いただきもの

結構前になりますが,上川龍之進先生から,『小泉改革政治学』を頂いておりました。ありがとうございます。本書では,小泉改革の時代において,「マクロ」の構造改革が進展する一方で,「ミクロ」の構造改革は進んでいないという問題意識のベースにした議論がなされています。具体的には,公共事業や社会保障の分野において(地方財政もそうですが)総額の削減というマクロでの改革が進められている一方で,抑制された予算をどのように配分するかなどのミクロのところでは改革が進んでいない,という問題意識です。だから,マクロに注目するひとたちは構造改革が進展した,というし,ミクロに注目する人は改革が不充分だ,というような状況がうまれる,と。地方財政なんかでも,三位一体改革のときに交付税(というか地方財政計画)の大幅な削減が行われたものの,その配り方については基本的にほとんど変わっておらず,いわばかなり手を縛られた形で何とか配分をやりくりすることになるために,いろんなところに無理が生じているような感じなわけですが。
こんな問題意識を背景に小泉政権の経済政策を分析していくわけですが,その問いの中心部分は,「小泉政権における景気回復は,供給面を重視し需要面を軽視した経済政策によって実現されたものなのか」「小泉首相ですら2005年総選挙以前においては,その指導力には一定の限界があり,「鉄の三角形」が一定の影響力を保持していたとするならば,それはなぜなのか」というところにあります。筆者が書かれているように,前者の問いについては,景気回復のメカニズムの解明と関連するところもあって,政府の経済政策が景気の状況と独立に決定されているわけでもないでしょうから,やや難しいところもあるかと思います。より重要な問いは,二つ目の議論であって,2005年総選挙を境にした小泉政権の性格の変化にあるのではないかと思われます。
某著名ブログでは,「小泉改革はいわれるほど政治主導ではなく、自民党財務省などの抵抗勢力との妥協によって中途半端に終わった、という常識的なものだ。」と解ったような解らないようなことを書かれていましたが,本書の興味深いところは,従来「政治主導」の重要な道具であると議論されてきた経済財政諮問会議が機能していたとされる2005年総選挙以前よりも,その諮問会議が「改革のエンジン」ではなくなったとされる2005年総選挙以降において,小泉首相が強い首相として君臨している様子を描き出しているところでしょう。結局本当に強い首相になった小泉首相は,経済財政諮問会議などを使う必要がなく,(それまでは予算獲得競争をしていた)自民党の議員を予算削減の競争に走らせることができた,と。そして,実際に首相に忠実な側近である中川秀直政調会長を中心としていわゆる歳出・歳入一体改革という,これまでにはちょっと考えられなかった規模の改革を実現することができるようになったというわけです。つまり,「党主導・官僚主導」で改革が行われたからと入って,首相がすぐに弱いということではなく,逆に(郵政選挙で対象を収めた)首相が強いからこそ「党主導・官僚主導」で改革を行うことができた,という議論になります。
この辺り,小泉政権後の安部政権で,経済財政担当大臣となって,「改革逆走」に苦慮した大田弘子氏の述懐はなかなか興味深いところがあります。大田氏は,2005年総選挙以降の政策決定が「党主導」であることを指摘したうえで,以下のように述べています。

小泉内閣の最後の時期に,自民党と調整しながら政策決定するプロセスに戻ったのは,「自民党をぶっ壊す」と言ってきた小泉首相の意向もあったかもしれない。ぶっ壊された後,改革政党に変わった自民党となら,与党と内閣の一致という本来の姿に戻ることができるはずだ,と。
たしかに,郵政選挙で圧勝した後の小泉内閣時代は,自民党と内閣の二元体制が克服されていたかもしれない。だから,前に述べたような五年間の歳出削減計画(注:歳出・歳入一体改革のこと)をつくることもできた。
しかし,それは一時期のことだと私は思っていた。残念ながら,自民党において改革マインドが共有されているわけではなく,さまざまな既得権を擁護する仕組みは変わっていない。その状態で諮問会議の議論について党と事前調整していては,前に進まない。(大田[2010:55])

これらの議論では,少なくとも2005年の総選挙によって,小泉首相国会議員に対して極めて強い求心力を持つことで,政府・与党の「二元体制」を克服し,自民党議員を動かして大きな「改革」に成功したことで一致しています。違いは,大田氏が従来の経済財政諮問会議の「改革」を高く評価して,その延長線上に2005年総選挙以降の歳出・歳入一体改革を置くのに対して,上川先生の議論では,そこに質的な違いを見ているところでしょう。
一連の議論は,2006年に竹中治堅先生が書かれた『首相支配』以降,特に意識的に議論されてきた「制度か,人か」という問題にも重要な含意を持つのではないかと思われます。制度を重視する観点からは,選挙制度改革や中央省庁改革のようなかたちで首相に権限を集中する改革が「強い首相」=小泉首相を生み出した,という議論がなされることが多かったわけですが,2005年総選挙を境に政策決定のプロセスに質的な変化があるとすれば,2005年総選挙をきっかけに発動した(特に自民党内の)制度の変化が特に重要だという議論になるかもしれません。また一方で,人を重視する観点からは,2005年総選挙という「暴挙?」を引き起こした小泉首相のパーソナリティにより注目したかたちで「強い首相」を議論することもできるのではないかと。

小泉改革の政治学

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改革逆走

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首相支配-日本政治の変貌 (中公新書)

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