国民壊?保険(追記あり)

ふだん見ることのない毎日新聞をたまたまお弁当屋さんで見かけたら,月曜日から国民健康保険に関する連載をやっていたということで,早速チェック。月曜日の朝刊によると,所得200万円の「モデル世帯」(40歳代夫婦,子ども二人)で,保険料の格差が3.6倍だということ。国保の不公平性についてはこのブログでも時折話題にしているとおりですが,改めて毎日新聞の調査を読むとその実態に驚かされる。なお一部はネットでも読める。
国民壊?保険:/1 家計思い受診拒んだ妻
国民壊?保険:/2 高額なベッドタウン
月曜日の一面トップの記事によると,08年度の保険料が高額な市町村トップ10が挙げられている。

順位 市町村 金額(単位・円) 限度額を超える世帯(%,追記参照)
1 寝屋川市(大阪) 504030 4.2
2 喜茂別町(北海道) 502500 7.6
3 矢部村(福岡) 490800 7
4 風間浦村(青森) 483860 1.7
5 別府市(大分) 483400 2.9
6 守口市(大阪) 482010 11.7
7 福島町(北海道) 479100 4.8
8 宮古島市(沖縄) 478300 0
9 栗山町(北海道) 469700 1.4
10 湯浅町(和歌山) 466400 2.3

で,一番低い青ヶ島村が139900円だから寝屋川市はその3.6倍であるということ。なお全国平均は325165円ということになっている。トップ10にこれだけの額が並んでいる中で平均が意外と低いのが気になるわけですが,そうするといわゆる「一票の格差」と同じような話なわけで,最大値と最小値の比率の大きさに注目がいくのはわかるものの,データ全体がどうなっているのかはよくわからない。できれば標準偏差みたいな数字が欲しいし,下から順番に並べてみてどういう分布になっているのかも知りたい*1
また,こういう報道自体は貴重だと思われるものの,注意しなくてはいけないと思われるところもある。念のため,トップの寝屋川市の保険料を見て計算してみると,まあ数字としてはだいたい同じような数字が出てくる(ちなみに寝屋川市は2009年度にだいぶ保険料率を下げたが)。注意しないといけないのは,毎日の報道では「年収」と書いてあるものの,実際のところおそらくこれは国民健康保険でいう「総所得」,つまり勤め人なら給与所得から給与所得控除を引き,自営業者なら必要経費を引き,年金生活者であれば公的年金等控除を引いたものではないかということ。だから月曜日の見出しにある「所得の25%超」というのは若干ミスリーディングではないかと。そういう控除を差し引く前の収入から考えるとさすがに25%まではいかないし(それでも高いけど),この点は特に公的年金控除の大きい年金生活者では多少割り引く必要もある。
ただ,何よりよくわからないのは,トップに入ってきた自治体が意外な名前だったということ。これまでたびたび指摘してきたように,国保の額をどかんと上げるのは所得割だと思っていたわけですが,平成19年度版の『国民健康保険の実態』をパラパラとめくっていると,名前の挙がっている自治体が特別に所得割額が大きいわけではない。持っているのが2005年のデータで,そこから市町村合併があったり財政状況が変化している自治体もあるだろうけど,所得割だけ見ているともっと高い料率かけているところもある*2。うーん,と思いつつ,少し調べるといくつか気がつくところが見えてきた気がする。
まずひとつめは,やはり国保の額をどかんと上げるのは所得割だろうな,というところ。総所得200万くらいだと,医療分・支援分・介護分を合わせて15%近くになると,それだけで25万〜30万になるから,まずそこが保険料のメインになる。しかし,そこから45万を超えようとすると均等割が非常に高くなる傾向があると思われる。このモデル世帯だと4人いるわけだから,一人3万円で12万。介護分足してまあ40万台後半になる,というところでしょうか。所得割が大きくても,均等割が意外に小さければ,40万台には乗っても後半にはいかない傾向があるらしい。寝屋川や守口はまさにこのパターンで,守口なんて平等割がない代わりに均等割が一人5万を超えるから(2005年),これで一気に高騰してしまうことになる。
それからもうひとつは2005年段階で所得割が13%とか15%に行く団体はどちらかというと小規模自治体が多いらしい,ということ。これはあくまで印象だから何とも言えないけど,人口の少ない小規模自治体でひとり医療費のかかる患者が出るとダイレクトに保険料に跳ね返ってきてしまうのだろう。ということは,その患者が完治したり,残念ながら治らなかったりしたら医療費は落ちることになるし,あるいは市町村合併によって規模が大きくなると一人当たりのインパクトが薄れる可能性があるということだろう。まあそうはいっても2005年のときもそうだけど,合併した場合同じ市町村内で保険料率が違うというちょっと考えにくいことをしているので,その効果は限定的だが。おそらくこの中では宮古島市がそれに当たっていて,宮古島市の中の旧伊良部町の区域だけ保険料がえらく高い(これは所得割が違う)*3。前にもどっかで疑問を書いた気がするけど,こういう場合,よそから引っ越してきて(同じ市内での)町域の選択が差異を生むってどうなのか。
さいごにもうひとつ。意外と軽減措置のやり方が効いてる気がする。分権委の第24回会合で,厚労省の担当審議官が国保保険者での格差はほとんど軽減措置が原因だという趣旨の発言をしていて,かなり批判的にコメントをまとめたわけですが,おそらく「所得割がほぼ同じなら」軽減措置が効いてくることは間違いないのだろうと思われます。ちょっと毎日新聞のデータではよくわからないものの,ひょっとするとモデル世帯で軽減に引っかかっている保険者もありうるのではないか。この場合比較的規模の大きい市でそういう現象が発生するような気がするけど,まず旧ただし書き方式以外の保険者が入ってないし(政令市とか大きいところは住民税割が多い),そもそも軽減があるかどうかが新聞からはよくわからないので,全くの個人的な仮説に留まりますが。
毎日新聞は,最近は変態報道などで逆風だけども,こういう調査報道をキチンとできるところは素晴らしい。ぜひ頑張ってほしいところ。できれば後で追試可能なかたちでデータを公開してもらえるとありがたいが…まあ追試されるのは嫌なんでしょうけど。

追記

このシリーズは13日で終了。はじめは非常に鮮やかに制度的な問題を取り上げていたと思うのですが,途中からは,払えない現状を強調するのみという方向に向かった感じ。一回目を読む限りで,「なぜ払えない現状が生まれてしまうのか」ということをきちんととらえようとしているのではないかと非常に期待していただけにこの点は残念。
また,15日付の時事通信官庁速報ではこの問題に関連して極めて興味深い内容が報じられている。

国保保険料、上限額の大幅引き上げ検討=協会けんぽ同額も選択肢−厚生労働省
厚生労働省は、自営業者らが加入する国民健康保険国保)の年間保険料の上限額(現行69万円)を2010年度に大幅に引き上げる方向で検討に入った。中小企業のサラリーマンらが加入する全国健康保険協会管掌健康保険(協会けんぽ)と同額の82万円も選択肢の一つとする。高額所得層の保険料を増やし、国保財政の悪化で最もしわ寄せを受ける中間所得層の負担軽減を図る狙いがある。

「上限が低いから,それほど所得が高くないにもかかわらず,高額な保険料が必要となる」という考え方はある面では確かで,市町村によっては上限額を納付している世帯が2割を超える場合もあって,こういう世帯がもっと保険料を払えば,中間所得層の負担が減ることは想定されます。しかしそれは,今回の毎日の調査で出てきたような問題点を解決することになるかというとまた別問題。次の表は,今回の毎日の調査ではなくて,国保中央会の『国民健康保険の実態』平成19年度版で出てくる国民健康保険における一人当たり保険料(税)額です。これを見ると,まずこの額は毎日の調査と比べて非常に低いのですが,これは軽減措置によって保険料をほとんど払わない人も含めた計算をしているためにこうなっているということが考えられます。さらに,出てくる市区町村が全然違うわけですが,実はこちらの方で出てくる市区町村ではこの「限度額を超える世帯」の割合が比較的高くなっている傾向があるのではないかということが考えられます。つまり,おそらく所得割の料率が他よりもある程度大きいということがある上に,所得が高い人の割合が少なくないために平均保険料が上がる,という構造があることが考えられるわけで*4
だから,たぶんこういう現在「平均保険料が高い」とされているところの中間所得層は恩恵を被ることになると思われますが*5,毎日の調査で出たようなところは守口市のような例外はあるものの,この「限度額を超える世帯」はそれほど多くないので,こういう制度改革がおこなわれても残念ながらそれほど負担の軽減にはならないという可能性があるのではないかと思われます。しかも毎日の調査で上位に来ているところは,おそらく課税所得200万で保険料が50万近いわけですから,課税所得が300万位に来ると平気で上限超えてくる,という意味で逆に中間所得層で負担強化になるおそれすらあるのではないかと…。うーん,しかしあまりにもいろいろな要因が混じっていて難しい。

順位 保険者 保険料(単位・円) 限度額を超える世帯(%)
1 羅臼町(北海道) 117,940 8.1
2 えりも町(北海道) 110,472 11.3
3 猿払村(北海道) 113,925 24.7
4 中標津町(北海道) 109,821 6.8
5 千代田区(東京都) 109,270 11.6
6 利府町宮城県 106,248 7.5
7 岐南町岐阜県 106,151 13.3
8 標津町(北海道) 105,777 13.9
9 渋谷区(東京都) 105,293 11.6
10 大潟村秋田県 105,260 2.1

*1:膨らみが大きければ一部の自治体で急に保険料が上がるわけだし,膨らみが小さければ徐々に保険料が上がっている上がる傾向がわかる,まあどっちにしても上がってれば不公平だけど。

*2:毎日新聞と同様に旧ただし書き方式の自治体に限っても,料率が10%以上の自治体はざっと200近くある。

*3:参考として宮古島市の条例サイト国民健康保険税条例参照。

*4:ちなみにこの中で,「限度額を超える世帯」の割合が断然小さい秋田県大潟村は,所得割(現在でいうところの「医療分+支援分」)の料率は4.34%と低いものの,均等割(36400円)と平等割(61600円)の合計が全国でダントツのようです。なお二位は中標津町,三位は羅臼町

*5:ただ限度が上がるとそれに連れて保険料の額も上がるので,「平均」は上がるような気がします。