医療保険制度改革

民主党政権になってから,後期高齢者医療制度がよろしくないということで,高齢者医療制度改革会議という会議が発足し,22年末の取りまとめ→23年1月に法案提出,というスケジュール感で進められているところでしたが,この程中間とりまとめというものがでるとのこと。正式な中間とりまとめはまだ出ておらず,「中間報告案のとりまとめ」という段階のようなので,なかなかコメントは難しいところだが,其の内容としては,最も批判を浴びたとされる年齢区分を形だけ解消することが主眼となっているらしい。つまり,建前としては後期高齢者医療制度を廃止して,従来後期高齢者医療制度に加入していた高齢者は,被扶養者である場合は(扶養者の)健保に加入し,被扶養者でなければ国保に加入するということになる。もちろん,これでは(後期高齢者医療制度以前の)老人保健制度をさらに遡ってしまう状態になるわけで,そのままでは当然国保の方がもたない。(その全貌はまだよく分からないが)何らかの形で財政調整制度を組み込むことを考えて,一定年齢以上の高齢者については都道府県単位の国保で運営し,それ以下の国保加入者については市町村単位の国保で運営するという不思議な形になるとのこと。
マスコミの側もいつもの感じで,例えば上にリンクの貼ってある毎日新聞では,

別の利点として厚労省は、高齢者を現役と同じ国保に移すことで、世帯主以外の高齢者は保険料の納付義務がなくなる点を強調する。被用者保険に移る人の扶養家族は、保険料を払う必要がなくなるなど、全体的に負担減につながる、という。
ただ、高齢者の負担緩和は、現役世代の負担増に直結する。現行制度で打ち出した「高齢者の応分の負担」という考え方は後退し、「団魂の世代が75歳以上となる15年先まで持つだろうか」(厚労省幹部)との懸念を残した。

というような書き方をしてる。後期高齢者医療制度を入れたときに,「年金からの天引き」でめちゃくちゃ叩いてたんじゃなかったっけ,と思ったりするが,「『高齢者の応分の負担』という考え方は後退し」とサラッと書けるのはある意味すごいところ。まあ産経新聞に至っては,【主張】高齢者医療 現行制度の改善が得策だという話で,

現役世代の負担を明確にした現行制度の意義は大きい。高齢者に支払い能力に応じて負担を求めたのも、限りある財源の中での知恵だった。制度を見直すことで、こうした利点が損なわれるのでは本末転倒といえよう。

なんて書いてる。今更自己批判すればいいのに,とか思っても詮ないことではあるものの。おそらく仕方ないことなのだろうけれども,もはや「ある制度が望ましい」とか「ある規範が望ましい」という意味でポジションを取って,「ポジション・トーク」をすることはほとんど出来なくて,その場その場の「改革」の場面において,世論(のようなもの)が「改革」に流れていればそっちを応援するし,「現状維持」が優勢だと見ればそっちを応援すると。少なくとも当面は,マスコミが「ポジション・トーク」を行うことで世論形成を担う機能というのは壊れているものとして考えないとどうしようもないだろうが,じゃあどのように世論形成が行われるのか。もちろん,政党が行うというのは望ましい活路ではあるはず。みんなの党の「アジェンダ」はそれに近いところを意識しているのだろうけど,現状では大向うでウケのいいことを言うものの,細かい制度設計の「ポジション」については殆ど語られていない。
医療保険制度改革を巡る「ポジション」としては,おそらく従来の制度を(後期高齢者医療制度のように)漸進的に手直ししながら少しずつ負担を分担していくという方向性か,現在の制度を大きく変化させて,例えば分立的な保険制度を一元化するようなかなり急進的な方向性を取るかに分かれるように思われる。両者のゴールというのはそれほど離れていないような気はしないでもないが,少なくともそこに至るパスはかなり異なるだろう。以前に行政学会で報告したが,歴史をたどって見る限り後期高齢者医療制度については,そこに至るプロセスはそれなりに明確だし理解できる。また,その後の方向性についてもそれなりに予測可能性は高かった。まあできることならゴールをはっきりさせて,そこに至る工程表があればよかったのだろうけども,「ゴール」については必ずしもゲームの参加者が(気が付きながらも)公には認めることが難しい,という背景だってあったのだろう。
しかし現状はかなり難しい。自民党民主党後期高齢者医療制度を経る漸進的な改革手法を取ることには完全に腰が引けていて,時計の針を戻してもいいから批判されないようにしようとしているように見える(たぶんそのしわ寄せは回りまわって地方財政に行くだろう)。おそらく現在,医療保険制度改革について,唯一明確なポジションを取っているのは,経済同友会の提言だと思われる。これはどちらかといえば「急進的な」ものだと思われるが,地域保険に一元化した上で,各保険について保険原理を適用しようという発想に基づいたものになっている。しかしこの提案でもやはり年齢による区分というのは残っている。もちろん,民主党高齢医療制度改革会議において基本的な考え方としてあげた六原則(この2ページ目)の中にあるような年齢による区分の解消というのは出来ないわけじゃないだろうが,一般に高齢者が稼得能力と比べて医療費負担が大きくなることを考えるならどうしても(部分的な)積立方式を検討せざるを得ないと思われるが,今回の中間とりまとめを見る限り,とてもその気があるとは思えない*1
上記の新聞記事では,今回の参院選民主党が安定勢力をとれないために,「中間とりまとめ」による改革案を国会で成立させることが困難であることが指摘されている。しかし,制度改革のために残された時間が少なくなっていくことを考えれば,今回の参院選民主党が安定勢力を維持して時計の針を戻されるよりは,「ねじれ」の中で超党派で議論する機会ができたかもしれないことは,却って良かったのかもしれない。

*1:そこまで年齢による区分の解消というところにコミットした「ポジション・トーク」は,現在のところそれほど多く見られるわけではないが,もちろん研究者レベルでは存在する。