謎の独立国家ソマリランド

これはもう脱帽ですね、まじめに感動しました。たぶん今年かここ数年のベストです。
話は非常に単純で、「未知」が大好きな著者が、アフリカの角にあるソマリアに行く話です。ソマリアは長年の内戦で政府がほとんど機能せず「経済学の実験」と呼ばれたりするような状況で、周辺の海域では海賊が出没し、首都モガディシオは「北斗の拳」状態にあるとして有名な地域でもあります。しかしそんなソマリア北部に、「ソマリランド」という非常に平和な国家(?)があるということで、興味を持った著者がそこに旅をするというところから本書は始まります。
なぜ政府が成り立たず地球上でも最も危険な地域であるという話のソマリアに、平和な独立国家(?)が存在しているのか。その謎を探求していくわけですが、これが非常に面白い。はじめ(第1−2章)著者はソマリランドを訪問し、その地域の人々や文化に触れながら、その秘密が人々の行動原理や「氏族clan」による統治のあり方にあるということが示されていきます。まあこの部分は「旅行記」ベースですが、ここを読むだけでも知らない地域の情報が面白おかしく(しかしまじめに)描かれていて、非常に面白い。
しかし話が急に展開していくのは第3章以降。著者は、ソマリランドからとうとうソマリアの他の地域に足を踏み出していきます。平和なソマリランドを出ると、もはや護衛なしでは行動できないところです。著者が訪れるのは、まず「海賊」の根拠地とされるプントランド。それから政府に統治されない地域で様々に存在する地域の武装勢力(暴力/権力)を経て、案内人や護衛の人脈をたどりつつ、「北斗の拳」状態の首都モガディシオにまでたどり着くのです。
多彩なエピソードとそれを理解する非常に優れた観察眼、自虐的とも言えるくらいに客観的な立場から、ユーモアを交えて進んでいく文章の魅力を僕が伝えるのは難しいですが、本当に旅行記としても非常に面白い。しかしそれよりも何よりも、一政治学者としてソマリアさらには「国家」についての著者の洞察は非常に興味深くてとても勉強になります。国際政治の中でソマリアソマリランドが置かれている位置づけ、ソマリアソマリランドの連邦のような別の国のような関係性、さらにはソマリランドという「国家」の統治システム、「中立の第三者」による紛争の仲介メカニズムなど、著者がどのように意識しているのかわかりませんが、政治学の論文で議論されている様々な「制度」の適用事例としても読むことができます。
なかでも「氏族」によるまあいわば私的な紛争処理をベースにしながら、イスラムによる統治、それだけではなく複数政党制による政党政治が非常に微妙なバランスのもとで実現されていることを説明する内容は本当に目からうろこでした。最後のほうでソマリランドの統治システムとして、複数政党からなる議会と、氏族の長を中心としたグルティ(長老院)の「二院制」が必要に迫られて成立してきたところを読むと、日本の参議院ってのが一体何なんだろうと改めて思います。著者も言うように、高度な統治システムを形成しているソマリランドに改めて学ぶところは非常に多いと思いますが、とりわけ「国際社会に認められるために」まともな統治システムを作っているのではないかというくだりは傾聴に値するかな、と。もちろん単に他者からの承認欲求を満たしたいとかそういう話じゃなくて、憲法前文で「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」というくだりが出てくるように、自律的である、われわれが自律的な集団を作っているということをきちんと誇れることのが重要なのではないかということです。
いやー、ここまでソマリアソマリランドに深く関わっている著者には、ぜひ公的機関できちんと給料出して…とか思ったりしてしまうのですが、まあきっとそれは野暮な話というものでしょう。しかしまさに著者の「自律」が実現するには本が売れるというのが非常に重要なわけで、このエントリを読んでいただいた方にぜひ購読を!とお勧めして、ささやかながら応援しつつ、次作を待ちたいと思います。

謎の独立国家ソマリランド

謎の独立国家ソマリランド