「フェアなゲーム」を作るための選挙制度改革

総選挙が終わり,衆議院だけでも自民党公明党の三連勝(しかも大勝!)という結果に終わった。2012年はともかく,2014年と2017年は選挙前から広く予想されていた通りの結果となり,関心は三分の二を取るのかとか野党でどこが相対的にマシか,というようなところに限定されていたのではないかと思う。政権党としては,あらかじめ勝負の見えてる選挙をやる方が楽だという感じはあるかもしれないが,実はそれってかなり危険な話だと思う。選挙自体が「フェアなゲーム」じゃないとみなされると,政権自体の正統性が揺らいでしまって,何を言っても反発を受け,あるいは嘲笑されることもあるかもしれないからだ。そうなると政権としては,(選挙でちゃんと正統性を調達できないので)反対者に対して無理やりにでもいうことを聞かせるような行動を取らざるを得なくなるかもしれない。今もそういう兆候はあるように思うし,そうなってくると正統性の不足→無理な決定→さらに正統性の不足…みたいな悪循環に陥る恐れはある。
折しも,前回の選挙制度改革から20年が経過し,そろそろその総括をすべき時期になっているのではないだろうか。1994年当時といえば,まだShugart and Careyの極めて影響力の強い本が出た直後くらいであって,「小選挙区制が二大政党化を促す」と言ったような非常に単純化された言説は受け入れやすかったように思う。また,1990年代に入るころまでは福祉国家もそれなりに持続的で,ということは中央政府への集権の度合いも高くなっていっており,国政の主要な選挙での小選挙区制(のみ)が他の選挙にも影響を与えることで二党制の形成を促すといったところもなかったわけではないだろう。しかしその後各国で制度の多様化が進んだことを受けて行われた選挙制度研究の発展を考えれば,衆議院総選挙だけを小選挙区制にしたことで二党制が生まれるというのは相当に無理がある議論だということはわかるし,20年してその反省を踏まえて「フェアなゲーム」のルールを考え直すべきじゃないか。
制度を見直すといっても,元の中選挙区制に戻すべきではない。前回選挙制度改革での中選挙区制に対する問題意識自体は正しかったと思うし*1,世の中には元の制度と今の制度しかないというわけではない。もちろん衆議院自体で小選挙区制中心にするか比例制中心にするかという議論が極めて重要なのは言うまでもないが,どちらを中心的に採用するにしても,この時点で選挙制度改革を論じる以上は(1)安易な混合制を避ける,(2)参議院選挙制度を変える,(3)地方の選挙制度を変える,ということは論じられなくてはいけないのではないか。(1)については,最近だとAmy Catalinac氏が論じているように小選挙区部分と比例部分で異なる競争がなされてしまい,結果としていわゆる「汚染効果」が起きて野党が分裂的になりやすくなる。(2)については,参議院小選挙区制といわゆる中選挙区制が混合していることで,大きく勝とうとすると小選挙区制部分(=大都市を持たない人口の少ない県)に力を入れなくてはいけなくて,これが大票田の大都市が多くの議席を出す衆議院総選挙での力点と齟齬をきたし,特に野党に取って重要な政策プログラムの一貫性を失わせる可能性がある。(3)については,私自身が研究してきたわけだが,「二元代表制」で議会ではいわゆる中選挙区制を採用する地方自治体では都市部での多党競争と農村部での非競争が分かれていて,国政野党が都市部で政党組織を築くことが難しくなる一方,例外的に選挙区定数が小さい政令指定都市などで首長党が出現し地方での政治競争を背景に国政野党から支持を奪う傾向がある,ということが考えられる*2。いずれにしても,野党を分裂的にしてしまう傾向を持つものであり,選挙を「フェアなゲーム」から遠ざける要素になっていると思われる。
また,投票方式よりも些細なことに見える制度群の扱いも重要である。今回の選挙でも問題になった「首相の解散権」は,単に解散権として議論するのではなく,公職の任期や選挙サイクルの問題として議論すべきだろう。仮に解散に制約を書けるとすれば,衆参のサイクルを合わせるのかどうかということは問題になるだろうし,それに加えて地方選挙の統一(複数の自治体の選挙を同じタイミングで行うか,同一自治体の首長と議会の選挙を同じタイミングで行うか)をどう考えるかも議論されるべきである。さらに選挙のタイミングという問題は,どのくらいの長さで選挙運動を取るかという問題とも関わってくる。運動期間が短すぎてかつ事前の運動規制が強い状態では,本人の周知のために選挙カーで名前を連呼することはある程度やむを得ないわけで,批判の多いそういう行動を抑制するためにも,実際上の選挙運動の期間を伸ばし現職も非現職もフェアに名前を浸透させることができる必要があるように思う。選挙運動の期間を伸ばせば期日前投票の期間をそれより短く取らざるを得なくなるだろうが,そうすれば投票用紙を準備するために必要な時間の余裕もできるので,有権者の意思を適切に伝えることを阻む自書式を廃止することも容易になる。
複数の選挙の投票方式を統合的に見直す,ということに加えて,選挙に関する手続きを再整備するためには,やはり総合的に検討する機関が必要だろう。現状では,それができるのは前回の選挙制度改革の時(第8次)以来設置されていない選挙制度審議会(第9次)しかないと思われる。そこで前回改革の総括をしつつ,必要な制度についての議論をすべきではないか。ここには書ききれていないが,本来は政党組織のあり方についての議論も含めて検討される必要があると思われる。できることならそこも含めて総合的に検討する場を設置すべきだろう。
今のルールが十分にフェアであるとか,野党はそういう不利を乗り越えていくもんだ,と考える人には必要ないかもしれないが,それがマジョリティとはあまり思えない。また,たとえばしばしば取り上げられるように「年齢別選挙区」とかそうだけど,誰かにとって今の選挙制度が不利だから,それを積極的に是正してちょっと有利にしてあげるって改正をというのはあんまり望ましくないと思う。たぶん衆議院だけ見直してもまた同じようなことになるだろうし。あくまでも政治の正統性を回復するために,選挙を「フェアなゲーム」にするルールを検討しなおす時期になっているのではないか。

*1:より詳細には拙著『民主主義の条件』をご覧ください。

民主主義の条件

民主主義の条件

*2:地方についてのより具体的なお話はこちら