政治史研究

年末は休みが短いもののオフにするぞ,と思ってシャットダウンしたらなかなか再起動できないままに1月も半ばになってしまいました。大学行政関係の仕事とルーティンの調査をやっているだけでアップアップという感じですが,リハビリを兼ねていただいた本の紹介を。ここのところ政治史の研究書をよくいただいておりました。

青山学院大学の小宮京先生からは『語られざる占領下日本』を頂いております。ありがとうございます。ハーバード大から内務省ノンキャリとして入って戦後は警察のトップに行った谷川昇,戦後直後の知米派としての三木武夫,河井弥八日記から見るフリーメイソン,そして小説吉田学校田中角栄,とどれも非常に興味深い4つの章から,これまでに十分明らかにされてこなかった戦後日本の苦闘について論じるものです。個人的には三木の章が面白かったです。三木があまり英語をしゃべるイメージはなかったのですが,アメリカ滞在経験を軸にGHQとつながっていくというのはあんまり考えたことがなく,従来とずいぶん違う戦後史の見方のもとになると思いました。やはり従来といえば,白洲次郎もありますが,宮沢が英語通として出てくるイメージが強いと思うのですが,本書ではそんな感じで宮沢が出てくることはなく,自分自身が持っているイメージは「保守本流」の宏池会(というか文書を残していった官僚なのかもしれません)が中心に形成されているんだろうなあという感じを受けたところです。

大東文化大学の若林悠先生からは『戦後日本政策過程の原像』を頂きました。ありがとうございます。こちらは修士論文をベースにしたものということですごいですね。前著は気象行政に注目した行政史,今回は海運(計画造船)に注目した政策史ということで,必ずしも盛んに研究されるテーマではないわけですが,行政史・政策史における意義付けが明確にされているうえで,非常に手堅い資料分析をされているもので興味深く読みました。社会の側から政府に対して何かを求める運動が生じ(この場合は造船のための資源配分),それが政策過程の中で制度化されていく過程を描き出しているわけですが,意義の一つとして以下のように「議員・政党の介入」「非難回避」という本書の分析視角の有効性が挙げられているわけですがこれは現代においても非常に示唆的だと思います。今ってそういう「運動」はあんまりないのかなあ,どうなんだろうと思っていたところですが,「アベノミクス」はそうなのかもしれません。

「議員・政党の介入」の視角が,制度や政策に対する既存秩序を流動化させ再編成を図る政党側の論理(政治の論理)を象徴するものであり,「非難回避」の視角が秩序を合理的に維持しようとする官僚制側の論理(行政の論理)を象徴するものとすれば,二つの分析視角を用いることは,政治と行政の交錯過程を顕在化させるうえでも有益であった。

連想ゲームみたいにやや飛ぶのですが,科研プロジェクトでご一緒している帝京大学軽部謙介先生からは『アフター・アベノミクス』を頂きました。歴史資料に基づく政治史というよりはジャーナリストとしてインタビューや公表された資料などを基にこの10年の「アベノミクス」を追跡されてこられた三部作の最後となります。最後は安倍総理の襲撃事件で幕が閉じるものとなっているわけですが。本書で描かれている過程は,アベノミクスがまさに既存の制度や政策を流動化させる運動であり,政治の側で金融から財政へと力点が変わったり,インフレ目標やPB目標の扱い方も変化させる一方で,行政の側が何とか平仄を合わせながら秩序を見出していこうと模索しているもののように読めました。

次に,版元の吉田書店から,稲吉晃先生の『港町巡礼』を頂きました。ありがとうございます。「港町からみた政治史」ということで,15の港町が一章ずつ取り上げられています。僕自身『領域を超えない民主主義』で港湾都市を扱っているわけですが,そこで出てくる函館・下関・大阪が扱われていますし,しばしば調査で関わりのある(あった)神戸や長崎といった都市が出てくるのも興味深く読みました。つい自分の本に引用するならどの辺だろうか,とか言う目線で読んでしまうわけですが,下関が北洋漁業の基地で,マルハニチロがらみで函館ともつながりがあるというのは十分に理解していなくて,それを知っていたらもう少し書くことができたかも…と思ってしまいました。最後のところで,港が国内政治と国際政治をつなぐ重要な要素であったものの,中央の政治過程で必ずしも重要な位置を占めたわけではなく,地方において政治と経済の狭間にいる企業家や地方政治家が重要になる特異性があるというのは面白い指摘だと共感しました。だからこそ地方政治のテーマにもなるのだろうというようにも思います。

次も吉田書店さんですが,帝京大学の渡邉公太先生から『石井菊次郎』をいただきました。渡邉先生はすでに研究書として石井菊次郎を中心に第一次大戦期の外交についての著作があるわけですが,今回はその中心であった石井の評伝を書かれています。僕自身の知識は(前も似たようなこと書いてますが)「石井・ランシング協定」の名前くらいしか知らないわけですが,本書では,陸奥宗光小村寿太郎という戦前の外交家を引き継ぐ存在として描かれています。有名な協定自体,本書の真ん中くらいに出てくるものであって,石井がその後国際連盟軍縮交渉などマルチの国際交渉で活躍しつつ,満州事変では「転向」とも批判されるような満州国擁護を展開していくところも描写されていきます。優れた外交官が国際協調を志向しつつも,自国の国益擁護が中心的な主張になっていくところは,あとがきにもあるように,国際平和の維持の難しさを示すものであるようにも思います。

こちらも帝京大学の中谷直司先生から『国際関係史の技法』を頂きました。ありがとうございます。国際関係史・外交史の方法論についての教科書で,理論的な説明だけではなくて,文書をどう使うかとか,検索の仕方や文献リストの作り方,具体的なメモやノートの取り方・使い方など実践的な方法についても触れられています。4章は1941年のアメリカの対日政策の解釈を具体的な事例にしていて,まさに上述の石井菊次郎の後半部分で対象としているところとも重なってくるものでした。自分もあるいは自分が指導している学生もなかなか国際関係史を直接研究することはなさそうですが,参考にさせていただきたいと思います。

昨年末にも紹介しましたが,東京大学の牧原出先生からは『田中耕太郎』を頂きました。ありがとうございます。東大教授・文部大臣・参議院議員最高裁長官・国際司法裁判所判事,というなんかすごいキャリアを歩んだ田中耕太郎の評伝です。特に戦後の最高裁長官時代の業績で,「反動」という評価がされることもあるわけですが,本書は田中をカトリックの信者というバックボーンをもつ独立した「自由主義者」としてそれぞれの仕事を描き出す,非常に興味深いものとなっています。日本政治という観点からは,文部大臣・参議院議員から最高裁長官,という辺りが面白いわけですが(今ではたぶんあまり考えられないキャリアだし),本書の白眉は国際司法裁判所判事時代の記述にあるように思いました。大臣も議員も最高裁長官もやった人が,若干畑違いで,しかもそれまでの権威もあんまり通じないようなところで仕事をするっていうのは想像するだに大変のような気がしますが,そこで法律家として,独立した個人として仕事をしていくところを描くのは,本書の「自由主義者」としての田中像を説得的なものにしているように感じるところです。

とりあえず最後(長い…)ですが,甲南大学の三谷宗一郎先生から,『戦後日本の医療保険制度改革』を頂きました。ありがとうございます。医療保険制度改革の歴史については,実は自分自身も論文を書いたことがある分野でもあって,とても興味深く読みました。制度改革を議論するときに,官僚として参照する「政策レポジトリ」があり,それを医療保険制度に関わる代表的な官僚であった吉村仁氏や和田勝氏が関わりながら作っていたというのはまさにそうなんだろうと思います。厚生官僚としては,やはり一元化というか負担の均霑への志向というのはあって,しかしながらすぐにそういうことはできないから(by吉村氏),その場をいかにしのぐ(大)改革をするか,ということが重要になるところがある,というのが浮き上がるように感じます。

本書の中心的なトピックではないのですが,医療保険制度改革が基本的に事務官の歴史になっているところが日本/厚生省らしいと感じるところがあります。現在のコロナ禍にもつながる問題ではありますが,専門家としての医系技官が制度改革とかで出てこないというのは重要な特徴だと思います。最後に少し唐突に出てくる入院事前審査の問題はまさにこの点と関連しているのではないかと思いましたが,医療行為への保険者的な規制をするという志向はもともと少なくて,この1990年代の事例はそれがスパッと抜け落ちることをうまく示唆したものであるように感じました。一元化が志向される一方で,保険者機能の強化みたいな話はなかなか出てこないわけですが,制度改革における医系技官の不在は,その背景に医療そのものをコントロールする意思と手段があまりない(意思はあってもお金を通じたコントロール)ことを際立たせるようにも読めました。

仕事納め

今日は学部で取れる人は有休をとるということで,実質的に昨日の授業で今年の仕事納め的な。今年は昨年に続いて管理業務を中心によく仕事をしたのではないかと思う。一応2つの学会事務局は大過なく引き継ぐことができ,教務委員長仕事も(こちらはバタバタとしているものの)来年度の授業計画がほぼ揃ってきたので,3月の終わりがようやく見えてきた。管理業務にめどがついてきた一方で,今年はいわゆる社会貢献的な業務が増えてきたような感じ。役所・民間を通じた審議会や研究会・勉強会などが多くなってきていて,色々難しさを感じることが少なくない一方で,できることがあればお手伝いをしたいと感じることも多い。ただこちらも割と重いのがあるのでもう増やせないけど。なんか12月に入ってからあんま元気なくていつの間にか12月が終わってしまった感じだし。

研究のほうでは,今年の前半,5月ころまでは単著の執筆・調整に可処分時間のかなりの部分を取られたほか,4月以降からイギリス国際共同研究が本格化してきたのが大きい。国際共同研究プロジェクトをあまりやったことがないのにマネジメント業務を仰せつかっていて,正直大変だけれどもコミュニケーションもふくめて勉強になる。10月には友人がエクアドルから来ていて関連の手続きやイベントなども増え,これまでになく英語を使う年になった。と言いつつ,英語で論文を書く時間はなかなか取れず,単著のほかは6月ころに『公共政策研究』への論文,8月に科研プロジェクトの論文を書いたというくらいが主な研究活動で,その他は割と長めのエッセイを『地方自治』『地域開発』『すまいろん』『UP』に書いたという感じ。著書は2019年の年末あたりにもうちょっと書いてまとめたい,と書いているわけだけど,そこからコロナ禍への突入もあり,結局3年弱かかったことになる。ただ一応これまでの研究に一つの区切りをつけることができたという感覚はあるので,来年は気持ちを切り替えて新しい研究に取り組みたいところ。なおその単著をはじめ,今年出版した書籍は以下の通り。

今年印象に残った本,というのを考えると,このブログで紹介してきた本をはじめいろいろ多かったのですが,新書で印象に残るものが多かったように思います。一冊というと難しいですが,最近牧原出先生に頂いた『田中耕太郎』は非常に面白かったです。対象となっている田中氏について一般的な知識しかもっていなかったのですが,さまざまな組織の中で中核的な役割を担いながらその組織を運営していく思想や方法が一貫して描かれているとても優れた評伝です。あとがきでも書かれているのですが,高い独立性が持った個人がいかに制度を運営させていくか,作動させていくかということを考えるときに非常に大きな手掛かりになるのではないかと感じました。個人的にも,最近ガバナンスやマネジメントといった概念に改めて関心を持つようになっているのですが,田中氏が文部大臣や最高裁長官として,一定の独立性・自律性を持つマネジメントを行おうとしているというのは,最近の日本ではあまり見ることができないタイプのマネジメントではないかと思います。その点で,「田中が忘れられていることに,日本社会で独立性を問い直す力の貧弱さが見て取れるともいえる」(283頁)というのは本当にその通りで,商法や国際法といった田中氏が直接専門としていた分野からではなく,行政学の観点からでないとこれを浮き彫りにできないことが非常に説得的であったのではないかと思うところです。

 

陰謀論

京都府立大学の秦正樹先生から『陰謀論』を頂きました。どうもありがとうございます。拙著のあとがきにも,本書のあとがきにも書いていますが,秦さんは私が大阪市立大学に常勤教員として着任して初めて持った「行政学」に出てた学生の一人で,彼が当時神戸大学大学院に進学しようとしていたこともあって当時から長く付き合いがある人です。秦さんはすでに計量政治学,そしてこの陰謀論という新しいテーマの研究でよく知られる人になっていますが,個人的にはいわば初めて担当した学生の一人でもあるので,その初の著書というのはちょっとした感慨があります。

本書については,やはりタイトルのインパクトが強く,そして中公新書の帯も非常に印象的です。そして,世界的な流れでもありますが,陰謀論というのがこれまで必ずしも学術的な研究の対象として注目されてこなかった中で,それをきちんとした手続きを踏んだ分析の対象として扱う,というのはチャレンジングな試みだと思います。ポイントはやはり個々の陰謀論の内容について精査するとかそういう話ではなく,人々がどのように陰謀論を受容するか,という形で分析していくところにあります。しかし陰謀論とされるものを信じてるというのは多くの人にとってなかなか認めがたいところもあるわけで,通常の調査とは異なる手法で調査を行う工夫が必要になってくるのですが,そこは秦さんが培ってきたサーベイ実験の手法を用いて迫っていく,と。どのように工夫していくかはまさに本書の読みどころの一つだと思います。

そうやって工夫して行われる分析は,読者の予想や期待を裏切ってくる興味深いものがあります。第2章では,しばしば陰謀/論の巣窟とされるTwitterのようなSNSの利用が必ずしも陰謀論的な信念を高めるわけではない(特に若年層で),ということが示されます。他方で第三者効果,つまりTwitterを使っている自分以外の人たちが陰謀論的信念を受容しているだろうと考える,というのはもはや却って皮肉の効いた分析結果ともいえる気がします。また,第5章では,一般に陰謀論に対して耐性があると考えられやすい政治知識を持った人々が,却って(政治への関心から?)それらしい陰謀論を受容してしまう,ということが示されていますが,これも通常の予想とは違うものになっていると思います。

3章・4章で分析されている日本における「保守」「リベラル」と陰謀論の関係はとても示唆的なところが多いと思います。日本では,イデオロギーなんていうのは政党も絡むしあんまり関わりたくないものだ,と敬遠されることが多いような気もしますが,本書の分析を読むと,ざっくりしたイデオロギーで政治について適当な認知をしておくというのはそれなりに意味のある事のように感じます。もちろん,イデオロギーに深くはまり込んでいろいろな現象についてそこから動機づけられた推論motivated reasoningを行うことの危うさは本書でも繰り返し指摘されているわけですが。適当な認知をするのが難しくて,自分で調べたものとしてはまり込むか全く無関心か,というのもなかなか不安定な話で,ざっくりしたイデオロギーを提供できる程度の政党の存在意義を示すという民主主義への含意もあるように感じます。もっとも,これも他の研究から政党について考えることが多い自分自身のmotivated reasoningかもしれませんが。

領域を超えない民主主義

宣伝ですが,新著,『領域を超えない民主主義-地方政治における競争と民意』を東京大学出版会から刊行させていただきました。東京大学出版会書籍紹介のページには詳細な目次が,そしてnoteでは冒頭の1章1節が掲載されています。

本書では,「なぜ日本では大規模に合併をやったりしてるのに,自治体間の連携はなかなか進まないんだろう」というような問いを考えていて,その理由を政治制度に求めようとしています。その話は基本的に1章で先行研究と日本の政治制度を中心に検討するかたちになっていて,ざっくりというと,いわゆる二元代表制,SNTV中心の選挙制度,集権分散的な財政システム…という辺りが地方自治体間の連携を困難にしているのではないか,そしてそのような政治制度が「民意」・正統性をめぐる競争を強く引き起こしてしまい,都市の活力を削いだり決定の安定性を損なったりしてしまうのではないか,といったことが論じられています。この辺は,日本語タイトルよりも英語タイトルFragmented Democracies: Competition and Legitimacy in Japanese Local Politics の方が感じが出ているようにも思います。

各章は,これまでにいろいろなところに書いてきたオリジナルな研究をまとめて整理し直したものです。必ずしも理論的に導いた仮説を各章で実証する,というわけではなく,設定したストーリーを,多面的に,なるべく立体的に検証しようと考えるものです。そういうスタイルで書いた研究書はこれで3冊目ということになり,地方政府の機関間関係,政党を通じた中央地方関係に続いて,今回は市をはじめとした地方政府間の関係についてまとめることになりました。それぞれの本では,元の論文をまとめる過程で,本を貫くコンセプトというものを意識していて,1冊目は「現状維持からの変化」,2冊目は「政党ラベル」が重要でしたが,今回は「分裂した意思決定」がそれになっています。考えてみると,1冊目はGeorge TsebelisのVeto Players,2冊目はJonathan RoddenのHamilton’s Paradoxに強い影響を受けたわけですが,今回はRichard FeiockのSelf-Organizaing Federalismや一連の論文,集合行為の裏側としての「分裂した意思決定」という感じですかね。自分でも一つくらいはそういうコンセプトを考えてみたいものです。

本書でとりあえずこれまでやってきた研究は一区切りかなあという感じがしています。不十分なところもたくさんありますが,『分裂と統合の日本政治』を書き終わったときのように次に何を書こうというアイディアや材料もない状態ですし。書くとしたらもう1冊,これまでの研究を基礎に中央地方関係を含めた福祉国家の話を考えたいと思うところですが,なかなか手掛かりもありません。最近は今更ながら行政学,公共サービスの分野についての関心が強くなっていて,ようやく2年にわたる管理業務も終わりが見えてきたので,しばらくはこの分野について勉強しながら少しずつ論文を書きたいなあ,と(福祉国家ともつながるかもしれないし)。まさに理論的には同じようなアプローチで,同志社大学の野田遊先生がPublic Administration Reviewから日本の自治体間連携(ごみ処理)をテーマに論文を出版されるという素晴らしいお仕事をされていて,それを見習いたいなあと思うところです。

 

国際関係いろいろ

頂いているものが色々溜まってしまっているのですが,最近の国際関係に関する書籍から。まず東京大学の板橋拓己先生から『分断の克服1989-1990』を頂きました。ありがとうございます。東西ドイツ統一期の西ドイツ・ゲンシャー外相の外交思想・政治指導を中心として統一までの過程を分析するもので,ドイツ政治どころか外交史について私は全くの素人ですが,それでもとても興味深く読むことができました。なるほどなあと思った,というか全く理解していなかったこととして,ドイツが統一することがどれほど周辺国に脅威として捉えられていたか,ということがあり,それをテコにして統一に向かっていくというストーリーは,私には非常に説得的でした。統一自体が既成事実化していく中で,統一されていくドイツをヨーロッパの中に埋め込む/NATOを通じてアメリカがドイツを抑えることにする,ということ通じてドイツの完全な主権が取り戻され,結果的NATOが「勝った」ようになったことで現代のロシア-ウクライナ戦争までの流れができる,と。もちろん,ウクライナとヨーロッパの関係とかも複雑なわけですが,現状を少しでも理解するために非常に参考になるご研究だと思います。

板橋先生からはさらに『民主主義に未来はあるのか?』もいただいておりました。こちらでは「現代ドイツの右翼ポピュリズム」というタイトルで,ドイツ政治で一定の存在感を見せるAfD(ドイツのための選択肢)のナチズムとは連ならない反リベラルという歴史的・思想的ルーツをたどる検討もされています。CDUという右派政党が長く強かったドイツでの右翼ポピュリズムの進出についての知見は,同じように自民党という右派政党が長く強い日本にとっても重要かもしれません。歴史から現代から幅広く興味深い研究で素晴らしいですね。

政策研究大学院大学の竹中治堅先生からは『「強国」中国と対峙するインド太平洋諸国』を頂きました。ありがとうございます。竹中先生は普段国内政治を分析されているわけですが,今回は対外政策の分析をされています。注目しているポイントは国内政治のときと同じく統治機構改革の効果であり,それは国内政策だけではなく対外政策の立案にも大きな影響を及ぼしたということが指摘されています。他の章では,QUADの国々を含め,その他の国と中国との関係が議論されていますが,まさに先ごろの中国共産党大会で三期目に入り専制色を強めたとされる習近平体制とどのように向き合うかを考えるためにも重要な本ではないでしょうか。

もうひとつ,船橋洋一先生から『国民安全保障国家論』を頂きました。ありがとうございます。ロシアのウクライナ侵攻などで安全保障進行が変わる中で,自助ができる国家とはどういうものかについての論考がまとめられています。外交・国際関係だけでなく,アジア・パシフィック・イニシアティブで原発やコロナなどの検証委員会を立ち上げ・運営された経験から,国内での危機にいかに自律的に対応するかということが論じられているのも一つの特徴かと思います。

日本政治:分析対象・方法の広がり

ちょっとですが,福岡工業大学の木下健先生に『政治家のレトリック』を頂きました。ありがとうございます。タイトルの通りですが,政治家がインタビューや国会審議などで話をしている内容だけでなく,やり取りの仕方とか逸話の紹介とか表情とかも含めて検討の対象とされています。テレビ討論番組や国会等の討議を独自にコーディングするというのはとても大変な作業ですし,また,顔の表情についてもデータ化しているというのは非常に興味深いものだと思います*1

私が十分に理解できているかは怪しいですが,全体として特定の主張を展開するというよりも,レトリックについての色々な知見を示しているという印象を受けました。その中でも,日本文化において対面を守る(フェイスへの脅威に対応する)ということが非常に重要な意味を持ち,コミュニケーションにおいて「笑み」が重要な役割を担っているというのは興味深いところです。個人的には,11章での,通常の閣法とは異なって野党議員が答弁者となる野党提案の議員立法の分析を通じて,同じ政党内での質疑には主張の理屈・根拠を示す効果があり,別政党からの質疑が建設的な議論を促すことを示唆しているところは面白いと感じたところでした。検証の方法やデータをもうちょい示してほしいとは思いましたが。

著者のみなさんから『自治体DX推進とオープンデータの活用』を頂きました。DXは個人的にも最近興味を持っているところで,初めの方のオープンデータ活用の流れの整理は有用だと思います。途中からは具体的なオープンデータとして地方議会会議録や選挙公約を使った分析が行われています。プロジェクトで開発されている会議録の検索・可視化システムである「ぎ~みる」の紹介・利用もあり,個人的には会議録を巨大な言語データとしてみて,方言のような言語表現やオノマトペについて分析する,というのがなかなか面白いと感じたところです。

原田久・深谷健・小田勇樹・河合晃一の各先生から,『検証 独立行政法人』をいただきました。実務担当の皆さんとの共同研究の成果として発表されたもので,個人的にも最近パブリック・マネジメントに改めて興味を持つようになっておりまして,非常に興味深く読みました。独立行政法人はデータをなかなかとりづらく,分析が簡単ではない中で,それでも取得できるデータから分析に取り組まれているというのはとても意義深いことで,他の研究者にとっても参考になると思います。

多くの論文で取り組まれているように,独立行政法人の自律性をどう考えるか,どう確保するかは非常に重要なところだと思います。個人的には,特に資産を使ってサービスを提供するようなものは,河合先生が分析されているようにROA(Return on Asset)を中心に考えるべきだと思いつつ,しかしそうはいっても収益の勘定はやはり難しいだろうなあと改めて思いました。単位サービス辺りの収益みたいなことを考えていけば良いとは思うものの,それをしっかり決めるのは難しく,決まらないからこそ投入される国費が不安定になるように感じます。結果として,原田先生の分析でもあるのですが,農水省所管ということで他省庁から攻められる,みたいなことが出てくるとあまり健全でない感じもします。

上の2つの本もそうですが,理論的にもなかなかわかりにくい感じで,データを取るのが難しい,というような分野ではあるわけですが,現実の重要性が大きい中で分析対象を広げていくのは大事な試みだと思います。はじめの分析が終わってデータが公開されて再分析…みたいな感じで少しずつ広がっていくと良いのですが。

 

 

*1:Noldas社のFace Readerというソフトを利用されたとのことです。

日本国憲法の普遍と特異

東京大学のケネス・盛・マッケルウェイン先生から,『日本国憲法の普遍と特異』を頂きました。どうもありがとうございます。ケネスさんの憲法の研究については,ずいぶん前からいろんなところで参照されているわけですが,本書はそのひとつの到達を示すものです。非常に興味深い議論で大変勉強になりました。日本政治や憲法を学ぶ人にとっては必読の研究になるのではないでしょうか。私も同じシリーズの出版があって誇らしいです(便乗ステマ)。

世界の憲法に何が書かれているかについて,比較憲法プロジェクト(Comparative Constitutions Project)のデータベースを用いながら,世界の憲法がどのような特徴を持ち,どのように改正されているか,そして日本国憲法がどのような憲法に似ているか,あるいは異なっているかを分析したうえで,最近の日本での世論調査も使いながら今後どのような展開があり得るのかを論じる非常に興味深い研究です。人権・権利章典については多様なものを並べて硬性に,統治機構については軟性にした方が望ましいとされる/日本についてはそのような特徴を持つ,という議論は非常に説得的でした。第7章以外には記述統計を中心に説明されているのも素晴らしく,元になるデータベースがしっかりしていて,かつ論旨が明瞭であることでそれが可能になったのだと思います。分析の結論から出されていた含意についても,人権については超党派の合意で項目を増やしつつ,緊急事態や統治機構については司法のプレゼンスを高めるかたちでの変更があり得るという議論も納得しました。

統治機構の話は,自分自身も関心を持っているところですが,いろいろと改めて考えるところがありました。司法の役割を憲法に書き込むというのはまずそれで,自分が少し勉強しているからこそ「書いたらどうなるのか/何を書くべきか」ということを考えがちなわけですが,ご著書で書かれているように,法律で変えることができたら別にそれでいいわけですから,より一般的なかたちで司法の役割を向上させる,というご主張は目からウロコというやつでした。その場合,それでは何を敢えて書き込むか,今の憲法でどちらかというと突然詳細を定めているようなものを消すか,と言ったようなことが議論の対象になるかもしれません。

統治機構でもうひとつなるほどと思ったのは,そんなに強く書かれていたわけではないですが,参議院の扱いです。今の日本の憲法改正論議でも,参議院を地方の府にするとか権限を相当弱めるとかいう話がでたりして,聞かれれば私も「そういう考え方もありますね」とは言いますが,本書(89頁)でも国際的には各州への均等配分のようなことはなくなっていると書かれていますし,7章の分析結果からも,人々は一定程度強い参議院を求めているようにも感じます。じゃあどうするか,というとなかなか難しいところで,私はこれまでどっちかというと否定的でしたが,今の衆院小選挙区にして参院を比例にする,みたいなこともあり得るのかもしれません。まあいずれにしても,個々の機関だけではなく,統治機構を総体として考える必要が大きいと思いますが。