住宅政策の静かな革命

「住宅政策の静かな革命-1996年の公営住宅法大改正の政策過程分析」という論文を、日本政治学会『年報政治学2024-I 政策と政治』に寄稿しました。この論文は、2018年に『社会のなかのコモンズ』という書籍に寄稿した「コモンズとしての住宅は可能だったかー1970年代初頭の公的賃貸住宅をめぐる議論の検証」という論文の続編のような位置づけで、1970年代に国会で政治的に議論されつつも結局導入されることがなかった家賃補助が、1996年の公営住宅法大改正の中で形を変えて部分的に実現していく過程を検証したものです。1996年というと、いわゆる政界再編の中の連立政権期に当たるわけで、この時期に介護保険のような普遍主義的な性格をある程度持った政策が実現されていることから、政治のイニシアティブが大きかったことも予想されます。しかし本稿の検証からは、政治家の方はこの問題にほとんど関心を示しておらず、それに対して官僚(特に建設省住宅局)のアイディアが変化していくことで、法改正が行われたという議論をしています。この法改正では、当初期待されていたような大きな変化は生まれずに、どちらかというと公営住宅は縮小していく傾向が強まるのですが、その背景を合わせて議論しようとしたものになっています。

2018年の論文は、主に国会会議録と審議会の答申を資料として分析していたのですが、今回はそれらに加えて住宅関係のオーラル・ヒストリーや関係者の回顧録・追悼録、住宅や不動産関係の業界紙における講演録や座談会記録などを使いながら執筆しています*1。国会会議録の方で当初期待していたようなやり取りがなかった分、資料の厚みは前回よりも増えたのではないかと…。国会図書館で個人配信サービスをしてくれるようになったからこそ書くことができた論文だと思います。もちろん住宅局の官僚の人々が書いてきた寄稿を広範に見ることができたというのは良かったわけですが、それだけではなく、本来であれば前の論文のときに触れておきたかった谷重雄氏(元東京都立大学教授)の論文などをまとめて読むことができたのは良い機会になりました。居住水準を示したうえで、それに見合った市場家賃と家賃支出能力の差を埋める家賃補助を構想する谷氏の議論はおそらくこの改革の中核的な部分になっているはずで、当時も(たぶん今も)いろいろ批判が来る部分もあるのでしょうが、住宅政策についての注目が少しずつ戻り始めている現在改めて検討される内容が含まれているように思います。

家賃補助については、この2本の論文のほかに、東日本大震災後のみなし仮設、オンライン・サーベイを用いた家賃補助への賛否についての論文を書いていて、少し論文が溜まってきたような気もしています。少なくとももう一つ、生活困窮者自立支援制度関係で何か書いてみたいと思っているのですが、それができたらもうちょっとつけ足して、また本にしたりすることができるのだろうか…と考えたりもします。まあそんな気力が続くのかわかりませんが…。

*1:あまり使うことはなかったのですが、宮沢・細川・村山・野中・森…といった広く知られている記録のほかにも、趣味でブックオフで買ってた政界再編期の政治家の回顧録野坂浩賢五十嵐広三渡辺嘉蔵田中秀征・及川一夫など)をとうとう読む機会が来たのは個人的に面白い経験でした。