するものとなっていて、その政策ムードを同定し、実際の政府の活動や政党の公約との関係を実証的に分析したものです。いずれも先端的な手法を使った分析で,これに追いついていくのは大変だなあ,と思っていたところです。

ニューロポリティクス―脳神経科学の方法を用いた政治行動研究

ニューロポリティクス―脳神経科学の方法を用いた政治行動研究

日本のマクロ政体―現代日本における政治代表の動態分析

日本のマクロ政体―現代日本における政治代表の動態分析

また、年のはじめから年度が変わるころにかけて、福祉国家の研究についても連続して出版がありました。加藤雅俊先生の『福祉国家再編の政治学的分析』(3月)は、オーストラリアを事例として分析された研究ですが、まあ率直に言って圧巻なのは事例よりも質量ともに非常に豊富な福祉国家やアイディア政治についての先行研究の紹介と批判的検討でしょう。学会共通の財産ともなるのではないかと思いますが、個人的にも元論文をチラチラ見つつ勉強させて頂きたいところです。辻由希先生の『家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治』(4月)は、ジェンダー政治という観点から日本の福祉国家についての分析を行われたものです。総選挙に関連してところどころで話題になっている自民党の憲法改正案ですが、しれっと24条に「家族」って単語が入ってまして、これは定義をめぐって大揉めになる可能性があると思うのですが、そういう「政治」と「家族」をめぐる背景としても読まれるべきかもしれません。
福祉国家再編の政治学的分析―オーストラリアを事例として

福祉国家再編の政治学的分析―オーストラリアを事例として

家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治 (シリーズ・現代の福祉国家)

家族主義福祉レジームの再編とジェンダー政治 (シリーズ・現代の福祉国家)

不思議なことに、5月から10月頃にかけては、個人的にあまり単行本となった博士論文に接することはなく、実はこれは毎年そういう傾向があるような気がするのですが、今年についてはその間もいくつか新しい形態で出版がありました。まずは日本政治史の本で、やや異色の新書というメディアですが、日本学術振興会の中澤俊輔先生による『治安維持法』も博士論文をもとにした出版です。治安維持法が、結社の制限に係る法律として出現した、ということを丹念に追ったものですが、これは悲しいことにネットにヘイトスピーチが溢れて何らかの規制を考えないといけないという人もいる現代を考えるに当たっても示唆に富む研究ではないかと思います。自由な社会の条件として、人々は自由を守るために自制をかけることが求められるわけですが、その自制を信頼できないときに、法律という強制力を持った制約が出現することがあるわけです。そういう読み方をすれば、ある意味で当時の自由な社会を守るために法律というかたちで導入された制約である治安維持法がどのような運用をされていったか、という歴史から学ぶことが多いのではないかと。でまあ手前味噌ですが、一応「若手」ということで、博士論文ではないですが拙著『大阪―大都市は国家を超えるか』(11月)も新書として出版させていただきました。
治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)

治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

大阪―大都市は国家を超えるか (中公新書)

やや脱線して、もはや若手というわけでは全くありませんが、サントリー学芸賞を取った待鳥聡史先生の『首相政治の制度分析』(5月)、それから細谷雄一先生の『国際秩序』(11月)、中北浩爾先生の『現代日本の政党デモクラシー』(12月)が出ています。三先生とも非常に多作で、ちょっと調べたら待鳥先生が単著で3作、細谷先生が同じく7作(!)、中北先生が4作ということで、もうなんかちょっと目が回りそうな気がしますが、今年についてはこれまで出されてきた研究書とはちょっと違って、比較的一般読者向けを意識して出版されているのが特徴かな、と思います。
首相政治の制度分析- 現代日本政治の権力基盤形成 (叢書 「21世紀の国際環境と日本」)

首相政治の制度分析- 現代日本政治の権力基盤形成 (叢書 「21世紀の国際環境と日本」)

現代日本の政党デモクラシー (岩波新書)

現代日本の政党デモクラシー (岩波新書)

もうひとつ、新しい傾向として、今年は英語で執筆された博士論文を海外の出版社から出版するというのがこれまでになく多い年だったのかなという気がします。早稲田大学の日野愛郎先生によるNew Challenger Parties in Western Europe: A Comparative Analysis(1月)、立命館大学の佐々田博教先生によるThe Evolution of the Japanese Developmental State: Institutions locked in by ideas(7月)に続いて、同僚の稗田健志先生がPolitical Institutions and Elderly Care Policy: Comparative Politics of Long-Term Care in Advanced Democracies(8月)を出版されました。
New Challenger Parties in Western Europe: A Comparative Analysis (Routledge Research in Comparative Politics)

New Challenger Parties in Western Europe: A Comparative Analysis (Routledge Research in Comparative Politics)

Political Institutions and Elderly Care Policy: Comparative Politics of Long-Term Care in Advanced Democracies

Political Institutions and Elderly Care Policy: Comparative Politics of Long-Term Care in Advanced Democracies

行政学を教えているのに、去年は行政学の本の紹介はあまりなかったのですが(一昨年はありました)、今年は深谷健先生の『規制緩和と市場構造の変化』(2月)が出版ありました。また11月には、やはりこのコーナーで紹介するのが妥当とは言えない気もしますが、博士論文ベースといえば、同志社大学市川喜崇先生の『現代日本の中央−地方関係』が出版されました。僕も含め長年出版を待たれていた方が多い優れた著書だと思います。そして、昨日紹介した北海学園大学の木寺元先生による『地方分権改革の政治学』(12月)ですね。なんだかよく分かりませんが、毎年10月から3月くらいにかけて博士論文の出版が多い気がします。まあ執筆期間として夏休みが重要だったり、出版助成との関係というのが会ったりするとは思いますが。
日本の中央―地方関係: 現代型集権体制の起源と福祉国家

日本の中央―地方関係: 現代型集権体制の起源と福祉国家

地方分権改革の政治学 --制度・アイディア・官僚制

地方分権改革の政治学 --制度・アイディア・官僚制

最後に、専門外ですが政治史関係でいくつか。これらは全て12月の出版ですが、まず小田義幸先生の『戦後食糧行政の起源』。戦後の食糧行政を規定した食管法が形作られていく1940年代を中心に分析されています。これを読むと、当時やはり食糧というものが非常に重要だということがわかるわけで(当たり前ですけど)、1930年代に農村の貧困が問題になって都市からの財政移転が制度化されていく一方で、40年代には農村がむしろ食料供給力を背景に都市に対して優位な立場を占めていくことがわかります。都市−農村という非常に重要な社会的亀裂が維持されつつ、力関係が変わっていくのは非常に興味深く、いつも弱い立場として描かれる農村が強い時期に福祉国家の基礎が作られたという意味はきちんと考える必要があるのかと思われます。1940年代後半の特別市問題で都市が敗北していくことを拙著でも書いたのですが、その背景にはやはり食料問題があるのかな、と。その時期までの分析はされていなかったと思いますが、これからのご研究を待ちたいと思います。中島琢磨先生の『沖縄返還日米安保体制』と吉田真吾先生の『日米同盟の制度化』はいずれも日米同盟についての分析が行われたもので、残念ながらまだ未読ではありますが、両著とも非常に評価が高いものとお聞きしていて、お正月休み?で読むのを楽しみにしています(って読む時間があるのだろうか…)。
今年は5−9月ころがあまりなかったので、そんなに多い印象はなかったのですが、こうやってまとめてみるとやっぱり多いですね。来年もこのペースが続けば(読むのは大変ですが)政治学としてはきっと望ましいことなのではないかと。
沖縄返還と日米安保体制

沖縄返還と日米安保体制

日米同盟の制度化 -発展と深化の歴史過程-

日米同盟の制度化 -発展と深化の歴史過程-

*1:例外は非常に評価の高い菅原琢先生の『世論の曲解』かな。

世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)

世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)

*2:思い出してみれば、2006年から2007年あたりに、中公新書で竹中治堅先生、内山融先生、飯尾潤先生が続けて新書を出されていたことがありました。これらはいずれも今でも参照される優れた研究だと思いますが、何か周期があるんですかね

首相支配-日本政治の変貌 (中公新書)

首相支配-日本政治の変貌 (中公新書)

小泉政権―「パトスの首相」は何を変えたのか (中公新書)

小泉政権―「パトスの首相」は何を変えたのか (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)