病院ビジネス

実に久しぶりの更新。結局9月は一回も更新できなかった…のですが,その間日本政治学会の論文の執筆と,来年に予定されている博士論文をもとにした著書の準備を中心に行っておりました。夏休みといって決して仕事をしてなかったわけではないので(汗)そちらをご覧頂ければ幸いです。
この間ブログに書きたいことはかなりたくさん溜まっているのですが,まずは後期のゼミの準備のために最近読んだ本,NHK取材班『NHK追跡! A to Z 逸脱する“病院ビジネス”』宝島社。結局ゼミでは厚労省の審議会である「高齢者医療制度に関する検討会」(2008/9/25〜2009/3/24)と「高齢医療制度改革会議」(2009/11/30〜)の議事録を読んでみよう,という話になったので,この本はとりあえず使わないことになりましたが。

NHK追跡! AtoZ 逸脱する“病院ビジネス”

NHK追跡! AtoZ 逸脱する“病院ビジネス”

本の内容については,特に社会的に弱い立場にある高齢者や障がい者の方々が“病院ビジネス”のいわば喰い物になっていることを告発するものです。内容は,関連する放送として「かんさい熱視線」などで放送された山本病院の話をきっかけとして,取材班が逸脱する“病院ビジネス”の内幕に迫っていくところが臨場感あふれた筆致で描かれています。診療報酬によって形成されたインセンティブを背景として,一般病床の転床を繰り返したり,「無駄な」医療行為を行うことは,他でもしばしば指摘されていますが,こうやって綿密な取材をベースに書かれるとやはり驚きます。特に驚いたのは,第3章の「コトリバス」(この言葉がどういう由来をもつのかは本書をぜひ見ていただきたいところですが)。路上生活をしている人に生活保護を受けさせて入院させる,そのために路上生活者を収容する病院があるというような「都市伝説」を聞いたことがありましたが,それに近い実態が行われる様子を具体的な証拠とともに出てきたのはおそらく初めてではないかと。
気になったのは,多くの問題が,現在の診療報酬制度に起因しているという議論。例えば診療報酬制度が病院に対して長期入院者の転院を進めるインセンティブを創りだすという話は,印南先生の『社会的入院の研究』にも出ている話でそれ自体納得できるところではあります。特に5章以降,他にも様々な形で診療報酬制度が歪んだインセンティブを生み出していることが批判的に描かれています。
「社会的入院」の研究―高齢者医療最大の病理にいかに対処すべきか

「社会的入院」の研究―高齢者医療最大の病理にいかに対処すべきか

これが気になる,というのは,この批判がどういう対案につながっていくのかなぁ,ということ。この本の筆致からは「格差」に対する懸念というのが強くて,まあ自由診療部分を拡大させようという感じではないかな,と。社会保険の中で多くの人がなるべく平等に医療サービスを受けることを考えれば,保険診療部分が大きくなってくることが重要で,それは保険者が決める医療の価格=診療報酬が影響する範囲が広がっていくことを意味します。だから,この本で描かれる「ムダな医療」を省くためのおそらく最も簡単な方法は,保険診療部分を大幅に減らすことだという議論も成り立つかと思われます。しかしそれだと,もちろん今度は必要な医療を(安く)受けることができない,という批判が出てくる。
じゃあどうするか,といえば,ムダな医療をしてるかどうかについて,医療の質を評価していくしかないっていう話になるわけで,本書でも第7章で審査支払機関とか都道府県・厚生局の医療監査についてのレポートをしてます。で,その評価が全く機能していないと。話はその後レセプトオンライン化である程度評価が可能になるのに医師会は反対して…という話につながっていくわけですが,ここでもう少し保険者機能の議論が出てくればよかったのになぁ,と思うところでした。日本のような医療の価格決定や評価については(擬似的ですが)単一の保険者みたいなものが想定されている中で,効率的な運営を行うことは難しい,それに対して,保険者が各自で価格決定して評価するようなかたちで保険者間の競争を働かせることができれば,一定の効率化が見込めるわけです。しかしそれをやると今度は(極端に言えば)アメリカみたいに保険者間の競争で,被保険者が十分な医療を受けられないよ,って言う問題も議論されるようになるかもしれません(まあすぐにそんなことにはならないと思いますが)。…って日本では今のところ社会保険についてはどの保険に入るかという選択肢も与えられていないわけですが。
市場原理に揺れるアメリカの医療

市場原理に揺れるアメリカの医療

オンライン化したところで,それは手段の問題であり,医療の質を評価しやすくなったとしても,実際に厳しい評価が行われるかどうかは別問題なわけで(その辺は社会保障番号に似てる),それだけで解決することはないでしょう。質を議論する以上,どこかで保険者機能の議論が出てくる必要があるわけで思うところですが。まあルポとして描きにくくなってしまうところではありますが,現状の制度が持つアポリア性みたいなところが議論されてくれば,高齢者医療の問題などを含めて,より広範な議論につながっていくような感想をもちました。