日本政治史/政治学史

日々の業務に追われてなかなか頂いた本を紹介しきれていないのですが,最近も非常に興味深い本がさまざま出版されています。ちょっと前ですが,駒澤大学の村井良太先生からは『市川房枝-後退を阻止して前進』を頂いておりました。ありがとうございます。市川房枝というと,もちろん平塚らいてうなどと並んで戦前から戦後にかけての女性運動の中心的な人物と知られているわけですが,彼女が戦前女性運動に従事していくところから,戦前の政党政治の中で女性選挙権の獲得を目指す運動を展開し,公職追放を挟んで戦後の議会政治家として活躍する軌跡が描かれています。

本書では彼女が政党を中心とした民主政治を深く信頼してその実現を目指すとともに,個人としては政党に所属せずにあくまでも好ましい政党を選ぶ・育てるという姿勢を貫くところが印象的です。そういう姿勢は,ある政党に属しながら政党政治の発展を目指すような姿勢と比べて,わかりにくいところもあるわけですが,民主政治の実現というメタな目的を掲げていることに加えて,婦人参政権を中心とした女性の地位向上を目指すときに,はじめから一党一派に偏らず*1,望ましい政策を提示する政党を選ぶということで政権党を含む全ての政党にプレッシャーを与えていくという戦略だったと理解されます。女性の権利に限らず,権利獲得を目指す運動はしばしば先鋭化しがちなわけですが(そして本書でもそういった路線対立が出てくるわけですが),「どの政党を支持するか」を空白にしておくことで政党間競争を促すということも重要な戦略なものです。そういう観点からも興味深く読むことができる本だと思います。 

 五百籏頭真先生と井上正也先生から『評伝 福田赳夫』をいただきました。ありがとうございます。関連資料や関係者へのインタビューに加えて,ご本人の「福田メモ」を用いて構成された大著で,福田赳夫幼年時代から晩年までの事績が非常に詳細に記されています。個人的に一番興味深いと感じたのは(たまたま関連の仕事をしてたから,という気もしますが…)8章の1965年不況に対応して戦後初の公債として赤字公債を発行するということでした。大蔵省を中心とした均衡財政主義を捨てて公債政策を導入する,というわけですが,財源不足を簡単に建設公債で埋めるのではなく*2,敢えて特別立法を制定して赤字公債を発行するわけです。あくまでも税収の落ち込みに対してその不足分を赤字公債として賄い,それを好況時に数年かけて返していく(9章)という話になります。それを実現するためには政治の側の歯止めが必要で,福田はその歯止めになったという自認があるわけです。その後は皮肉なことに,福田が「経済総理」をやっていた三木政権とその後の福田政権を皮切りに,赤字公債がすごい勢いで増えていくわけですが。 

 御厨貴先生・牧原出先生からは『日本政治史講義-通史と対話』を頂きました。ありがとうございます。放送大学の『日本政治史』で用いられた印刷教材をもとにして,両先生の「対話篇」で行われる放送大学の放送教材を書き起こしたもののを加えるユニークな教科書です。もともと映像を使っている放送教材ですが,言葉で書き起こしたものでも十分に雰囲気が伝わる非常に面白い試みだと思いました。僕も放送大学で講義をしているのですが(公共政策),教科書=印刷教材を書いたうえで授業をしようとしても,まあ基本的に印刷教材に書いてることを説明する感じになるんですよねえ。この本のように,印刷教材で扱いきれない部分を授業で説明するというのは理想的な話です。だいたい美味しいところは教材の方に書いてしまってるわけで…そこを「対話」を使って成立させるのは本当に面白いと思いました。また,御厨先生には,『日本政治 コロナ敗戦の研究』もいただいておりました。こちらは日本経済新聞の芹川さんとの「対話」を通じて,今回の新型コロナウイルス感染症への対応の困難について論じておられるものになっています。 

帝京大学の渡邉公太先生から,『大正史講義【政治篇】』を頂きました。ありがとうございます。 多くの先生方による分厚い新書で,これまでの昭和史講義(全7巻!)と明治史講義と並ぶちくま新書のシリーズです。本書については,前半は伝統的な政治史で,後半はどちらかというと社会史・社会運動史に近いような感じでしょうか。渡邉先生はいずれも後半の,「排日移民法抗議行動」と「破綻する幣原外交ー第二次南京事件前後」について書かれています。なかなか「大正史」というかたちで捉える機会はないのですが,勉強させていただきたいと思います。 

 関西学院の宗前清貞先生からは,『日本政治研究事始め-大嶽秀夫オーラル・ヒストリー』を頂きました。10回にわたるインタビューをまとめられたもので,本書では大嶽先生が「東大法学部」はじめ割と好き嫌いの話をされているので,本編ではもっとすごいのかなあという想像をたくましくしたところがあります。僕自身は大嶽先生と面識もなく,それほど熱心な読者というわけではないのですが,それでも読んだことがあるものと,いろんな方から聞く話が交差していて面白かったです。やはりいろんな人の影響を与えた/影響を受けたっていう話が多くて,なるほど「権力」について研究されてきた大嶽先生の見方なのだなあ,という印象を受けました。

大嶽先生が研究者としていろんなことに挑戦し,国際的なネットワークを作ろうとしていたということは,今から見ても純粋に見習うべきだと思います。もしシカゴ大学で学んでいたピーターソンの勧めに従って,大嶽先生が英語の論文を国際雑誌に投稿されていて,それが掲載されていたら,その後の日本政治研究はどうなっていたんだろう,という気もします(あと,個人的にはせっかくなんで宗前先生の解題も読んでみたかった,というところもありました)。

 最後に,本じゃなくて抜き刷りなんですが,立命館大学の加藤雅俊先生から,「個人史としての現代:政治・都市・地方自治研究を語る」という加茂利男先生のオーラル・ヒストリーをまとめたものを頂きました。ありがとうございます。加茂先生は,政治学の分野における都市政治研究を長く続けてこられて,私個人も非常に影響を受けた方なので非常に興味深く読ませていただきました。『大阪』を書いたときも,その後続けている(今まとめている)都市研究についても,どうやってまとめていこうかなあと考えているときに加茂先生が昔やられたお仕事がヒントになって展開しているところがあります。体調を崩されて研究から離れられているということですが,感染症が落ち着けばまた研究のお話をしたいところです。

 

 

*1:婦人参政権運動はしばしば労働運動と結びついて左派政党のイシューになる傾向がある,という背景があります。

*2:建設公債原則のもとで,公共事業費の方が多ければその枠内で建設公債を発行できる,と。