陰謀論

京都府立大学の秦正樹先生から『陰謀論』を頂きました。どうもありがとうございます。拙著のあとがきにも,本書のあとがきにも書いていますが,秦さんは私が大阪市立大学に常勤教員として着任して初めて持った「行政学」に出てた学生の一人で,彼が当時神戸大学大学院に進学しようとしていたこともあって当時から長く付き合いがある人です。秦さんはすでに計量政治学,そしてこの陰謀論という新しいテーマの研究でよく知られる人になっていますが,個人的にはいわば初めて担当した学生の一人でもあるので,その初の著書というのはちょっとした感慨があります。

本書については,やはりタイトルのインパクトが強く,そして中公新書の帯も非常に印象的です。そして,世界的な流れでもありますが,陰謀論というのがこれまで必ずしも学術的な研究の対象として注目されてこなかった中で,それをきちんとした手続きを踏んだ分析の対象として扱う,というのはチャレンジングな試みだと思います。ポイントはやはり個々の陰謀論の内容について精査するとかそういう話ではなく,人々がどのように陰謀論を受容するか,という形で分析していくところにあります。しかし陰謀論とされるものを信じてるというのは多くの人にとってなかなか認めがたいところもあるわけで,通常の調査とは異なる手法で調査を行う工夫が必要になってくるのですが,そこは秦さんが培ってきたサーベイ実験の手法を用いて迫っていく,と。どのように工夫していくかはまさに本書の読みどころの一つだと思います。

そうやって工夫して行われる分析は,読者の予想や期待を裏切ってくる興味深いものがあります。第2章では,しばしば陰謀/論の巣窟とされるTwitterのようなSNSの利用が必ずしも陰謀論的な信念を高めるわけではない(特に若年層で),ということが示されます。他方で第三者効果,つまりTwitterを使っている自分以外の人たちが陰謀論的信念を受容しているだろうと考える,というのはもはや却って皮肉の効いた分析結果ともいえる気がします。また,第5章では,一般に陰謀論に対して耐性があると考えられやすい政治知識を持った人々が,却って(政治への関心から?)それらしい陰謀論を受容してしまう,ということが示されていますが,これも通常の予想とは違うものになっていると思います。

3章・4章で分析されている日本における「保守」「リベラル」と陰謀論の関係はとても示唆的なところが多いと思います。日本では,イデオロギーなんていうのは政党も絡むしあんまり関わりたくないものだ,と敬遠されることが多いような気もしますが,本書の分析を読むと,ざっくりしたイデオロギーで政治について適当な認知をしておくというのはそれなりに意味のある事のように感じます。もちろん,イデオロギーに深くはまり込んでいろいろな現象についてそこから動機づけられた推論motivated reasoningを行うことの危うさは本書でも繰り返し指摘されているわけですが。適当な認知をするのが難しくて,自分で調べたものとしてはまり込むか全く無関心か,というのもなかなか不安定な話で,ざっくりしたイデオロギーを提供できる程度の政党の存在意義を示すという民主主義への含意もあるように感じます。もっとも,これも他の研究から政党について考えることが多い自分自身のmotivated reasoningかもしれませんが。