分散化時代の政策調整

広島大学小林悠太先生に『分散化時代の政策調整』を頂きました。ありがとうございます。本書は博士論文をもとにしたものですが,小林さんは修士課程の時に大阪大学で副査として指導をした大学院生で,実は副査などをしていた大学院生が書いた初めての著作ということもあって個人的にも感慨深いです。内容としても,修士論文やその後の論文から非常に大きく展開した議論をされていて感銘を受けました。

本書で扱っているのは,内閣府を中心とした「政策調整」と呼ばれるものです。「呼ばれるもの」ってよくわかりにくいですが,これは制度っていうものでもないし,現象っていうのとも違うだろうし,取り扱いがしにくいものです。しかし従来から行政学のコア概念のひとつであることが意識されているもので,政策決定において様々な組織・機構が複雑に絡み合う現代行政においてその特質を解明することには大きな意義があります。

本書では,この重要な問題についての最近の先行研究の整理を丁寧に行ったうえで,まず近年の日本の行政において「局」「課」ではなく「室」という単位が重要になりつつあること,つまり官僚組織における基礎単位が縮小していることを論じています。「分散化」という話ですが,これはきちんと言われていないと思いますが,うまく示すことができていると思いました。内閣府について論じた章では,これも多くの人がきちんと議論していない共生社会担当政策統括官の機能について論じていますが,実は「総合調整」を任務のひとつとして設置されたこの組織が「共生社会政策」と呼ばれる政策領域を開拓する可能性があったこと,しかし実際はそうならなかったことが観察されています。さらに,共著で書いたテーマとも近いですが,内閣官房にかかる政策会議の機能が分析され,官房長官周りが重要になっていることが指摘されていました。

読者としての感想ですが,本書で最も重要な主張を端的に書いているのは131頁の「内閣官房内閣府が拡大した理由が,「首相の権力」の拡充ではなく省庁官僚制や政策自体の悪構造に由来するのなら,政官関係の変化や政治過程の集権化がもたらすゆがみを解消したところで,それだけでは問題の解決策にならない」というところではないかと思いました。要すれば,専門性が重要になる中でジェネラリスト中心の官僚人事システムということが決定的に難しくなっていて,その中でやっていくためにたこ足のように調整システムを広げていかないといけない,ということではないか,と思います。本書のパースペクティブから言えば,仮に首相の権力が十分に強くて統合できるなら,共生社会の政策統括官は社会政策担当として進化を遂げる可能性もあったのかもしれません。しかし,ここから構造化された何かが取り出されることはなく,もう一回「調整」のためのハコとして利用されることになっていったわけですが。

まあ正直言ってマニアックなテーマで,取り上げられている調整の「質」について考えるのはなかなか骨が折れるところです。しかし,中央省庁改革から20年たって,日本の省庁制における調整という極めて重要ではあるけれどもわかりにくいテーマについて,改めて考えることの意義をよく示したものだと思いました。