Dynasties and Democracy
Daniel Smithさんの著作,Dynasties and Democracy: The Inherited Incumbency Advantage in Japan の書評を依頼されて書きました。年度末〆切だったのに遅れてしまいご迷惑をおかけして本当に申し訳ないです…。相変わらず英語は下手でしょうがないのですが,最近は適当に日本語で書いたものを英語にするという技術を覚えて多少の省時間化を図ることができるようになってきた気が…(意味なくポジティブ)。それはともかく,本自体面白いものだと思うので,一部をご紹介したいと思います。
「世襲」は日本政治ではしばしば観察されるもので,固有の文化によるものだと解説されることもあるわけですが,本書で著者は比較の視点から,世襲が日本における文化を反映しているものというよりも,選挙制度を中心とする政治制度の配置によって生み出されているものであることを明らかにしています。そのために,第二次大戦後の日本における国政選挙の候補者について,血縁の国会議員が存在したかどうかを含めた詳細なデータを集めるだけでなく(下のリンク),12の先進国について国政レベルの議員がDynasty出身かどうかについての膨大なデータを集めて検証が行われています。
本書の議論の特徴は,世襲候補者を求める需要側の要因と,世襲議員・候補者の側の供給側の要因を分けたうえで,それぞれについて様々な角度から検証していくことです。供給側の仮説として設定されるのは,長く選挙で勝利し続けた現職がその家族を自分の後に続く候補として送り出しやすくなるとか,Dynastyに所属する人が政治の世界に出やすいとか。他方需要側の仮説として設定されるのは,そもそも現職議員であることの選挙上の有利さを後継者に引き継ぐことができるかということである。さらに,システムレベル-個人投票重視の選挙制度かどうか,政党レベル-市民社会における組織との関係・候補者選定プロセスの性格,個人レベル-前任者の死亡といったことが具体的に世襲候補の擁立につながるという仮説になってます。読むまで知らなかったんですが,アイルランドでは日本以上に世襲が多くて,それがやっぱり個人投票を招くSTV(単記移譲式投票)とつながっているだろうというのは面白いところ。
比較分析を踏まえて,日本についての詳細な検討をしてるわけですが,SNTVからFPTPへと変更された選挙制度改革によって世襲候補に対する政党からの需要が大きく変わったことが論じられてます。まあこれ自体はそうだよねーという感じなわけですが,面白いのは供給側の方の変化で,本書によれば,選挙制度改革後は一般的に世襲候補が擁立されにくくなっているものの,一部強いDynastyの候補者は擁立される傾向があるということ。制度改革後の世襲が単に慣性によって決まるのではなく,明確な傾向を持って決められているとすれば面白いように思います。
更に関連して,個人的に最も面白かったのは,選挙制度改革後,一部の有力政治家のDynasty出身の政治家が昇進しやすくなっている,というところ。世襲議員が相対的に若い時期から政治の世界に参入できることから,単にシニョリティ・ルールを反映しているだけではないかという疑問はあるわけですが,本書ではそれを反証するデータを提出しつつ,有力なDynastyにおいて政治の世界に特殊な資源やコネクション,知識などが直接的に重要であることを示唆してます。もちろんさらなる検証は必要でしょうが,知識や経験を共有した有力なDynastyがコアを担うようになっているとすれば,その観点から自民党の変質に迫ることもできるんじゃないかと思ったり。
本自体すごく面白いと思いますが,それは著者が日本語のものも含めていろいろ読んで日本政治についてすごい詳しいから,ということがあります。アネクドートとか,なんでそんなん知ってるの?みたいなこともあるし,ある面で現代日本政治の通史風になっているところもあって,大学院生が日本政治の展開について説明するときに参考になるんじゃないかなあ,という印象も受けました。ご関心のある方はぜひ!