よい一般書

4月に入って,さまざま研究業績を挙げられている先生方から一般向けに書かれた新書などを頂いておりました。理由はよくわからないのですが今年はなんだかそういう本を頂くことが多く,非常に勉強になる反面積読が増えるという…。しかし研究者の業界で閉じがちな議論が,受け手である社会の方に向けて発信されるというのは非常に良いことなんだと思います。書かれている先生方も,狭義の専門というのとは少し違うところまでいろいろと踏み込んで書かれていて,もちろん批判が来ることもあるんでしょうが,だからこそ刺激的なことが書かれていて読む方としても面白いのはうれしいですね。
まず牧原出先生からは『「安倍一強」の謎』を頂きました。ありがとうございます。民主党政権から自民党政権への政権交代のあたりから現在に至るまで,「なぜ安倍政権はこんなに強くなっているのか」「なぜ内閣官房内閣府の改革が繰り返されているのか」「なぜ安保法案が提出され制定されたのか」「なぜ安倍首相は2014年に解散したのか」「なぜ安倍首相・野党党首の発言に注目が集まるのか」と言ったような謎を提示し,それにこたえるかたちで議論が進んでいくものになっています。生モノというか現在進行形の話を議論するのは難しいことが少なくないですが,主に新聞メディアの報道に拠りつつ,「政権交代の時代」になっていることを意識しながら興味深い議論が提示されていると思います。
個人的に非常に面白いと思ったのは,現在は「政治ゲームのルール」を変えるような1990年代型の統治機構改革(政治改革・分権改革・司法改革など)とは異なる改革が進められていて,首相や閣僚独自の政策選好に基づいた改革が進められているという点です。前者の改革は,グローバル化への対応といったような背景があったものの,それが一段落して,さらにグローバル化に対応するための改革というのが出てきにくい状況で,リーダーである政治家たちが内閣官房内閣府といった組織を軸として独自の根拠を持ちながら有権者を説得して改革を進めていくというかたちでしょうか。安倍政権のほうはそういう環境に適応して,官房長官を中心として政策形成の組織化を進めて一定の成功を収めているということになります。他方で野党の方は必ずしもそういった組織化,政党の刷新には成功していないと。ただ,「政権交代の時代」においては政権党が次第に衰えていくのに対して野党のほうがリーダーに結集されていくという過程が続いていくので,リーダーを取り換えながらでも少しずつ進んでいく途上にあるだろうということが見通されています。

「安倍一強」の謎 (朝日新書)

「安倍一強」の謎 (朝日新書)

宇野重規先生からは『保守主義とは何か』を頂いております。思想の系譜を追いながら保守主義について検討していくということで,バークやハイエクはともかく,エリオットやアメリカの保守主義者については全く知らないことだらけでして,非常に勉強になりました。バークなどから出発しているということもあって,基本的には積み上げられてきた自由を維持するために,その自由を保障する制度を守ろうとする(→急激な制度変更に反対する)ような思想に保守主義の特徴を見て,「フランス革命」「社会主義」「大きな政府」という「敵」の存在から保守主義を照射するようなかたちで議論が進められています。そういったある面で個人の自由を脅かす革新から自由の制度を守ろう,というところに保守主義を見ていくわけです。個人的には,「大きな政府」と対するアメリカの保守主義の章が知らないことばかりで勉強になりました。
ひとつちょっとどうなんだろうと思ったのは,日本について論じられている第4章です。保守主義が自由を保障する制度を尊重するというのはそのとおりだと思いますが,日本で「保守」を名乗る人には,敢えて自由の価値を貶めるようなことを言っているような人もいる感じもします。そういう人たちの政治思想(?)というのはどういうようにできているんだろうと思ったところではあります。たとえば本書を読んだ上で,忠孝などを軸とするのが保守だ,とかいうことをいう人がいたら,どのように答えられるんだろう,という話でしょうか。まあその辺のつかみどころのなさも「保守主義」の魅力なのかもしれませんが。西山隆行先生からは『移民大国アメリカ』を頂きました。大統領選挙におけるトランプの躍進のところから始まって,移民がアメリカ社会でどのような地位を占めているか,そして政治とどのように関わっているかが丁寧に議論されていると思います。当たり前かもしれませんが,「移民」と言ってもひとくくりにできるわけではなくて,まとまりのある移民もいればそうでない移民もいますし,政治や社会とのかかわり方も多様だということがよくわかります。私はアメリカ政治にはもちろん門外漢で,英語の練習でCNNなどを聞くくらいしか接点がないのですが,はじめの方の説明で今回の大統領選でいくつか疑問に思っていたことがよく分かりました。特にルビオ・クルーズがどういう文脈で共和党の候補になっているのかというのはいまいち理解できていなかったのですが,ヒスパニック系といってもキューバ系というのはちょっと異質なのですね。特にクルーズについてはカナダ生まれというのもあったかと思いますから本当に錯綜しているなあと思うところです。
何より興味深く読ませていただいたのは,エスニックロビイングのところです。ユダヤ系から始まって,キューバ系やあんまり知らないところではアルメニア系のロビイング,そして日本・韓国・中国が行なうロビイングにどのような特徴があるのかということが描かれています。個々にデータをとるのは簡単ではないでしょうし,エピソードも多いでしょうから,実証的にはなかなか議論するのが難しいところもある話だと思いますが,非常にイメージしやすいかたちで書かれていて,とても勉強になりました。単純にそれぞれの移民が送り出し国と画一的な関係を築いているわけでもないし,また,移民社会の(アメリカ国内的な)利益を追求するだけがロビイングというわけではなく,国境を超えたトランスナショナルポリティクスとして見るべきものも含まれるというのもそのとおりだと思いました。しかしそういうのが増えていくと,政治学の分析対象もどんどん広く,複雑になっていきそうです…。
移民大国アメリカ (ちくま新書)

移民大国アメリカ (ちくま新書)