第16回会合(2007/9/4)

水曜から大阪に行っていたのですが,日曜の夜に帰京。新幹線は豪雨のおかげで1時間以上止まるし(まだましな方みたいでしたが),新横浜についたら近くの日産スタジアムミスチルがコンサートしてたらしく,駅が大混雑。僕は帰りだから良かったものの,西行きの新幹線が来ない人たちにとっては結構きつかったやろうなぁ…。さて,分権委員会のほうですが,3時間の会議をわりと短いスパンでやられると,観察する方としてはちょっと大変。時間が長くなるとどうしても論点の数が増えていくので,まとめるのは難しくなる。でもまあ時間もないし,別に観察者の都合なんてどうでもいいわけですが。
第16回会合は,前回に引き続き,全国知事会の分野別PTの代表者を招き,地方分権に当たっての支障事例を報告してもらう,というかたち。具体的には産業分野(埼玉県知事),教育分野(神奈川県知事),福祉分野(高知県知事),総括(京都府知事)の4名が順番に自分の担当を説明し,質疑応答を受けているかたちになっています。前回から継続してみているとそれぞれの報告は,3つほどの支障事例を報告するかたちを取っているので,これは知事会のほうで事前にそれぞれの分野での「代表的な支障事例」を挙げることを打ち合わせた上で,各事例についてスライド一枚にまとめる,という作業をしているものと思われます。今回挙げられた具体的な支障事例についてみると以下の通り。

  • 産業分野
    • 中小企業行政、労働行政における二重行政の見直し
    • 地域商工業者への効果的な支援 〜商工団体の新たな法整備〜
    • 農地転用許可権限の移譲について
  • 教育分野
    • 義務教育費国庫負担制度について
    • 市町村立学校県費負担教職員の人事権等に関する権限等について
    • 教育委員会制度のあり方について
  • 福祉分野

このうち話が特に盛り上がったのは,商工団体の議論。商工団体については,商工会と商工会議所が存在し,商工会議所は市レベル・経産省所管の商工会議所法に根拠を持ち,商工会は町村レベル・中小企業庁所管の商工会法に根拠を持つこと,市町村合併の結果,同じ市の中に商工会と商工会議所が並存する中で,地元にとって気軽に相談できるよりどころとしての意味があったとしても,これらの団体を通じた創業支援などは難しく,その事務局が都道府県・市町村のOBに占められていて事務をこなしているだけ,という現状が埼玉県知事から説明されます。そもそも商工団体って自由に「結社」される,いわゆるアソシエーションじゃないの?と思っていたのですが,実はそんなことなくて,中央・地方の政府からたくさんの補助金を受けている,しかもその多くが経常経費(人件費)だったりする団体だったということです。例えば小早川委員もおそらくそれって結社じゃないの,というような問題意識からだと思いますが,そもそも国の立法が必要なのかどうか,ということを尋ねているのですが,知事の立場からは商工会と商工会議所を一本化する法律が必要だとする意見は出るものの,全くなくしてもいい,という議論がなかなか出ないことはちょっと面白い。関連して,埼玉県知事報告の産業行政の部分について,そもそも国による枠付け自体いらないんじゃないか,という議論が出るのですが(小早川委員・露木委員),どうも産業政策の議論になると,都道府県は廃止して道州制,という議論が念頭にあるのか,知事会はそこまで求めることなく,電力関連やインフラ整備などで国の役割は必要,という立場を堅持しています。*1まあ丹羽委員長にしても,このように産業政策全般を地方に渡す,というのはちょっとどうかと思っているらしく,「どれを移すのかという問題ではないのか」と割と限定しようとする発言がありました。これはこの会議の立場自体の問題でもあるのでちょっと後述。
あとは教育委員会の議論や前にこのブログでも触れた教員の人事権の問題なんかもありますが,僕にとって今回の主役は高知県の健康福祉部長です。橋本大二郎知事が所要で欠席,ということで代理出席なのですが,この発言は本当に傾聴に値すると思われます。何かを読んでいる感じだったので,もしかすると橋本知事が自らの問題意識のもとで原稿を作りそれを代読されたのかもしれませんが,このような発言が少なくとも以前は「改革派知事」のリーダーの一人ともされた橋本知事から出ているとメディアがちゃんと報道したかもしれない,と思うと多少残念ですが。
まず,特養設置基準や介護保険事務の権限委譲,保育所の設置基準など最近よく指摘される分野での権限委譲について指摘した上で,国保について「分権」ではなく国への吸い上げ,という提案をします。

国民健康保険の保険者を国にすべきとの提案です。医療保険制度を設計しているのは国ですし,保険財政に決定的な影響を与える診療報酬も国で決定しています。また,保険医療機関や,保険医の指定と取消の権限も国にあります。一方,市町村はこうした国が定めた制度の中で,国民健康保険の金勘定だけをやっているのが現実です。特に国民健康保険は,他の医療保険と比較して,高齢者や低所得者が多いという構造的な課題を抱えていますので,財政基盤は脆弱ですし,破綻寸前といっても過言ではありません。また,所得の状況や高齢化の比率などは地域によって格差が大きいですので,都道府県単位ではその格差是正に限界があります。といいますと,これらの格差を是正するために,調整交付金や保険基盤安定の制度があると主張されるかもしれませんが,その調整交付金の算定方法や基準は国で定めていますから,地方の自主性はありません。現実に,各地方公共団体が,膨大な人役を使って煩雑な事務を行っていますので,国で一元化したほうがずっと効率的な運営になります。なんといっても,国民の医療は国が保険者として最後まで責任を持つべき分野だと思っております。

これに対する分権委員会の井伊委員のコメントは以下の通り。ちょっと長いですが。

国保の一元化という提案について質問がございます。国が保険者になるということは保険ではなく保障になってしまうのではないかと。保障となるとますます国の規制というか制度に縛られてしまって地方分権の理念とは程遠くなってしまうのではないかと。あと一方で市町村が保険者になるというのは,今までもかなり指摘されてきましたけど,やはり保険という仕組みを考える上では無理がある。そうしますと都道府県の役割というのは,私は大きくなるのではないかと思っております。いまでも都道府県ごとに医療費が異なるとか保険料に格差があるとか比較をすることである程度競争意識が生まれる工夫ができるという点もあると思います。都道府県格差については例えば都道府県の間で広域連合みたいなものを作るといったことも可能なのではないかと。(中略)
医療費の問題なのですが,特に高齢者の医療費の問題というのは非常に深刻なのですが,今までの制度では実は市町村も都道府県も医療費自体を抑えるというインセンティブがなかった仕組みではないか,都道府県では例えば県立病院の赤字が大変だから収益をあげなきゃいけないとかそういった意味での医療費の取り組みはありましたけれども,予防行動を高めて医療費を削減しようとかそういったインセンティブはなかった。そう考えますと,今度の後期高齢者医療制度というのは画期的なしくみが作られたと思うのですが,都道府県が調整交付金というものですか,これは三位一体改革の中で生まれた数合わせといえるのかもしれませんけども,結果として都道府県が医療費の問題に真剣に取り組むインセンティブになったのではないかという風に思っています。いつも医療費の問題を考えていて不思議に思うことは,これだけ国家の医療費の財政が大変だという中で,例えば同じ市内で車で10分くらいのところに県立病院と市立病院が同時期に改築をするとか,どうしてそういう無駄が生まれるのかという風に思っていたのですが,やはり医療機関の適正な配置というのは都道府県の重要な役割ではないかと。医療機関の適正な配置とか予防行動を一生懸命にやるとか,高額医療の基金を県内に適切に配分するとか,そういったことで都道府県の財政にメリットができるような,今回の後期高齢者医療制度はそういったメリットが生まれるような仕組みづくりになったと思うのですが,そういったことというのが日本の医療費の問題を解決する主要な糸口になると思います。その意味で都道府県の役割というのはこれからますます重要になると思うのですが,そのあたり県知事さんとしてどう思われるのか,ということ。

個人的には,国保のような社会保険は,シェアリング・コミュニティをどうとるかという問題に帰着するわけで,「日本国民に対する平等な医療」を提供するという観点からシェアリング・コミュニティを日本という国家単位で考えるのであれば,保険に加入する人は多ければ多いほうがよいわけで,国全体での医療保険をつくり,さらに現在財政基盤の弱い国保にもっともリスクの高いグループが集中しているという状態を解消する必要があると強く思います。井伊委員の見方は,おそらく,複数の保険者に予防行動を行うインセンティブを与え,保険者間の競争を通じて予防行動を充実させることを重視するものなのではないかと思われます。もちろんそういう考え方自体は全くアリだとは思うのですが,ただその前提としては各保険者がイコール・フッティングで競争を行うことができる,ということが前提ではないかと思われるわけです。平均所得が高く,高齢化率の低い都市部と,その逆の特徴を持つことになる地方部の保険者間で競争を促すにしても,例えば生活保護に係る医療扶助や,病気にかかりやすい高齢者の比率が多いといった特徴をコントロールすることなしに,国保都道府県レベルに上げたとしても,まともな競争になるとはとても思えません。井伊委員のコメントに対する高知県の部長の回答は悲鳴に近いものになっています。

都道府県単位ということは,厚生労働省から出されているが,都道府県にしても,今の市町村と同様に保険者としての解決がつかないと思う。それと,結果的に保険財政を補填するために,高額医療費とか調整交付金とかやってますけど,ああいう調整を国全体でするのであれば,保険者としては一本で国が医療,最終的には国保含めた政管健保など全体を一元化するようにしないと,国民の医療の提供という面ではできないと思っています。

確かに,国単位でのひとつの保険者しか存在しない場合にはそれを有効に監視し,規律付けるのはとても難しいとは思われますが,「保険者間の競争」というのも本当に機能するのかは断定できないように思われます。少なくとも現状での実証分析を蓄積し,保険者間の競争が存在する可能性が高い,ということになるのであれば,競争条件をそろえた上で,複数の保険者間の競争を重視するような国保の改革もありえるのかもしれませんが,被保険者の数を増やすことによるリスク分散よりもメリットが高いかどうかは個人的には微妙な気がします。
最後に,この委員会の議事の進め方について,高知県からかなり根本的な疑問が出されています。まあ最後に,といっても話が出たのは最初のほうですが。しかし議事の進め方に関するこの話がその後ほとんどまともに取り上げられなかったのは残念で仕方ない。傾聴に値する話だと思うんですがね。

様式に従ってご説明しましたが,こうして説明をしながらも二つの点で根本的な問題を感じます。
そのひとつはこのように地方側から各分野ごとに国の関与や規制が支障になっている事例を挙げて国に対して霞ヶ関に反論するという,いわば地方に挙証責任を負わせるかたちで一件ごとの審査を積み上げるやり方は,分権を目指す手法としてはおかしくないかということです。また,こうしたやり方ですと,地方から上げられる支障事例が,国民の目からみたときになんと細かいことを問題にしているのかと思われかねません。一方,こうした国と地方との役割分担をどこかで線引きしなくてはという考えがありますが,例えば少子化対策を例に取れば児童手当など現金給付は国が,保育サービスなどの現物給付は地方が,といった考えですが,そんなにきれいに整理できるものではありません。また,生存権に関わるセーフティ・ネットは国で,住民に身近なサービスは地方で,といったこともよく言われますが,生存権に関わる分野は暮らしに身近なことが多いことですから,これもきちんとした線引きにはなりません。こうしたことを考えたときに,本気で分権改革を進めるのであれば,個別の事務事業を取り上げて議論するのではなく,国防や外交,医療保険などの制度を除いては,これを地方の権限とした上でどうしても国が責任を持つべきだという国が主張する事業については国にその挙証責任を負わせるようにしなければ,分権は進まないのでは,と思っております。
それともうひとつは財政問題です。というのも,いかに義務付けがなくなり権限が地方に移っても,それを活用する財源がなければなんの意味ももたないからです。特に福祉の分野は,財政的にも大きなウェイトを占めますので,財政力の弱い地方に分権されれば福祉サービスの切り下げにもつながりかねません。またそれは,単なる心配ごとではなく,各地方の間では,持てるものともたざるものの差が明確になってきています。例えば,東京都の特別区ではこの10月から中学生までの医療費が無料になります。一方,本県では,ほとんどの中学生や小学生は無料化の対象となっていません。この結果,平均の年収がはるかに高い親たちが集まる東京の子どもの医療費が無料になったのに,高知では親が少ない年収の中から子どもたちの医療費を捻出することになります。言うまでもありませんが,子どもの医療費を無料にすることよりも優先して取り組むべき課題があるという知事や市町村長の判断があった上でこうした差が出ているというわけではありません。あくまでも県や市町村の財政状況の違いからこうした差が生まれているのです。ですから,このような地方間の財政格差を無視して個別の事業を取り上げて分権の議論をしてもあまり有意味な議論にはなりません。(中略,高知県の財政状態の話)こうした激しい財政力の格差をそのままにして,税源・財源の確保のないまま地方分権を議論しても,やはり実質的な意味をもたない,と特にこのことを強調して説明を終わらせていただきたいと思います。

この知事会の分野別PT代表者を呼ぶ企画,前回から書いていますが,確かに話の内容はしょぼく感じるんですよ。前回太田知事が丹羽委員長から,「それはこの会議で報告すべき話なんですか?」といわれたりもしているのですが,実質的に国が拒否権を使うことが少ない(でも時間がかかる)「同意」というシステム自体に,地方(特に都道府県)はかなりストレスを感じていることは間違いないし,また,実際に都道府県が行っている事務事業について,似たような事業を(都道府県がよくわかっていない状態で)中央省庁の出先機関が「勝手に」やっていることについてもストレスが強い,ということではないかと思います。これはいわば前者が「タテの(層状の)二重行政」で,後者が「ヨコの(縞状の)二重行政」なのではないかと思ったりします。つまり,前者であれば地方が何かしようとしてもいちいち上にお伺いを立てる必要があるという意味で二重行政になるし,後者であれば同じような施策が両者の連携なしに行われるという意味での二重行政になるのではないかと。後者については,特に地方支分部局から具体的な執行の権能を奪うしかないんじゃないかと思ったりもしますが,前者については地方は中央を無視することも実は不可能ではないようにも思われます。地方が独自の法令解釈をして,それを中央政府と裁定機関あるいは裁判所で争えばいいわけですから。しかしながら,西尾先生の本を紹介したときに少し書いたように,国地方係争処理委員会は国からの出訴を予定せず,国の法令解釈に強い公定力を持たせる構成になっていると考えられるために,地方としては勝つ見込みはすごく薄くなるのではないかと。だから,高知県の部長さんが言っているほどにドラスティックではないかとは思いますが,国も不満があるときには国地方係争処理委員会にきちんと出訴するなど,国と地方の法令解釈権をイーブンにするような仕掛けは少なくとも必要になってくるんじゃないかな,と思ったりするわけですが。

*1:例えばイギリスなんかだと,新しくできたRegional Development Agencyという日本で言う「道州」単位の機関が産業政策を担うような改革が行われたのですが。まあこのRDAはいわゆる「地方政府」ではなく,代表者に対して選挙によるコントロールがない,というところはありますが,RDAの実績を追跡することで,産業政策はそのくらいのレベル(県以上国以下)で行うというひとつの根拠になるかもしれません。