現代政治←→歴史

インターネットが広く普及して(という枕詞を書くといかにもおっさんですが)研究手法は大きく変わりましたが,最近だとオンラインでのインタビューやネットに公表されていた資料の収集整理なども系統的に考えていかないといけないように思います。そういう意味では,現代政治の研究が歴史研究に近づいているようなところもあるような。

著者のみなさまからいただいた『検証 安倍政権』は,歴史を分析するような手法を意識しながら直近の現代政治について検証したものと言えるように思います。50人以上に上る政権関係者のインタビュー*1を利用しながら,直近の政権である安倍政権について分析が行われています。媒体は新書ですが,各章はそれぞれ普通の研究の研究論文として書かれているような重厚な内容だと思います。各章非常に興味深いのですが,個人的には特に中北先生が書いた官邸チームの話と,寺田先生の5章を中心に全編でちょいちょい出てくる農政関係の話が特に勉強になりました。今後,新たにいろいろな文書などが公開されて安倍政権の研究は広がっていくんでしょうけど,まず読まなければいけない本ということになるでしょうね。やっぱ名前出しでインタビューに応じている人のストーリーは強めに出てるような印象もあるので,インタビューの記録も何年かしたらどっかに寄託して読めるようにして欲しいものです。

執筆者の小宮京・出雲明子・笹部真理子・岡野裕元の各先生から『官邸主導と自民党政治を頂きました。ありがとうございます。こちらは小泉政権期の自民党政調会の資料や勤務されていた人へのインタビューやメモを利用しながら歴史的な分析を行っているものです。当時大学院生をやっていた私のような世代の人間には,ああ小泉政権も本格的に歴史学の対象となるか…という感慨を覚えるところです。全体として,しばしば諮問会議中心に語られる小泉政権の「双頭の鷲」(by清水真人さん)のもうひとつの頭の方を明らかにする重要な試みかと思います。読ませていただくと,改めてこの時期の政権を考える上では,与謝野馨という人がポイントであったような気がします。その与謝野に近い清水さんが「平成デモクラシー」語り部になっているのは必然というべきかなんというべきか,という気がしますが。

その清水真人さんからは『憲法政治』をいただいておりました。ありがとうございます。安倍政権下での憲法改正への挑戦についての記録,というところがありつつ,「平成デモクラシー」と接続する形で憲法の議論を論じるものになっています。憲法は,法律を中心とするさまざまな決定を生み出すルールであり,憲法改正はそのルール自体を変えるメタ決定なわけですが,それが通常の決定と並行して行われることに難しさがあるわけで,本書ではそれに対する挑戦を鮮やかに描いていると思います。ところどころで統治機構としての天皇の話が出てくるのがとても良いところだと思います。書かれているとおり,天皇は重要な統治機構なわけですが,関係の議論をされている人は必ずしもそういう意識があるわけではないように思います。おそらく現上皇が非常にリベラルな方であることも含めて「平成デモクラシー」に通奏低音のように影響があったように思うのですが。

日本で統治機構改革というと選挙制度改革が注目されがちで,特に一票の較差の問題が強調されます。岩崎美紀子先生からは,『一票の較差と選挙制度』を頂きました。本書では,国際比較を踏まえたうえで衆議院の一票の較差の問題を中心に日本の選挙制度の特徴について議論していきます。特に,岩崎先生もかかわられた2016年のアダムズ式の導入について書かれた5章の政治過程が興味深いのではないかと。その他にも,参議院や地方議会選挙の選挙制度が抱える問題とその改革,自書式の廃止や政党の活性化などについても議論されています。

『官邸主導と自民党政治』の執筆者でもあった岡野裕元先生からは,『都道府県議会選挙の研究』をいただいておりました。本書は1959年以降の都道府県議会選挙の結果を丹念に分析した大変な労作かと思います。膨大なデータを収集・整理されたこと自体大きな貢献だと思いますし,1970年代までの人口移動の激しさを反映した選挙区定数の変化など,改めて気づかされたことも多く勉強になりました。本書では,選挙区定数ごとの違いなどを中心に,選挙結果に絞って禁欲的に分析されていたと思いますが,今後,こちらのデータで長い期間の経時的な変化を追われているのを利用して変化の原因などについて議論されていくと,さらに興味深い知見も得られるのではないかと思います。

早稲田大学の渡邉有希乃先生からは,『競争入札は合理的か』を頂きました。予定価格制度や指名競争など,複雑でしばしば腐敗の温床とされる日本の入札制度について,近年ではよりオープンな競争入札の必要性が強調されるものの,現存の制度は限られたリソースの中で一定の手続き的な合理性を満たしているものではないか,という議論が展開されています。多くの制度研究は,制度の生成や変化に焦点を当てることが多いですが,なぜそれが存続しているのかについて丁寧に論じることもまた重要だと思います。本書の場合は,政府・公務員の側から見た入札制度について議論されていて,特に自治体担当者への意識調査を行った4章は重要な貢献かと思います。オープンな競争入札の導入は重要な論点ではありますが,本書の分析は,政府が限られたリソースで入札制度を運営しているという視点を踏まえたものでないと新たな問題が生じる可能性が高い,ということを示しているように思います(実際起きつつあるようにも思いますが…)。

*1:オンラインとは書いてないんですが,こんな短期間でやるには相当程度オンラインじゃないと無理でしょうね…。