第24回会合(2007/10/23)

今回は厚生労働省。老人福祉,生活保護医療保険(特に国保),保健所設置などがテーマで,社会・老健の前半と,医政・医療保険,健康関係の後半でみっちり3時間。特に生活保護国保の問題は,委員の間にこれまでの制度がかなり制度疲労を起こしているという問題が強いものの,厚労省は基本的に制度の「適正化」を行うことで対応するという回答を示しており,ほとんど議論が噛み合わない,という印象を受けます。確かに生活保護国保制度の抜本的な改革が地方分権改革推進委員会の管轄内で可能なのか,という問題がありますし,また,中途半端な手直し(制度の補完性を考えないような手直し)では改革の結果より悪くなってしまう,ということも想定されます。両方とも,多くの専門家が一生懸命考えたとしても大変な問題なわけで,専門家を揃えているわけではない分権委が正面から取り組むのはかなり難しいのではないかと。そのため,どうしても今後の改革の方向性を尋ねることになるのですが,それについては「適正化」という答えにしかならない,ということで委員のフラストレーションはたまるし,聞いているほうとしてもちょっと辛い,という感じで。
具体論としてはまず老人福祉施設の基準設定の問題。厚労省としてはこの基準は「最低基準でありまた最高基準」というおいおい昔の学習指導要領かい!と思わせるような答え。委員からは自治体の工夫を縛るような厳格な基準はいかがなものかという意見が出されるものの,基本的には柳に風というか…「具体的にこの部分が問題だといって欲しい」という答え。わからんでもないのですが,そういわれたらその部分の「最低かつ最高」基準を設定しなおすだけということでしょうか。生活保護については,猪瀬委員から医療扶助を保険の枠内で考えることはできないか,あるいは最低賃金や年金との関係をどう考えるか,といった質問が出ますが,保険については自治体の負担もあるので難しい,最低賃金や年金は考え方が違う,という話。厚労省的には「三位一体のときに(補助率を下げて一般財源化するって言ったのに)地方が嫌がったから地方はむしろ地方の事務にするのは好まない,だからとりあえず適正化」とでもいう感じでしょうか。ものはとりよう,といいますか…。あとは,大臣と六団体の代表で「抜本的な改革」について議論するように求められてもその前に実務者レベルの協議で「適正化」だ,ということで。とにかく厚労省としては「適正化」だそうです。
民生委員の問題については,「大臣委嘱が民生委員のやる気を起こす」というまたエラク検証しにくいところで話が対立するのでちょっとなんとも…。露木委員はむしろ市町村長が自ら責任をもって委嘱することを重要視していて,それはそれで説得力があると思うのですが。もともと民生委員って大阪府がはじめた「方面委員制度」がきっかけになってるわけで,それを国が吸い上げた(「方面委員令」)という経緯を考えると,伝統的に大臣委嘱が委員のやる気を起こしてきたというのは言いすぎな気はしないでもないですが。委員の委嘱について都道府県・国がダブルチェックをしなくてはいけないのかどうかは僕にはいまいちわかりません。国で撥ねることはないけど都道府県ではたまに撥ねる,ということだそうなのですが,どういう話なんだろうか。こういうときに知事会の代表というか知事経験者がいないのは若干困る…ってそういえば時事通信で新しい委員として京都府知事という方向,っていうのが出てましたが。

◎分権委員、京都府知事で調整=政府
政府は24日、地方分権改革推進委員会の委員に京都府山田啓二知事(53)を充てる方向で調整に入った。委員長代理を務めていた増田寛也岩手県知事の総務相就任に伴い、空席になっていた。
10月24日時事通信

と思ってたら,民主党は事前報道を理由に受け取りを拒否してるとか。「聞いてない」というヤツは反対する理由の中でも最も醜悪でやめた方がいいと思うんですけどね…。これでムダに対決を煽った結果支持率が上昇するとはとても思えないのですが…まあ議運委員長なんでクールビズ廃止のようにさっさと撤回するのかもしれませんが。

近く任期満了を迎える国会同意人事案件に関する政府案が25日、明らかになった。臨時国会で新たに同意が必要なのは14機関28人。政府は26日の衆参両院の議院運営委員会理事会へのリスト内示を検討していたが、民主党が「事前報道」などを理由に受け取りを拒否。内示は週明けにずれ込むことになった。野党が過半数を握る参院の議決見通しは立たず、出だしから混乱している。
政府案ではNHK経営委員会の新委員に大滝精一東北大院教授や、地方分権改革推進委員会の新委員に山田啓二京都府知事らの名前が挙がっている。(07:03)
国会同意人事内示に遅れ・政府案報道巡り民主、反発強める

閑話休題。民生委員の話が終わると次は医療関係の議論へ。医師確保は別に権限移譲の話もないし,そもそもなんで分権委員会で出てくるのかよくわかりませんが,委員の一部で新臨床研修医制度を辞めろとか,医師をほとんど強制的に「僻地」に派遣しろとか,養成にお金がかかる医学部に相対的に途中で辞めやすい女性が多いことは問題だとか,奨学金を出してる以上9年の地方勤務は短いとかそういう議論が多いのはどうかと思いますけど。「地方分権」を議論する委員会なわけで,「どうやったら医師が離れたくない地域を作ることができるか」を議論するならわかるのですが…。ただ診療報酬の改訂や基準病床数の問題では,すぐには上手くいかないという認識は持っているものの,インセンティブを与えて医師の行動を緩やかに方向付けることは重要で,そのために国と地方は協力しないといけない,というところについては緩やかな合意が取れているようにも見えました。これは既存の制度の枠内で,医療圏の圏域設定を柔軟にしたり,診療報酬で地域の特例を認めたりすることで何とかなるならばやってみよう,という話なのではないかと思います。以下,国保の話ですが,ちょっと腹が立って書きすぎてるところもあるので続きで。
しかし一方で,既存の制度がまずいんじゃないの,といわれている国保についてはなんだかもう,というか。僕が単に間違えているだけなのかもしれませんが,厚労省の考える「公平」というのがよくわからないんですが。厚労省的には,国保財源に半分公費が入っているのでもう保険者間の公平性という観点からこれ以上国保にお金を入れることはできない,という話をしていて,例えば医師国保なんかの場合の国費は32%投入で「5割の国庫負担が出る国保」と比較して医師のほうには切り詰めてもらってる,という言い方をします。そして井伊委員が国保の保険者間や健保との間に不平等があるのではないか,と質問したあとに,以下のような回答があるわけですが,もしこれを本当に保険料の不平等性を巡る最大の問題として認識しているとしたら個人的にはちょっと信じがたいところがあります。

保険者間の不平等という点について,国民健康保険の中でご指摘のように保険料格差があることは指摘されておりますが,その最大の理由は所属している市町村間の所得水準の格差ということがございます。それでその比べられている保険料の格差というのは,低所得の方については俗に言う応益割,頭割りですとか世帯で割り付ける保険料と,応能割という所得や資産に応じて分担する保険料がございますけれども,一律に割り付けますと頭割りとか世帯割の部分は低所得の方に重くなりますので,現在7割5割2割という軽減がございます。その軽減をされた後の保険料で比較しますと,かなりの格差があることは確かです。ただ,今申しましたように,国保の中では調整交付金という国で申しますと9%の調整交付金を使いまして,各市町村の所得水準を調整することを致しております。従いまして,調整交付金とその市町村で取っている保険料を合わせますと,どこもだいたい同じような財源を確保できるようになっております。いま巷間言われている保険料格差というのは軽減されたあと,調整交付金が入った後で比べますと確かに格差がありますけど,高いところは所得が高く,低いところは所得が低いということが保険料格差の最大の要因と認識しております。

要するに均等割(あるいは平等割)の方が問題で,その格差の原因は市町村間の所得水準の違い,ということではないかと思うのですが,本当でしょうか。もちろん確かに大阪市のように均等割・平等割が大きいところはあります。国保を払っている立場からすると,とてもそうとは思えないのですが。むしろ問題は,所得割(あるいは資産割)といういわゆる応能部分が国保の保険者間あるいは国保と健保の間で大きいというところにあるように思います。前に東京23区の国保保険料について書いて,簡単なシミュレーションをしてみたりしたのですが,現在の23区の国保保険料は「住民税額×1.24(所得割)+35100(均等割)」となっています。税源移譲が行われた今年については「激変緩和(w」がされたので,ちょっと課税標準が違いますが,それがなければ住民税額は課税所得の10%なので,国保保険料はだいたい課税所得の12〜13%+均等割となってるわけです。で,最高は53万くらいで,激変緩和があった今年でも課税所得450万くらい,収入で言うと600万ちょいでその域に到達します(激変緩和がなければ課税所得400万,収入600万弱程度)。
それに対して,例えば国保組合の医師(東京都医師国民健康保険組合)なんかを見ると,一律月17000円(ということは12ヶ月で204000円!),なかなか面白いのは東京芸能人国民健康保険組合の保険料は「所得割2,500円〜30,400円+均等割3,350円×加入者数(月額)」ということで,最高でも364800+3350×加入者数だということです。もっと酷いのは健保の方で,僕が見た中で一番安かったトヨタ自動車健保ではなんと本人負担分は標準報酬月額の1.95%(事業主負担は4.25%)。もちろんベースになってる標準報酬月額は課税所得と違って給与所得控除されてないとしても,この違いは大きいでしょう。ちなみにおそらく被用者保険の中で最も高いと思われる政管健保の本人負担は4.1%となってます。ちなみに,国保については所得割に差がないわけではなくて,例えば仙台市では所得割が課税所得の15.4%(で最高56万!)で前出の都区部は12%ちょっと,ということでこの差だけで既に3%に及びます。
要するに何が言いたいかというと,不平等があるとすればその原因は応能割ではないのか,しかも保険者によって応能割の料率が大きく異なっていて,より稼得能力の高い人(トヨタとか)の応能割の水準が低く,相対的に低所得な国保の方で応能割の水準が高いというのが不平等なのではないか,と思うのですが。もちろん国保については伝統的に所得捕捉が不十分だといわれていたわけですが,厚労省が今回の会議で認めているように,農業・自営業者は国保加入者の20%以下で,現在の国保は多くの部分が「年金受給者と非正規雇用者」なわけです。さらに個人的に腹立たしいのは,厚労省に言わせると,保険組合というのは歴史的な経緯で被保険者の連帯というものが大事なんだ,だから国保組合に手を入れることはできないんだ,という一方で「年金受給者と非正規雇用者」の国保については被用者保険への適用拡大をしてくことが本筋,といってくれます。既に見たように,政管健保も含めて健保に入れた「正規雇用者」は相対的に負担の少ない応能割であるのに対して,被用者保険に入れない「非正規雇用者」は国保に入って(疾病リスクの高い)年金受給者と連帯して高い保険料を納めろ,っていうのはあんまりじゃないでしょうか。(再)チャレンジどころかまさに泥沼,保険料負担ができなくてさらに悲惨な方向に,ってことだってあり得ると思うのですが。
今の制度のままで行くなら,僕自身がそういう立場だった大学院生は国保のままですが,多くが非正規雇用として働いている大学院生が大学院生が弁護士のように全国的に保険組合を作ったら,おそらく相対的に疾病リスクの低いことが予想されるので,32%の国庫補助でも国保に入るよりも保険料が安くなる可能性もあるのではないかと思うのですが,そういう現在の非正規から新たなカテゴリを作って一方的に重いリスクの負担から抜けることは可能になるのでしょうか。まあおそらく労働者じゃないと認可されないのでしょうが…。しかし保険者が違うことで「応能」という話で同じ所得でも負担が高くなるのに,国保財源には50%も公費を投入してるんだとえらそうに言われると,率直に言って違和感を感じます。
政府はそれなりに将来のことをしっかりと考えていて国民にとって無茶で説明できないことはしないと思っている,という意味で僕はどちらかというと政府を信頼している方で,無意味にしか思えない官僚叩きはやめないとまずいのに,と常々思っている方ですが,それでも厚生労働省の姿勢っていうのはどうなんだろう。今から見ると大昔,チャーマーズ・ジョンソンの通産省に関する分析なんかから,優秀な日本の官僚が将来のことを考えてイニシアティブをとって制度設計をした,といういわば「神話」が生み出されていて,それを「神話」だと思いつつも城山三郎の本などを読んでその「神話」にやや郷愁を感じる身からすると,一部の政策においてほとんど当事者能力を失ったように見えてしまうのはやりきれない。いやもちろん,当事者能力を失ったわけではなくて戦略的に行動しているのかもしれないけども,そういう戦略をとるのはあまりにも不誠実ってもんじゃないだろうか,と思うんですが。中立的な官僚が国の長期的なデザインを描いてそれにコミットする,っていうのはやはり単なる「神話」に過ぎない,ということなんでしょうかね。

通産省と日本の奇跡 (1982年)

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官僚たちの夏 (新潮文庫)

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