科学技術と政治+いろいろ

筑波大学の五十嵐泰正先生から、『原発事故と「食」』をいただきました。どうもありがとうございます。五十嵐さんは『社会が現れるとき』でもご一緒している大学院の先輩で、 多文化共生や外国人労働者の研究をされていますが、2011年の東日本大震災原発事故以降、「ホットスポット」となった柏市で生産者と消費者をつなぐ活動をされていることでも知られています。今回のご著書は、その柏での活動を起点としつつ、もともと研究されている多文化共生の問題へとつながるかたちで書かれているように思いました。

本書で強調されていることは、原発事故以降の問題について、【科学的なリスク判断】【原発事故の責任追及】【一次産業を含めた復興】【エネルギー政策】という相互に深く絡み合っている4つの問題を切り分けて、それぞれの問題を別個に論じなくてはならないということです。責任追及を重視するあまりに科学的なリスク判断を無視する、みたいなことが起こりうるわけですが、それをせずに責任は責任で、リスク判断はリスク判断で考えよう、ということになります。そのうえで、主に「食」について詳細なデータを検討していきながら、科学的なリスク判断だけでは語れない産業の復興の問題を論じていくという興味深いものでした。しばしば「風評被害」という言葉が使われるわけですが、その中にも色々なバリエーションがあり、問題になっている食品の消費量や他との代替性のようなものが実は重要であることを丁寧に示されているのは本書の読みどころのひとつだと思います。

科学的なリスク判断という観点からは、福島産食品への懸念は相当程度薄れているものの、依然として不安を持っている人を突き放さず、寄り添う姿勢を取るというのは五十嵐さんらしい本書の特徴だと思います。「科学」を強調すると、それを理解できない人を切り捨ててしまうという場面が出てこないこともないですが、本書では、政治化した専門家に対して厳しい批判がなされている一方で、理解が難しい問題に不安を感じる人々をどのように議論に取り込んでいくかということがさまざまなかたちで考えられています。ひとつの方策として議論されるのが、「人格的信頼」つまり「(身近な)この人が言うからには大丈夫」という信頼を軸に食品に対する信頼を取り戻していこうという戦略です。一般的な信頼(システム信頼?)が高いとは言えないなかで、生産過程や流通過程がブラックボックスのままではなかなか食品を信頼できない、そこで「顔が見える」人を通じて信頼を回復していこう、と。

本書で議論されていることは、原発事故後の食品以外にも大きな含意があるように思います。たとえば子育て支援のような社会保障政策なんかでも、いくつもの問題が複雑に絡み合う中で、個々の論者の一番注目したい論点のみが強調されて分断が引き起こされる、というようなことはありがちでしょう。論点を分けた上で、それぞれにどう対応するかを議論し、最終的にどういうパッケージを作っていくかというコミュニケーションの問題がもう少し検討されるべきなんだろうな、と感じたところです(まあここについては人格的信頼は難しそうですが…)。

 関西学院大学の早川有紀先生からは、『環境リスク規制の比較政治学』を送っていただきました。ありがとうございます。本書では、副題にあるとおりに日本とEUの化学物質規制政策を比較しているのですが、いろんな意味でチャレンジングなテーマだと思います。まず「規制」を比べるのが難しいし、それぞれの統治機構の中で規制を担当する組織は入り組んでるし、何より日本という国家とEUという超国家組織を並べるという難しさがあります。もちろん本書ではそのあたりの困難に目配りしたうえで、日本・EUの政策担当者のみならず、業界団体・企業や専門家などへの数多くのインタビューを行って、両者の違いについて論じようとしています。

議論としては、日本・EUのそれぞれにおいて、比較的早い段階で形成された(拘束的な?)制度が、現在の規制のあり方にも影響を与えているというものです。それぞれの規制の歴史を遡ることで、日本では規制政策の企画と実施にとどまらない広範な権限を持った部局(通産省経産省)が規制を行うようになったのに対して、EUの場合は基本的に規制のことだけを考える部局(環境総局)が中心的な役割を担うようになったことが示されます。結果としてどのようなタイプの規制でも、日本では事前に企業との調整が行われて比較的緩い規制になるのに対して、EUでは利害関係者との調整が後回しにされるトップダウン型の意思決定で厳しい規制が行われがち、という傾向が観察されるようです。

本書の基本的な発想はいわゆる歴史的制度論だと思うのですが(Critical junctureとかそういう言葉も出てくるわけで)、しかしよく考えると二つの国を並べてそういう分析するのって結構難しいんですよね。歴史的制度論の場合だと、制度の自己拘束性とかそういうものが注目されるわけですが、二つ並べてみても同じように拘束されるかどうかは必ずしもよく分からない。いっとき歴史的制度論の文脈で出てきた比較歴史分析Comparative Historical Analysisというような感じになるのかもしれませんが、これも具体的にどうやって分析するかというのはいまいち定型化されてないというか。そんな中で本書みたいに、制度が歴史的に形成されてきたことと、それらの制度が異なるアウトプットを安定的に出してくることに、実質的に分けて考えてみるのもひとつの方法かもしれません。とはいえまあどうしても制度変数の違いか国の違い(固定効果的な)かわかんないだろう、みたいな問題はついて回りますが、そこはメカニズムの説明でいかに説得的にできるか、ということにかかってくるようにも思います。 

年度末ということもあるのかもしれませんが、大学の方にもいくつか頂いておりました。まず著者の浅山太一さんから『内側から見る創価学会公明党』をいただきました。ありがとうございます。非常に魅力的なタイトルで、帰国したらぜひ読もうと思っておりました。今更言うまでもないですが、公明党はSNTVで行われる地方選挙において最も成功している政党であり、その分析は政治学者にとっても非常に重要なものです。一般的には組織の力を使った「票割り」が注目されやすいと思いますが、票割りは組織・支持層が固定的じゃないとできないところもあるわけです。なので票割りと組織拡大はやや背反するところもあると思いますが、この政党がその問題をどう扱っているのか、とか本書を読んで考えてみたいです。

 鳥取大学の塩沢健一先生から『政治的空間における有権者・政党・政策』をいただきました。ありがとうございます。中央大学で行われたプロジェクトの研究成果ということで、塩沢さんは18歳選挙権の問題を扱っているということです。これまで住民投票の研究をずっとされてこられて、住民投票はたまに20歳未満の住民にも選挙権を与えることが行われてましたから、その経験とデータを使って分析されているということなのではないかと思います。 

政治的空間における有権者・政党・政策 (中央大学社会科学研究所研究叢書35)
 

 北海道大学の前田亮介先生から『明治史講義【テーマ篇】』をいただきました。ありがとうございます。前田さんの担当は、「大日本帝国憲法ーー政治制度の設計とその自律」ということで、明治期の憲法体制について書かれているとのことです。最近は憲法改正の議論も出てきたわけですが、実際に日本で運用されていた「もうひとつの」憲法体制ということで、明治憲法体制を振り返るのも興味深いように思います。 

明治史講義 【テーマ篇】 (ちくま新書)

明治史講義 【テーマ篇】 (ちくま新書)

 

 国立教育政策研究所渡辺恵子先生から『国立大学職員の人事システム』をいただきました。ありがとうございます。渡辺さんが出された博士論文をもとにしたものだと思いますが、実際に国立大学で働いている身からすると非常に興味深いものになります。これまで国・地方自治体の官僚人事システムの研究は行政学で色々と蓄積されてきましたが、その外の機関の人事システムについて成果が発表されるのは珍しいように思います。自分の職場を知るうえでも勉強させていただきます。 

 早稲田大学の田中愛治先生から『熟議の効用、熟議の効果』をいただきました。ありがとうございます。「外国人労働者の受け入れ」をめぐって行われた熟議(ミニ・パブリクス)とその前後での調査を踏まえて、実証分析・規範分析の研究者が共同研究を行うという極めて野心的・魅力的なプロジェクトの成果ということです。準備から分析・出版までかなり大変なプロジェクトという感じを受けますが、やはり政治学でもこういう大規模な共同研究プロジェクトが増えていくのでしょう。 

熟議の効用、熟慮の効果: 政治哲学を実証する

熟議の効用、熟慮の効果: 政治哲学を実証する

 

 神戸大学の大西裕先生からは『選挙ガバナンスの実態 日本編』をいただきました。こちらも科研費による共同研究の成果ですね。数年かけて日本の選挙管理委員会の調査を行っていらっしゃいましたが、おそらく体系的な日本の選挙管理委員会の調査は初めてと言えるのではないでしょうか。調査のデータを使いながら、選管(職員)の自律性/首長との関係や、具体的な選挙の運営の問題などが論じられています。 

 早稲田大学の木下健先生からは『政治家はなぜ質問に答えないか』をいただきました。ありがとうございます。インタビューの事例分析を行っているということですが、計量テキスト分析とかなんですかね。上の『選挙ガバナンスの実態 日本編』にもありますが、最近は計量テキスト分析をする研究も増えているようで、なかなか勉強が大変です…。本書では、映像データの分析なども行われているようで、方法論の観点からも興味深いものがあるように思います。

政治家はなぜ質問に答えないか:インタビューの心理分析

政治家はなぜ質問に答えないか:インタビューの心理分析