医療保険制度の論点

『都市問題』の論文を拾い読みしているときに参考文献で見つけた本を手に入れて読んでみる。最近いろいろと調べ始めているところなので,頭には入りやすかった。改革案についてはいろいろ議論はあると思うけれども,少なくとも問題点を指摘し,その存在を実証的に明らかにしようとする部分は勉強になる。

第一章は制度の解説,第二章では健保−国保を中心とした医療保険制度間の保険料負担格差について。このブログでもしばしば指摘しておりますが,年収ベースでみると健保よりも国保の方が相対的に保険料負担(対年収)が厳しい,ということを推計している。第三章では,国保の中の格差について分析を行い,特に大規模保険者(そして住民税を賦課ベースにしているようなところ)では高齢者を優遇するために国保内の中高所得者に対して極めて過大な保険料負担を負わせるしくみになっていることを指摘し,「実際以上に負担能力を低く評価されていしまう高齢者」の問題を提起しているのは興味深い。にしてもこの章を読んでいると,自分が昔考えていた,「大規模保険者の方が保険財政が安定しやすいだろうから保険料負担が安くなるに違いない」という発想がいかに間抜けなものかがしみじみと沁みてくる。一定以上の所得を持っていれば53万,ということになるわけですが,まあそこまでいかないよ,という人は,むしろ中小規模の保険者のところにいる方が,限界賦課率が安くなる!!というのは個人的には新事実。やはり著者の言うとおり賦課ベースをある程度統一し,また軽減措置における保険者の裁量を考えなおす必要はあるだろう。
第四章は賦課が世帯単位になっている健保の話で,被扶養という制度は健保制度の所得再分配に影響を与えるか,という話。著者の分析では被扶養者のパート収入はそれほど制度を歪ませているわけではない,とするものの,就業調整のような労働供給の阻害の方が問題じゃないか,それを考えると賦課を個人単位にしてもいいのではないか,ということを言っている。なお,労働供給の話は確かに問題だけれども,ここで実証研究をしているわけではないので問題点の指摘に留まっている。で,第五章は老人保健の拠出について分析して,必ずしも保険者が保健事業などを通じて老人一人当たり医療費をコントロールできているわけではないために(保険者機能なんて効かない?),老人一人当たり医療費をコントロールすることで老人保健拠出金を減らすのは難しく,結局のところ義務的負担部分だけで老健拠出金が決まってくるのではないか,というお話。六章は改革案で,保険制度に関しては,基本的には年収に対する賦課率を各保険制度で一元的にするべきだ,という議論が中心ですが,ちょっと興味深かったのは,所得捕捉が上手くいかない農業者や自営業者に対しては保険料定額プラン(自己負担の割合を変える)を導入してはどうか,という話。あんまり考えたことなかったのですが,そういう考え方もあるんだなぁ,と。
こうやって見ると,まさに問題は山積,ということなのでしょうが。筆者が挙げている主なものだけでも,こんな感じ。

  • 賦課ベースの統一(+賦課料率の統一)
  • 賦課単位の個人化
  • 低所得者高齢者支援における裁量
  • 事業主負担の問題

おそらくこれらをいっぺんに解決することは出来ないのではないかと思います。だから部分部分を手直ししていくアプローチになるんでしょうが…問題は全体の設計者がいない(というか想定しにくい)中で,最終的に整合性が取れるようなやり方で,つまり「いらんことをしないように」個々の改革を進めることができるか,っていうところあたりにありそうですが。