野党の戦略

10月31日に行われた総選挙では,まあ事前の予想にされたように――というか政党支持率を反映して――自民党単独過半数を超えて,野党には厳しい結果になりました。野党のほうには直前には菅総理の不人気があって,これなら勝てるのではないか,という期待があっただけに,立て直しがなかなか大変なところかと思います。30日には立憲民主党の代表選挙も行われるわけですが,新代表が次にどういう戦略を描こうとするのか,というのは立憲民主党だけではなく,日本政治にとっても重要な話かと。

そういった野党の戦略・野党のあり方について考える好著を頂いておりました。まず慶應義塾大学の清水唯一朗先生の『原敬』です。原敬といえば政友会を率いて日本における政党政治の基礎を作った政治家ですから,基本的には(現在の自民党につながる)政権に近い政治家というイメージを持っておりました。同時代的にも合理的な志向を持った切れ者,悪く言えば政治的マヌーバリングに長けた政治家,というように見られていたと思いますが,本書で描く原敬は,少ないチャンスに挑み,その失敗を含めた苦労と挫折を重ねながら政党政治のダイナミズムを生み出していく「野党」味のある政治家のような印象を受けます。特に藩閥政治のボスである山縣有朋と対立しながらも,政友会の総裁として政権への地歩を固めていく第5章を非常に面白く読みました。そこでは原が,アウトサイダーである政党を率いながら,「是々非々」で政友会への信頼を高め,自らへの求心力も高めていきます*1。このような原の歩みは,現代の野党にとっても考えさせられるところがあるのではないかと。ただもちろん,原だけではなくて,元老世代ながら「元老後」の次世代を見据えた行動をとろうとする西園寺公望,そして原と並ぶかたちで憲政会を率いる加藤高明,というアクターも必要になるわけで,そのあたりが現代日本では難しいところなのかもしれませんが。このあたりは,村井良太先生の『政党内閣制の成立』を思い出すところでもありました。

もうひとつ,善教将大先生から『大阪の選択』を頂いております。ありがとうございました。こちらは出版前にコメント依頼という形で読ませて頂いて,実はそれから1年弱くらい経っているのですが,そこからぐっと完成度を上げてこられてすごいと思います(自分はだいたいコメントの部分を修正するとそこで力尽きるのですが(苦笑))。前著『維新支持の分析』がとても好評だったことを踏まえて,二回目の住民投票を中心に分析した内容を,有斐閣から一般書とし出版したものです。近年の因果推論の手法の発展を踏まえたもので,必ずしも説明が簡単ではないようなところも丁寧に整理され,データもうまく可視化されているために,一般書として広く読まれるものになっています。「維新はどういう人たちに支持されているのか」を踏まえて「なぜ二回目の住民投票で否決となったのか」を探っていくストーリーが明確に示されていて,それを因果推論の手法で具体的に肉付けしていくようなかたちになっているので,手法を実際に活かすお手本/モデルのようなものとして読めるとも思います。そのストーリーの主要部分を書くのはネタバレのような気もしますが,要するに維新は少数のコアな支持者の支持に支えられている政党というよりは,多数のときに移り気な支持者によって支持される傾向が強いこと,そして賛否が拮抗し情報の洪水になっているような二回目の住民投票の中で,数少ないキュー(手がかり)が有権者を動かすことで優位に見えた賛成側が敗れたこと,が論証されていきます。

今回の衆院選議席を伸ばし,再度注目されることになった維新ですが,その支持層とはどのようなものかを考えるためにも必読の研究と言えるのではないでしょうか。あと宣伝ですが,『中央公論』の2022年1月号では,善教さんと私で,総選挙における維新をはじめとした野党についての対談をしてます。

 

*1:なお「是々非々主義」という言葉は,原が軍閥藩閥とみられた寺内内閣とそれを攻撃しようという犬養率いる国民党の間で,形式にとらわれずにまずは中立路線をとって,是は是,非は非として公平無私の態度で臨むと表明したところから生まれているそうです。