健保解散

今後の医療保険を考える際に,極めて重要な意味を持ちそうなニュース。
西濃運輸、健保を解散 高齢者医療制度改革で負担増日経新聞
西濃運輸健保が解散 事業継続が困難で(読売新聞)
高齢者医療の拠出重荷、健保を解散 西濃運輸、政管へ朝日新聞
高齢者医療制度:揺らぐ制度の根幹 西濃運輸健保解散で毎日新聞
一番コンパクトなのは読売ですかね。しかしどの記事でもまああまり変わらないですが。内容としては,西濃運輸セイノーホールディングス)の健康保険組合が,今年の医療制度改革によって負担が増し,8月1日付けで解散し,従業員は政管健保に移ったとのこと。この規模の健保組合が倒産以外で解散するのは異例だが,その原因は今年の医療制度改革による前期高齢者納付金や後期高齢者支援金が大きいと。直接的な原因としては,健保の保険料率が政管健保の保険料率(8.2)を上回ったことで,健保を維持する意義が見出せなくなった,と。なお,読売の数字では,07年には1056組合(約7割)が赤字で,今年は約9割の1334組合が赤字になる見通し,で朝日によると今年の解散数はいまのところ12で,これは去年と同じということ。
解散した西濃運輸の健保のような組合管掌健保は,一定の範囲内(3-10%)で保険料率を自分で決めることができるわけですが,政管健保の料率である8.2を超えてくると,西濃のように組合健保を維持する意義がなくなってくる,と。厳密に言えば,政管健保の企業負担が4.1%で,組合管掌健保の方は企業負担と被用者負担は必ずしも折半にしなくてはいけないわけではないので企業4.1,被用者5.9まで行く可能性がないわけでもないでしょうが。まあ組合健保が保有している資産などの関係で,存続自体に意義がある場合にはそういうことも考えられるでしょうが,政管に行けば4.1%負担になる被用者としてはあまり納得できる話ではないことが想定されます。今年については9割が赤字ということなので,これだけ赤字の組合が多いと,企業としても政管の方がメリットが大きいから移行する,というところは増える可能性が高いのでしょう。ただ「よりマシな」政管健保に移行する組合が出てくるということは,政管健保の財政が悪化するわけで,筋としては移行組合が増えることでこちらの料率を上げざるを得なくなるのではないかな,と。
新聞論調としては,後期高齢者医療制度を入れたから企業の組合が潰れるんだ,という書き方をしているわけですが,ひとつの意図せざる効果として,多数に分立している組合の政管健保への集約が進む,という現象が起こることになると考えられます。その現象全体の規範的な評価は別として,いままで組合健保は別に独自の診療報酬を定めているわけでもなく,自前の病院を持つところもそこまで多くはなく,また審査支払も審査支払機関に委託してきたわけですから,それほど厳しく「保険者機能」を発揮してきたとも言えないという中で,いまのところ実質的にほぼ唯一「保険者機能」を効かせることが期待される(「効かせている」かどうかは微妙)国の方に集約されるのは,簡素化というメリットはあるのかな,と。ある程度集約されると社会保険の一元化といういままで無理だ無理だと言われてきた試みへのステップになるような気がします。もちろんそのときの問題は国保ですが…。料率で見ればマシな方である23区だって所得割だけで住民税(10%フラット)の1.17倍くらいの健康保険料を取られるわけです。って課税所得の12%(苦笑)。政管健保の被用者負担が大きくなってきたといってもまだ4.1%ということで*1,この差を埋めるにはまだまだ時間がかかりそうですが,ただそうは言っても後期高齢者医療制度を導入したことによって,普通の国保加入者の保険料率は微妙に下がっているはずです*2。なので,一応方向性としては(いままで料率が低かった)組合がさしあたり政管のレベルくらいをメドに上昇傾向にあり,(いままで料率が高かった)国保が微妙に低減中で,まあ少しずつ平準化なのかな,と。
しかし実はこの問題はそれだけではないようです。いまのところ保健福祉の現場からでしか見てませんが,政府管掌健康保険は今年10月には「協会けんぽ」に切り替わることになっているわけで,「政府管掌健保の保険料率(8.2%)を上回ることから解散」ということを言っても,協会けんぽでは,協会設立後1年以内に都道府県毎に地域の医療費を反映した保険料率が設定されることになっています。そうすると,8.2ということで一息ついた,という企業だって一年後には地域によっては保険料がまた上がってるという可能性もなくはないでしょう。もちろん下がるところもあるわけですが。

追記:

日経読売が社説を書いてた。読売の方は,公費負担を減らすことが問題,ということを主張していて,考え方としては高齢者分を現役部分から切り離してここに重点的に公費投入をすれば現役部分の方は一応現状維持でいけるということなのだろうか。どこから財源を引っ張るか,という問題を除けばまあわかる気はします。一方日経の方は,財政調整を問題にしているらしいことはわかるが,どうしたいのかよくわからない。要するに(退職することによって)高齢者がおらず(被扶養を除く)基本的に被保険者が現役世代だけで構成される健保をピカピカの状態で残しておくべきだ,ということを言いたいのだろうか。それではいつも批判してる「格差」がまた大きくなるだけだと思うのだけど…(って日経的には今もその方がいいんでしたっけ?)

*1:賦課ベースが標準報酬月額なので課税所得よりは広いでしょうが

*2:23区で言えば19年度の所得割の料率が1.24→20年度の料率が1.17。均等割はむしろちょっと増えてます。三位一体改革によって19年度から賦課ベースである住民税の税率が変わってきているのでそれとの直接的な比較は難しいですが,一年前にちょっとだけやってみたことがあるのでご参考まで。http://d.hatena.ne.jp/sunaharay/20070713 ちなみに19年度・20年度ともに一応激変緩和が入っていることに注意。でも全体で激変緩和を外したらどうなるんだろう…料率が下がるだけのような気もするけど,高所得層と低所得層の負担比率とか変わってくるのだろうか。