行政学の位置

第3クオーター終了。行政学A,採点はまだだけど。Google classroomを使った完全オンデマンドで,学生のみなさんとはインターネット以外の接点がない授業だったが,個人的にはかなりのエフォートを使うことになり,それなりに満足したところもある。動画はだいたい75分で揃え(作るのに結局3-4時間かかる…),おそらくこれまでの授業よりも各回ごとにきちんとオーガナイズできた。Google formを使った小テストはそれなりの散らばりもあり,ぜひ今後も使いたい。テイクホーム試験はこれから採点するのは正直しんどいが,ざっくり見た感じこちらもそれなりにバラつきが出そうではある。動画準備・小テスト準備とか(採点も)かなりの労働強化の成果なので,この一年で終わりにするのは惜しいところ。

今年の行政学の授業は,本当にたまたまなのだけど,これまで10年くらい毎年マイナーチェンジしながらやっていた内容を完全に刷新しようと思っていたときにあたり,スライドから作り直すことになった。もともとはJ-E. LaneとかのPrinciple-Agent理論をもとにした講義ノートを自分で作っていて,それにベースが同じと言える曽我行政学(これは間違いなく素晴らしい教科書です)の内容をところどころ加えつつ,新しく面白い成果があればそれも紹介する,って感じでやってきたけど,飽きてきたというか気分を変えたくなってきたというか。

そこで選んでみたのが,Owen HughesのPublic Management & Administrationというオーストラリアの教科書。基本的には,Weber, Wilson, Taylorなんかをベースにした伝統的行政管理モデルから公共経営モデル(NPMともちょっと違う)への移行としていろんなものを説明して,Principle-Agentも重要なんだけども,曽我行政学とかより経営学的な色彩が強い感じ(ただアカウンタビリティは最も重要なコンセプトのひとつ)。章のタイトルとして,経営戦略Strategic ManagementとかサービスデリバリーService Delivery,技術の変化と行政Management with Technology,財政と業績管理Finance and Performance managementみたいな項目がたってるのは日本とずいぶん違うというか。正直,全体的にこれまで教えてきたことと違うかというとそうでもないんだけど,この手のコンセプト,特に戦略とプログラムについてこの教科書で書いてることを理解してまとめるのは結構大変だった。内容で印象に残ったのは,組織全体で問題になるような「戦略」みたいな概念では,外部との関係/外部をいかに変えるか,みたいなことが問題になるのに対して,プログラムというとPPBSみたいに全体最適を目指すわけじゃなくて,個々のプログラムごとの業績評価して手直ししていくっていう発想が強いんだなあ,と。いろんな意味で閉じた体系としての行政組織という観念を維持するのは難しくなってきたんだろう,と感じたというか。

Hughesの教科書で,多分一番重要なのは,政治から一定の権限移譲を受けた行政官であるPublic Managerが,外部環境を考慮し組織の資源を計算しながらマネジメントを行う,というコンセプト。Public Managerは,政治からある程度自律的な専門家で,外部人材との交換可能性なんかも前提とされている。政治行政二分論的な政治が全部責任をとって行政官は政治に従う,みたいなモデルはもう現実的じゃないから,行政官であるPublic Managerが個人としても責任を負って,透明性を向上させるとかでそのアカウンタビリティを改善していこうね,という議論である。で,これって日本で1990年代以降進められてきた改革――政治主導で行政は政治に従う――の逆なんですよね…。いろんなものを集権化して政治家がちゃんと責任をとるんだ(選挙で選ぶんだ),という話が強調されていて,しかもその背景にはいわゆる「官僚優位」で国士型官僚みたいに目される官僚が政治家をないがしろにしてたのは悪,みたいな認識がある。何ていうか,この20年・30年くらいで,伝統的行政管理モデルの再生を図ってきた,と言ってもいいのかもしれない。で,結果として「行政の中立性」みたいな観念がぐちゃぐちゃになってきたというか。今年出版された,嶋田博子『政治主導下の官僚の中立性』をそういう文脈で読むと非常に味わい深い*1

こうやって眺めていくと,日本の行政学の位置づけって非常に難しい。たぶんこの「伝統的行政管理モデルの再生」が試みられていた時期ってのは,政治学で用いられているPrinciple-Agent理論を基礎にして,さまざまなかたちで日本の行政を「説明」し直してた時期でもある(僕もそうしてる)。で,たぶんその「説明」はそれなりに出来てるんだと思うんですよね,「説明」は。じゃあ規範的にどういう行政が望ましいか,みたいなことを考えたとき,P-A理論をベースとしてアカウンタビリティの改善を図るべきだ,という文脈で主に政党政治の再生が大事だとなるわけですが(少なくとも僕の場合は完全にそう),行政に内在的な形で何か言えるかというとそうでもない。「説明」がある程度洗練されていく一方で,海外の行政の実践なんかを紹介する研究はめちゃくちゃ減っていて,何が重要な変数で,それを表現する制度はどんなもんか,ということに関する手がかりはいまいち見当たらない*2。地方政府レベルでの行政について検討・紹介する研究はある程度あっても,海外の話とはちょっと断絶していて(地方自治の話はどの国でもそうだと思う)理論的なフィードバックがなかなか難しい,と。例えば入江容子『自治体組織の多元的分析』とかは,組織のフラット化を始めたとした重要な組織改革について扱っている類書のあんまない大事な研究だけど,そういう改革が入るところから話が始まる感じがあって,プログラム評価とかデジタル化とつなげながら組織のフラット化や事業部化みたいな議論をするHughesの教科書とはやや距離があるように感じるというか。

僕がこういうのを感じたのは,PHPの統治機構研究会で報告書を作ったとき。改革というときにやっぱり政治主導/内閣主導ということが強調されていて,政党政治の再生によるアカウンタビリティ改善は間違いなく重要だと思いつつ,それだけなのかと違和感を感じる部分がありつつも,うまく言語化できないなあ,と思ってた。その意味では,オンライン講義の準備は非常に大変だったけれども,ちょうどいいタイミングでいいきっかけになる教科書を扱うことができたなあ,という感想はある。またしばらく今回の講義ノートをベースにしながら,自分でも似たような研究(たぶん地方レベル)ができたらなあ,と思うところ。ちょうどこれまでの研究をまとめる作業もしているので,いい転換点になるような気がする。 まあそういいつつ,これから2年間はひたすら管理業務/事務作業が待ってるので何もできませんが。

Public Administration & Public Management

Public Administration & Public Management

  • 作者:Lane, Jan-Erik
  • 発売日: 2005/09/22
  • メディア: ペーパーバック
 
行政学 (有斐閣アルマ)

行政学 (有斐閣アルマ)

  • 作者:曽我 謙悟
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
Public Management and Administration

Public Management and Administration

  • 作者:Hughes, Owen E.
  • 発売日: 2017/12/11
  • メディア: ペーパーバック
 

*1:本書の英語タイトルがNeutralityではなくImpartialityであるところもまた非常に味わい深い。

*2:たぶん例外的にこの点に意識的だったのは牧原先生の『行政改革と調整のシステム』じゃないか。 

行政改革と調整のシステム (行政学叢書)

行政改革と調整のシステム (行政学叢書)

  • 作者:牧原 出
  • 発売日: 2009/09/01
  • メディア: 単行本