現代日本の新聞と政治

東北大学の金子智樹先生に『現代日本の新聞と政治』をいただきました。ありがとうございます。博士論文をもとにした書籍で、非常に丁寧に構築されたオリジナルのデータセットをもとに、日本の「地方紙」に注目しながらメディアと政治の関係を分析するものです。僕自身はメディアの研究を全然わかってませんが、特に地方政治に関するところを中心にとても興味深く読ませていただきました。

本書のユニークなところは、昔ながらな地道なコーディング(要するに読むということです)から、計量テキスト分析を使ったトピックの分類まで、いろいろな方法を使いながら地方紙の論説をカテゴライズしてデータセットを作っていく点でしょう。具体的に使われているのは、50年間の各紙の憲法記念日の社説と、2017~2018年の時期の1年間の社説です。ここから使われている単語などを使って類型を整理していくわけですが、難しいのは共同通信の扱いです。地方紙の中には共同通信の論説資料を「利用」するところもあるので、その影響をどのように扱うかが問題になるわけです。この点については、共同通信を通じてどのくらい社説が似ているか、という指標を使いながら処理し、どういう地方紙が独自の社説を書いているか、といったことも明らかにしていきます。社説の傾向として、保守-リベラルかどうかも検討していくわけですが、北海道新聞、神奈川新聞、信濃毎日新聞愛媛新聞琉球新報沖縄タイムスあたりがリベラルとして出てくるのはまあやっぱりそうなんだ、というところもあるのではないでしょうか。さらに近年の社説の分析からは、左右軸だけではなく、中央-地方軸を析出しているのも興味深いところです。

そして、本書での最も重要な分析は、やはりこのような複数の複雑なデータセットを前提とした5章でしょう。普通の論文ではデータセットの説明だけで紙幅が尽きてしまいそうですが、それを前提としてより深めた分析をされたのはブックレングスの成果発表の価値を高めるものだと思います。そこで示されるのは、購読新聞の左右/中央地方の傾向が政党選択(自民党への投票)と相関があるということです。つまり、右寄り・地方よりの新聞が強い地域で自民党が強いということです。これはとても重要な発見で、特に都市化度の低い、新聞選択が難しい地域で効果がある(あった)というのは説得的にも感じました。本書ではきわめて謙抑的に書かれてはいましたが、新聞メディアを選べない中で新聞の論調が累積的に意味を持つことを示唆しているようにも感じます。 

他の章も、著者がかかわってきた東大朝日調査や著者自身の独自調査を踏まえた興味深い分析が行われています。新聞自体が民間の経営主体による収益事業であって、ライバルとの競争関係を考えながら収益を求めて運営されないといけない一方で、その存在は有権者の政治的な判断に長期的な影響を与えることもあります。競争環境が歴史的に形成されてきたことを示す分析(6章)や、突然新聞が廃刊になった事例から新聞が有権者の投票参加に与える影響を検討した分析(7章)は、そのような収益事業でもアルメディアのあり方や意義についての知見を提供するものであると感じました。新聞社が何をするべきかについて直接的な含意があるというわけではないでしょうが、社会においてどういう存在であるべきかを考えさせるものとなっているように思います。