地方選挙制度改革

少し前に総務省の地方行財政検討会議で,「地方自治法の抜本見直し」に関する意見募集というのをやっているのを見ていて,いやー,やっぱりそれほど数が多くない地方政治の研究者としては何か書かないといけないかなぁ,と悶々と過ごしておりました。とはいえ,別に〆切のある仕事もいくつかあったので,それが終わってからだなと思いつつ,とりあえず懸案の書評仕事がひととおり片付いたので,ざっと書いてみることにしました。ただ実は,この意見募集は結構書きにくいところがありまして。
というのは,

(注)地方行財政検討会議において検討が進められている下記の事項を対象として、別紙の意見書(様式)に掲げられた質問事項に関する御意見を募集するものであり、現行の地方自治制度一般に対する御意見・御要望や、個別事案に関する御意見・御要望を募集するものではございません。

という注記があるうえに,提出用のテンプレートには,

※注1 複数の事項について御意見を提出される場合は、御意見を提出される事項ごとに別葉にして作成した上で提出してください。

ということなので,どうもいくつかのテーマを横断的に書くのは適していない感じなわけです。はじめは<意見募集事項>のうち「2 自治体の基本構造のあり方 (3) 大都市制度のあり方」ということころで書こうと思ったものの,同じ「2 自治体の基本構造のあり方」の中にある,「(2) 基礎自治体の区分の見直し」「(4) 都道府県間・基礎自治体間の広域連携のあり方」「(5) 国・地方関係のあり方 」と区別して書くことはできないと思い,あまりに構成がややこしくなりそうだったので断念しました。
結局,「3 住民参加のあり方 (3) 長の多選制限その他の選挙制度の見直し」というのが割と幅広なテーマだったのでこれは書けるかな,ということでここに集中することにしています。地方政治の研究者は少ないし・・・というのがはじめの問題意識だったわけですが,この辺は最近菅原さんとかも書いていて,別にお前なんぞが書いてもしゃあないやろ,といわれるとそらそうなのですが,せっかくなので。
以下全文です。なお本文中の下線は筆者で,註はこのブログ限りです。

<※事項>
<3(3)長の多選制限その他の選挙制度の見直し>
1 標記の制度について、現状をどのように認識され、制度の問題点をどのように考えますか。
 (現状の認識)
1994年に国政における選挙制度は大きな変更が行われたのに対して,地方自治体における選挙制度は,その創設以降基本的にはほとんど変化がありません。もちろん,全く変化がないわけではなく,時間の流れとともにその時々の情勢にあわせて,自治体ごとに少しずつ変更が加えられてきました。しかし,その変更とは,ほぼ自治体における人口の変化に合わせた議員定数の変更と,都道府県・政令市レベルにおける選挙区定数の変更や,統一地方選挙に参加する自治体が減少することに代表されるような,選挙サイクルの多様化といったような変化といった,現状を追認していくかたちの変化に尽きると思われます。
衆議院選挙における選挙制度の変更は,いわゆる中選挙区制度によって政党ではなく候補者間の競争が激しくなり,その結果として特定の団体や集団の意向が代議士に過剰な影響を与えてしまうことを問題視したものでありました。小選挙区制度へと変更することで,候補者間の競争ではなく,政党の執行部が政策に責任をもつかたちで政党間の競争を促すことが企図されていたとされています。これは,国政において「どのように民意を吸収するか」という問題意識から選挙制度を考えて行われた重要な改革であり,現在までにその効果が様々なかたちで現われていることが,実証研究によって確認されています。
翻って地方の選挙制度を考えると,これまでに「どのように民意を吸収するか」という問題意識から,選挙制度について検討が行われたことはほとんどないと考えられます。今回,地方自治法を抜本的に改正するということであれば,地方分権改革を進める中で,地方ごとに存在する民意をどのように吸収するか,という観点から,地方の選挙制度についての抜本的な改革が行われるべきであると考えます。

 (制度の問題点)
現行制度の問題点は,首長・地方議員がともに個人として,有権者を代表している傾向が非常に強い点であると考えます。まず首長については,政党の推薦や支持を受けるものの,ほぼ全ての候補者が「無所属」として選挙に立候補し,近年ではどの政党の推薦や支持も受けないいわゆる「無党派」の候補者が非常に増加しています。議員については,政党所属を公にしている議員は少なくありませんが,都道府県や政令市における中選挙区制に近い選挙制度においては,以前の国政と同様に政党所属よりも議員候補者個人と組織・団体との関係が重要になっています。さらに市町村の領域全体を一区とする大選挙区制度では,特定の地域や集団からの支持を確保していることが当選の近道となっている傾向がさらに強くなっていると考えられます。
このような地方議会の選挙制度では,各議員が関心をもつ問題が,個別の地域や集団の利害に矮小化されやすくなってしまうという問題点があると考えられます。つまり,都道府県議会で見るならば,各議員は自らを選出する地域における問題を議会で議論することには熱心になりますが,他の地域における問題についてはどうしても関心が薄くなりやすいと考えられます。そのために,より深刻には,地方議会が,都道府県という各選挙区を横断する領域全体が抱える集合的な利害について一義的な関心を持つことができず,各選挙区における個別的な利害の積み重ねというかたちでしか問題を捉えることができなくなってしまうという懸念が生じます。近年では地方議会の定数削減の流れの中で,都道府県議会・政令市議会において定数1の選挙区が無自覚的に生み出されていますが,議員がひとりでその地域を代表することを求められるとすれば,その議員が地域の利害に拘束される傾向は,さらに助長されることになると考えられます。
領域が選挙区に割られていない市町村や,都道府県・政令市でも規模の大きい選挙区であればこのような問題がないかというと,そういうわけではありません。むしろ,選挙区の定数が大きくなればなるほど,各候補者は選挙における得票のために,より個別・具体的な利害に焦点を当てて有権者からの支持を獲得しようという動きを強めると考えられます。しかも,規模の大きい選挙区においては同じような問題に関心を持つ複数の候補者が,有権者からの票を喰い合ってしまうという問題を抱えます。現行制度においては,この問題は有権者が自ら候補者間の「票割り」を進める以外に対処の方法がありません。その結果,例えば社会福祉のような同じような問題に関心を持つ候補者同士であれば,本来協調・協力出来る部分が大きいはずなのに,選挙に当選するためにはライバルとして競い合わなくてはなりません。そのような状況では,選挙後の議会運営において協力関係を築くことが難しく,社会福祉全体の問題を協力して議論するよりも,議員個人が自らに特に関連する社会福祉の具体的な問題を扱うというかたちで利害が矮小化されるおそれが強くなります。
首長についても,個人として立候補し,個人として自治体の運営に当たるという傾向は,問題点が大きいと考えられます。最大の問題点は,首長が自らの任期を終えたあとのことを考えるかどうか,という問題点だと思われます。現状においては,首長は自らの任期を終えたあとに,任期中の責任を問われることは殆どありません。そのために,政権運営に対する評価によってその後に個人の評判が落ちることはありえますが,むしろ短期的には任期中に首長として自らの存在をアピールして,その後のキャリアアップにつなげようという動機付けを許してしまうところがないわけではないと考えられます。
似たような問題点としては,自らの選挙を有利に進めるために行われる任期途中での首長の辞職が考えられます。現行の制度では,もちろん有権者から批判される部分はあるとしても,実質的には現職の首長が自ら好きな時期を選んで選挙を行うことで,対立候補が選挙の準備にかける時間を奪い,有利に選挙を進めることが可能になっています。これは選挙における平等な競争を歪めるだけではなく,首長選挙と地方議会選挙の選挙サイクルを変えてしまうという問題を引き起こすことになります。もちろん,多くの首長はここで挙げたような自己の利益に走るような行動を取ることはなく,誠心誠意自らの地域のことを考えていると思われますが,少なくとも制度としてはそのような動機付けを最大限塞いでいくことが重要ではないかと思われます。

2 1の記述を踏まえて、どのような方向で制度を改正すべきと考えますか。
 (改正の方向性)
以上のような問題認識を踏まえて,首長・地方議員が個人として活動をするのではなく,地方における政党の存在感を高めるという方向で制度を改正すべきだと考えます。その際の政党とは,必ずしも国政において議席を取ることをひとつの目的とする政党というわけではなく,各地方自治体において,その領域内の問題を解決するために地方議会の議席を取ることを目的とする地方政党を広範に含むべきだと考えます。
地方議会における選挙制度の変更は,そのような方向に向けた制度改正のための重要な手段であると思われます。国政における選挙制度改革は,二大政党の競争を強く意識して小選挙区制の導入が進められましたが,地方において同様の変更を行う必要はありません。上述のように,自治体の領域を細かく分割して小選挙区制にすると,そこから選ばれる代議士は地域代表の色が非常に強くなってしまうことがありますし,二元代表制を前提とするならば,首長に対して賛成か反対か,という軸だけで代表が選ばれてしまうことも問題が大きいと思われます。
政党の存在感を高めるかたちでの地方議会における選挙制度の変更として考えられる方策は,まず地方議会における比例代表制の導入が考えられます。地方自治体ごとに登録された地方政党を単位とする比例代表制の選挙であれば,似たような候補者間での過当な競争や有権者の「票割り」を行うことなく選挙活動が行われますし,選挙後についても似たような政策志向を持つ候補者は同じ政党に所属して協調・協力して政策を議論することができると思われます。あるいは,現行制度をベースとしながら,選挙区の規模を大きくしつつ,ひとり一票ではなく複数票を許すような仕組みもありうると思われます。複数票が許容されれば,似たような候補者の間で過当な競争が起こるという問題は部分的に回避されると考えられますので,選挙区の規模を拡大して候補者が地域を過剰に代表する傾向を避けながら,似たような政策志向を持つ候補者が協調的な行動を取ることを促すことが可能になり,議会において政党の存在感を高めることに繋がると考えられます。
ただし,地方議会における比例代表制や複数票については,公職選挙法15条や36条の規定など,地方自治法以外の制約が多く,いかに地方自治法の抜本改正といえども簡単には実現できないと思われます。より現実的な方策としては,自治体の領域を分割した選挙区を作りつつ,それらの選挙区を例えば定数4-6程度で数を揃えるというものが考えられます。定数が少なすぎると地域代表の色が濃くなりすぎ,逆に定数が大きすぎると似たような候補が乱立するという問題が考えられますので,いずれの問題についても一定程度回避できるような規模で選挙区を設定することが望ましいと思われます。このような提案についても公選法の規定に一部かかるところはありますが,少なくとも比例代表制や複数票よりは実現の可能性が高いものであると思われます*1
次に,首長選挙については,政党の存在感が高まれば,首長個人ではなく首長が所属する政党が長期的に自治体の運営についての責任を持つという効果が期待されます。ただし,反対に,政党の存在感が低い現状では,それに応じた首長選挙の考え方があると思われます。具体的には「多選禁止」の導入については,政党の存在感が低い現状では望ましくないと考えられます。なぜならば,個人として首長が有権者を代表している現状で,有権者として首長の行動を規制することができるのは,基本的に選挙だけだからです。「多選禁止」によって選挙というプレッシャーを制度的に外してしまうことで,敢えて首長に不要な動機付けを与えるきっかけを作る必要はないのではないかと思われます。「多選禁止」を導入するとすれば,地方自治体において政党が一定の存在感を持つ中で,ある政党と関係の深い首長が長期間続くことを防ぎ,政党間の競争を活性化するという目的がありうると考えられますが,現行ではそのようなメリットが薄いと考えられます。
さらに選挙制度については,首長・地方議会の選挙の時期について真剣な検討が必要であると考えます。現状では,首長が辞職するとき,自動的に次の首長の任期も4年間となり,その後に辞職がない限り,また4年ごとの選挙サイクルが生み出されます。経験的な国際比較の実証研究によれば,二元代表制(大統領制)において首長と議会の選挙が行われる時期が近いと,同じような対立構造で首長と議会が構成されやすくなり,逆に時期が遠いとそのような傾向が薄れることが議論されています。より具体的には,首長と議会の選挙の時期が近いと,強い権限を持つ首長選挙での対立構造が議会選挙での対立構造を規定することになり,議会における首長派対反首長派といったような対立が強くなるおそれがあるという議論です*2
この意見におきましては,首長と議会の選挙時期を近づけて両者が似たような対立構造を有することと,反対に選挙時期を遠ざけて異なる対立構造を有することで,どちらが良いかを議論するものではありません。議院内閣制的な運用を目指すのであれば前者が望ましいでしょうし,チェックアンドバランスを重視するのであれば,後者が望ましいと思われます。ただ,少なくとも首長の辞職によって選挙サイクルの生み出す首長と議会の関係が頻繁に変わってしまうのは,必ずしも望ましくないと思われます。その点を考慮すると,首長・議会の選挙の日程は一定程度固定的に運用することが望ましいと考えます。もちろん,首長の死去などによって非常に短い期間となる任期のために選挙を行わなくてはいけない,といったような問題点も生じうると思われますが,それについては例えば首長に事故が起こったときのための副職を置くなどの対応も考えられると思われます。
制度改正の方向については以上のとおりですが,地方自治体の選挙制度が地域の民意を吸収するものとして重要なものである以上,国は大枠を決めた上で,選挙制度の内容については可能な限り地方の意見を尊重することが望ましいと思われます。すぐに全てを自由にするというのは逆に混乱を招く恐れが大きいと思われますが,将来的には,地方ごとに比例代表制や複数票の導入が行われたり,地方独自の選挙サイクルの考え方についても許容範囲を広げたりするような議論もありうるかと思います。

意見書は以上ですが,一応書こうかなぁと思いつつ選挙制度とは外れると考えて書いてないところが二つほどあります。ひとつは,政党に対する助成金の可能性,という話ですが,地方自治体ごとに一般財源から政党に対して助成金を出す,というのがあり得るかな,と考えています。ただそのためには,一般財源の性格付けについて現在の交付税制度におけるものとは違うものを考える必要があるだろう,ということでここには書いていません。趣旨としては,「政党」という言葉を使ってはいますが,地方議会において議員同士の協調・協力を促すことができるような選挙制度っていうのはどういうものか,そして首長選挙と議会選挙の関係を真剣に考えるべきではないか,ということなんで,まあ助成金のところはその次の話かな,と。
もうひとつは28日に二件(沖縄県知事−宜野湾市長/愛媛県知事松山市長)あったような知事と市長というレベルの違う選挙の選挙サイクルをどう考えるかというところ。28日の選挙は特にその傾向が強いと思われますが,やはり違うレベルの選挙でもお互いに影響を与え合うようなCoattailはありうるのではないかと。首長の選挙サイクルを固定するということは,異なるレベルの首長選挙のサイクルも固定されるということなんで,ここのところはホントはもう少し突っ込んで考えるべきかと思いますが,まあこれも基礎自治体のあり方や大都市問題,中央地方関係に踏み込むところがあるかな,ということで書いてません。やはりどっかでもう少し包括的にまとめてみたいところではありますが。

*1:議論の本旨とはちょっと外れるので記述していませんが,菅原さんがSYNODOSに書いているように,定数をこのくらいで揃えると,一票の格差の問題はだいぶん緩和されることが予想されます。

*2:イメージとしては,もうすぐ行われる統一地方選挙に近い首長選挙で,名古屋市なんてまさにその典型になるのではないかと思っています。なお,国際比較のしっかりとした議論としては,Golder, Matt, 2006. "Presidential Coattails and Legislative Fragmentation." American Journal of Political Science 50: 34-48.など。関連してレヴァイアサン47号掲載の拙稿もご覧頂けるとうれしいです。

レヴァイアサン 47号(2010 秋) 特集:選挙サイクルと政権交代

レヴァイアサン 47号(2010 秋) 特集:選挙サイクルと政権交代