今年の◯冊(2011年)

昨年,一部でちょっと好評を頂いた(ような気がする)ので,今年もやってみようかと思います。去年に続いて今年も,出版不況と言われつつも博士論文をもとにした著書というのは出版が続いています。主にそういった単著を,そしてあるいは初の単著というようなものを取り上げていきたいと思います
昨年分では,年の後半にかけて,なぜか計量的な手法を使った分析が増えているという話だったと思いますが,今年の頭もその傾向がなんとなく続いています。2月に出た村上祐介先生の『教育行政の政治学』(木鐸社),3月に出た李津娥先生の『政治広告の研究』(新曜社),それから拙著になりますが,4月の砂原庸介『地方政府の民主主義』(有斐閣)。いずれも計量的な手法で分析した研究となっています。ただ,実はこのあとその手の研究というのはあんまり多くなかったような気がします。例外を挙げるとすれば,経済学者の書かれたものになりますが,西川雅史先生の『財政調整制度下の地方財政』(勁草書房,9月)になるのかな,と。もうひとつ,博士論文をもとにしたものでも初の単著ということでもなく,キャリアを積まれた先生の著書ですが(なんと単著の研究書を3冊目!),原田久先生の『広範囲応答型の官僚制』(信山社)。これも出版は2月ということになりますが。
テーマとしては,村上先生が主に地方自治体における教育行政で,教育長や教育委員会といった制度,あるいはその選択に関わる分析,李先生のものは選挙キャンペーンにおいて「広告」として用いられる情報がどのようなもので,有権者にどのように受容されているかを分析するもの,拙著西川先生のご著書はリンク先の通り。原田先生のご著書は,パブリックコメント手続きの分析で,様々な府省に渡る膨大なパブリックコメントのデータを使った実証分析をされています。

政治広告の研究

政治広告の研究

地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択

地方政府の民主主義 -- 財政資源の制約と地方政府の政策選択

財政調整制度下の地方財政

財政調整制度下の地方財政

広範囲応答型の官僚制 ―パブリックコメント手続の研究 (学術選書64)

広範囲応答型の官僚制 ―パブリックコメント手続の研究 (学術選書64)

なんで年の前半に計量分析が集中したのか,というのはよく分かりませんが,その後の出版を見ると,2011年は(歴史的)制度論,あるいは現代を扱う歴史についての研究が多い年だったという印象が非常に強くなります。2月に出版された鈴木多聞先生の『終戦の政治史』(東京大学出版会)がありますし,3月の震災直後に出た北山俊哉先生の『福祉国家の制度発展と地方政府』(有斐閣)は,主に国民健康保険に焦点を当てて,戦前に形成された国民健康保険の制度が,地方政府を制度に「ロックイン」しながら戦後に発展していったことを議論されています。
続く4月には,柴田晃芳先生の『冷戦後日本の防衛政策』(北海道大学出版会)が出ます。これは,歴史的制度論で特に1990年代以降の日本の安全保障政策を分析するというもので,いわゆる「日米同盟深化」がなぜ進められたのかを議論するものになっています。その説明として「政党政治仮説」「官僚政治仮説」「経路依存仮説」「漸進的累積的変化仮説」が検討され,官僚政治仮説の妥当性を評価しつつも,経路依存仮説とそれを補完する漸進的累積的変化仮説が高く評価され,政策決定に対する民主主義的統制を期待される政党政治が十分な影響力を発揮できていなかったことが論じられています。
「終戦」の政治史―1943-1945

「終戦」の政治史―1943-1945

福祉国家の制度発展と地方政府 --国民健康保険の政治学 (関西学院大学研究叢書)

福祉国家の制度発展と地方政府 --国民健康保険の政治学 (関西学院大学研究叢書)

冷戦後日本の防衛政策?日米同盟深化の起源

冷戦後日本の防衛政策?日米同盟深化の起源

ちょっと間が空きますが,8月には和田洋典先生の『制度改革の政治経済学』(有信堂高文社),9月には下村太一先生の『田中角栄自民党政治』(有志舎)が出版されています。和田先生は国際政治経済学がご専門ということですが,このご著書ではSteven VogelのFreer Markets, More Rulesを思い起こさせるように,日本の情報通信政策と金融政策についての分析が行われています。日本においてこの2つの政策が「開発主義国家的」な性格からどのように変化したのか,またその変化において政策アイディアや「政策の失敗」がどのように影響したのか,といった内容が論じられています。必ずしも明確な独立変数を特定するタイプの研究ではありませんが,叙述が非常に豊かでNTT民営化の議論の過程など,個人的には非常に興味深く読めました。
個人的に非常に興味深い,という点では,田中角栄が関わった土地・住宅問題,農業政策,日本列島改造論について論じられた下村先生のご著書も非常に興味深かったところ。「公益」と「私権」の調整の中で,田中角栄の政治が「政府の適切な誘導によって,民間の利益追求があたかも公益達成に直結するかのような幻想を振りま」くもので,それによって「高度成長に伴う諸問題を解決するためのプランを持った政治家としての評価獲得と,業界団体からの支持調達を両立させてきた」ものの,「市場の力を公共の目的に誘導するには,公共投資補助金だけではなく,業界にとって不利益となるような規制・課税などを政府が行うことも必要となる」にもかかわらず,それがきちんと実行されなかった過程として描かれているのは,その後の遺産も含めて考えさせられるところだと思います(引用はいずれも204-5頁)。ディレッタント的ですが,上述の柴田先生とともに北大で学位を取られているところはちょっと注目かな,と。
田中角栄と自民党政治 列島改造への道

田中角栄と自民党政治 列島改造への道

年末にかけては木鐸社から二本,佐々田博教先生の『制度発展と政策アイディア』,京俊介先生の『著作権法改正の政治学』と出版が続きます。京先生のご著書では,著作権法改正という,「ローセイリアンス」(あまり注目されない)の政策分野−当然,ほとんどの政策分野は「ローセイリアンス」なわけですが−において,どのような過程で政策が形成されているのかを分析したものです。分析においては,制度配置からゲーム理論を用いて理論的な予想を設定し,その予想を歴史的に検証していくという手法が取られています。いわゆる合理的選択制度論というやつですが,現代の制度を機能主義的に説明するものとは違っていて,やはり歴史というものを分析に用いた内容となっています。
著作権法改正の政治学―戦略的相互作用と政策帰結

著作権法改正の政治学―戦略的相互作用と政策帰結

こうやって見ると,やはり依然として1ヶ月に一本くらい,政治学の実証分析を行った博士論文をもとにした著書が出版されていることがわかります。他にもちょっと番外編的ですが,もともとは経済政策を扱う官僚であった方が研究者として論文をまとめて出版された,というのもあります。主要国の予算制度を渉猟し,日本への示唆を論じられている財務省の田中秀明氏の『財政規律と予算制度改革』(こちらは博士論文がもとになったもの)や,日銀出身でタイトルにそのものズバリの『日銀の政策形成過程』を論じられている梅田雅信氏のご著書などでも,実証的に政策過程の議論を行われていて,政治学者の問題関心に近いところにあるのではないかと思うところです。
来年も既にいくつか博士論文をもとにした本の出版企画が進んでいると聞きます。来年も同じペースで若手の研究業績が発表されていくことを期待したいと思うところです(でもあんまり多いと読むのが大変なのですが…)
財政規律と予算制度改革  なぜ日本は財政再建に失敗しているか

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日銀の政策形成 ―「議事録」等にみる、政策判断の動機と整合性

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