水道事業民営化

懸案となっていた大阪市の水道事業が、大阪府との「統合」ではなく「民営化」というかたちで進むことになるらしい。読売新聞の「前途多難の水道事業民営化」という記事がよくまとまっているが、要するに水道事業に関する資産をすべて売却して民間企業が運営するという意味ではなく、一定の利用料を大阪市に払う代わりに事業者が運営するコンセッション契約ということらしい。資産まで売却すると水道管の整備とかがうまく行われなくなることは容易に予想できるので、まあ個々での上下分離というのはそれなりに理解できるものではある。ただ、そういうものをまとめて「民営化」というのは色々な問題を見えにくくしているように思うが。
統合と民営化というのは実に方向が正反対のように思える。定期的に書かせていただいている毎日新聞の「関西政治ウォッチ」で、2013年3月に以下のような記事を書いている(校正前)。

現在、大阪市議会は市の水道事業について活発な議論をしている。大阪府(現在は府広域水道事業団)と事業が重複する市の水道事業を改革しようという議論だ。橋下徹市長は知事時代から両者の「統合」を訴えてきた。
市長の主張の背景には、水道供給のための水を、共に淀川から取水している府と市の事業の重複がある。特に、府の庭窪浄水場と市水道局の庭窪浄水場(共に守口市にある)は、ほとんど隣り同士である。両者を別々に運営しているのは確かに効率が悪く見える。その他の浄水場も、結局、淀川水系から大阪市周辺の水道管を通って水を供給しているので、一緒に運営したほうがよいという発想は不自然なものではない。
このような「統合」で得られるメリットは、「規模の経済」による効率化である。「規模の経済」とは、管理業務など一元化できる部分にかかるコストを減らすと共に、人員が増えることで教育や人の配置のためのコストを低減できるという考え方だ。
「よいことではないか」と思われるかもしれないが、この「統合」に、大阪維新の会の一部議員も含めた大阪市議会は賛成していない。なぜなら、長期で「規模の経済」が実現するとしても、余剰な部分は統合した瞬間になくなるわけではなく、短期的には大阪市にとって不利があるとされるからだ。「統合」で(長期的には下がっても)大阪市の水道料金がいったんは上がってしまうとすれば、批判を受けるのは彼ら市議である。反対したくもなるだろう。
難航する市議会の議論に、橋下市長は、「統合」が否決されたとき、「市水道事業の民営化も有力な選択肢のひとつ」と述べたとの報道もある。「民営化」も市の直営から運営形態を変えることで事業の効率化を図る方法だが、「統合」とは効率化の理屈が異なる。「民営化」の場合、民営化された企業が市場での他企業との競争を通じて無駄を削減していくことで効率化が達成される。
事業を「民営化」して、競争による効率化を進める観点からは、「統合」はそもそも採用すべきではない。むしろそのとき必要なのは、府広域水道企業団と、民営化された大阪市水道局の公平な競争だ。「規模の経済」に期待をかけても、競争相手がおらず、自治体がきちんと監視できない事業は、今よりも非効率なものになるかもしれない。
改革によって「統合」する、できなければ「民営化」と言われると、両者が「統合」の方向に一直線に並んでいるような気がするかもしれない。しかし、本来両者が期待している効率化への理屈は全く異なる。この点を念頭に置きながら、この問題が今後、市議会でどのように議論されるのか、引き続き注目していきたいものである。
(すみません、なんか校正前の変更履歴が残っていたぐちゃぐちゃな文章になってました。ちゃんと変更履歴を消したものにしておきました。)

基本的な認識はこの頃と変わらないので、ああこういう帰結になったのか、という感じがする。しかしこれから本当に上下分離でやっていくとなると、大阪市の中だけではどうしようもない問題も出てくる。具体的には、民営化された大阪市水道局(というかいわゆる「上」)が、市外の儲かる事業も請け負っていくような事業展開をどうするかという問題である。大阪市がいくらそれなりに大きいとはいえ、現行でいろいろ効率化が難しい状況にある上に、これから先も事業が拡大しにくい。そうすると、「上」の企業は行き詰まるというか色々縛られたままになるので先行きは暗いだろう。それを打破するためには、周辺自治体の水道事業(の「上」の部分)に参入して利益をあげる可能性を拡大する必要があるわけだ。とはいえ、こうした競争環境の整備は国のルールや他の自治体との関係も絡む問題なので、大阪市だけでなんとかすることができるわけではない。結局、大阪市としては「民営化は自分たちだけの話ではない」との認識を持って国や他の自治体の改革にも取り組む(あるいは改革を促す)というある種の面倒を抱え込むことにはなる*1。ただまあ一つの道だとは思うが。
こういうようなケースは水道事業だけではなく、最近では空港の管理事業が結構近い気がする。日本に限らず多くの国で空港民営化(上下分離)が行われていて、ある空港の管理運営に専門性をもつ企業のノウハウを他の空港で売り込むということも行われていることもがある。有名なのはロンドンのヒースロー空港の成功だし、日本では成田空港を運営する成田国際空港株式会社が優れたノウハウをもつことが注目されているほか、仙台空港なんかも積極的な動きを見せているらしい。空港については国際的な流れの中で上下分離をしやすいような状況が開かれつつあるが、水道事業はどうだろう。虫食い的に外資企業が入ってよくわからない制度になってしまうよりは、あらかじめある程度のコンセッションを見据えたような制度設計もありうるのかもしれない、と思う(けど現在の大阪市を応援するような制度改革案って多分出ないだろうなあ…)。

*1:この辺も以前に某M新聞のインタビューに答えたことがあったけど、結局使われなかったw