『市民を雇わない国家』

東京大学前田健太郎先生の博士論文。非常に勉強になった。基本的には日本を中心とした丁寧な事例研究を通じて、公務員の数がどのように決まっているのかという問題を議論するもの。最後のところでは、計量分析の成功研究についての再現を使った分析をしていて、これは良い試み。実際のデータを追いかけると、有意とされている「独立変数の効果」というのがまあそれほど大したことないこともわかるし、再現を通じて分析される方はドキドキするかもしれないけど、データを公開して広く分析してもらうというのはありがたいことだろう。
本書の主要な主張をざっくり言うと、日本の公務員数が少ないのは早い時期から行政改革が行われたからだ、ということである。稲継裕昭先生や西村美香先生の公務員制度研究を踏まえて、それに続く研究として位置づけられることになるだろう。これまでの研究が、実態分析や歴史的経緯の跡付けをメインにしていたのに対して、本書では「なぜ日本の公務員数が少ないのか」という謎?を説明するように展開されていて、きちんとしたストーリーが構成されているからまあ論旨は非常にクリア。因果関係についての仮説を構築してそれを検証するというのではなくて、公務員数が少ないという「事実」を説明するような「出来事」を探るということで、公務員数の増加が止まり始めた高度成長期の「出来事」(行政改革)とその背景について検討していくというかたち。
で、重要な「出来事」として挙げられているのが、総定員法の成立に見られるように、国際収支が逼迫して財政支出を抑えないといけない中で、民間準拠でガンガン公務員給与を挙げようとしてくる人事院勧告制度があるから、給与抑制ができなくて定員を絞るようになった、という出来事。人事院勧告を順守する代わりに行政改革しますよーみたいな出来事があったからこそ、その後公務員数が抑制されていったという話になる。そして一方では更に戦後改革に遡りながら、そのような出来事の背景として、戦後直後の激しい労使対立やアメリカの矛盾をはらんだ占領政策が議論され、他方では定員を絞るようになってから公益法人のような外郭団体を作って仕事をさせていく様子が描かれる。日本の事例研究のあとは、給与抑制が挫折して公務員数の抑制に至るイギリスの事例研究と、それ以外の福祉国家の経験を通じて行政改革のタイミングが重要であることが示される。
この手の研究は、日本の文脈で議論されがちだけども、海外の福祉国家研究をいろいろと踏まえた上で、丹念に資料を集めて分析していることもあり、内容は非常に説得的。気になったのは、「出来事」の分析からの一般的な理論−変数間の関係−についてはどう考えてるのかな、と。禁欲的に議論しているのはいいことだと思うんだけど、「出来事」を踏まえて理論的な説明があった方が含意を議論しやすいのは間違いないわけで。まあもちろん、暗黙には(?)クリアな主張があるように読めて、(特に固定相場制での)財政制約→給与抑制による対応(の失敗)→定数減の行政改革、みたいな話がイギリスでも他の福祉国家でもあるように思える。こういうシーケンスを明らかにすること自体どういう意味があるのか、またそのシーケンスにどういう意味があるのか、という説明があると、含意もより理解しやすかったんじゃないかなあ。
もうひとつ、「なぜ公務員が少ないか」という問題は、結構扱いにくい問題なんだろうという感じを受けた。というのは、これってたぶん「なぜ少なくなったか」(本書でやってること)と、「なぜ少ないのにやっていけるのか」(たぶん稲継先生的な議論)という2つの論点がありえて、両者が割と絡んでいるんじゃないかと。だから本書で言えば、1960年代の改革によって抑制基調になるというのは理解できたとして、なぜそれが維持できたのかというのはやや別の話のような気がする*1。もちろん、公益法人なんかに仕事をさせて…という説明はあって、それ自体は全く妥当だと思うんだけど、第1章で議論されていたように、そういった公益法人なんかを含めても日本の公務員数がずいぶん少ない、という問題があるわけで、それをなんとなく無理やり維持するためには効率を上げる必要もあっただろうし、「ブラック企業」的に無理させるような雇用慣行もあっただろうし、不満があってもそれが表面に出てこない政治(選挙制度?)があった、のではないかと。まあその辺はたぶん射程と違う話なので無理筋ですが、結論のところで少し議論されているように、一度抑制に成功した政府がもう一回公務員数を拡大させることがあり得るのだろうか、という話と絡んで知りたいところではあったかなと。
まあ色々考えさせる良い研究なので、事例研究で博論書く人はぜひ、という感じかな。備忘のためにしょうもないことを書いておくと、第1章で公務員数が少ない話を検証するときに、2005年の野村総研のデータが使われていることを見てちょっと安心した(笑)。いやー、僕も毎年授業で使ってるんですけど、なかなかこれに代わるデータがなくてどうしたもんかと思ってまして。やっぱりこのデータでいいのね、と。

日本の官僚人事システム

日本の官僚人事システム

追記

ひとつ書き忘れた。読んでて一つ疑問に思ったのは、1960年代における人事院の独立性。政権がなんとか人件費を下げたいときに、ガンガン給与水準引き上げの勧告をやってくる人事院は、やはり政権から独立していたと見るべきなんだろうが、なんでそんな独立性があったのだろうか。当時の人事院総裁は、終戦から戦後にかけて長く内閣法制局長官も務めた佐藤達夫で、その手の調整は割と容易にできそうなもんじゃないかと思うのだが。まあ、人事院についての歴史的な資料が開いてきたら、その独立性がどの程度のものだったのかについて、もう少し丁寧な議論ができると思う。本書は、そこでひとつ議論できるよ、というのを示したとも言えるだろう。

*1:本書でも、総定員法の成立に関わった財務官僚が「何年持つかなあ、という不安はありました」と述べていることが書かれている。